柴崎様の言う通り


 この時期、関東図書基地併設の武蔵野第一図書館では毎日のようにクリスマス関係のイベントが行われている。小さなものでは関連書の特設コーナー、大きなものなら子供向けの読み聞かせ会などだ。
 子供向けだが、となれば保護者もセットで利用者は倍増し、警備にあたる防衛部と特殊部隊にはクリスマス気分に浸る余裕なんかない。
 これは毎年のことで、特にクリスマス本番が週末前で一足早く正月休み用の本を借りようとする利用者も合わせて増えるであろう今年、館内警備に向かう前の堂上班は気持ちをより引き締めていた。
「昨日だけで利用者同士のトラブルが三件。置き引き、スリなどの窃盗は五件。蔵書の窃盗未遂を含めるともっとだ。各自どんな些細なことでも、何か気付いたらすぐ報告するように」
「はいっ」
 堂上の指示に郁と手塚は声を揃えて敬礼をした。
「じゃあ手塚、行こうか」
「はい、小牧二正」
 今日のバディは小牧と手塚、堂上は郁と組むことになっている。打ち合わせをしながら準備し出した小牧たちにはそれ以上の指示はいらないと信頼で放置して、堂上は自分も準備を進めた。
「笠原、準備はいいか」
「大丈夫ですっ」
 スーツ内側から通した無線のイヤホンを耳に刺しながら、郁は引き締まった顔で堂上の前に一歩進む。
 もう新人のものではない部下の表情に堂上は満足そうに頷いて、事務室の扉へ手をかけた。
 と、一瞬早く扉が向こうに開かれる。
 虚を突かれた二人に至近距離でも遜色ない美貌が微笑んだ。
「お邪魔しまぁーす。業務部からお願いがあって参りましたぁ」
 開けたのは柴崎で、なんとも気の抜けた声音に二人は揃ってぽかんと口を開けた。



「柴崎どうしたの? あたし達これから館内警備なんだけど」
 椅子を勧められた柴崎は何かを入れた紙袋を椅子に置き、自分は隣の机に寄りかかった。
 その態度は長居するつもりがないと言っている。
「それがねー、利用者からその警備へのクレームが多いのよ」
「なんでっ? あたしまだ何もヘマしてないよっ!?」
「お前のせいじゃない。こないだ隊長が言ってただろ、アレだ」
「あ」
 焦る郁に堂上は呆れた声をかけてから、ふいに真顔になった。
「玄田隊長を通して話は聞いている。子供連れの母親からが特に多いと」
 警備に穴を開けるわけにはいかず先に小牧手塚組を向かわせた堂上は、玄田の話を思い出して眉間に皺を寄せた。
 警備の人数を増やし、その中でも特殊部隊の割合を増やしているのは問題を最小に抑えるためで、ひいては利用者の安全に繋がる。だが、その利用者から「いかつい男性がウロウロしていて子供が落ち着かない」や「怖がって泣いて困る」などの苦情がカウンターに寄せられているらしい。
 特殊部隊はむさ苦しいのが多いからなぁ。
 むさ苦しいの頂点に立つ玄田はそう締めてバリバリと頭をかいた。だからといってどうしようもない。玄田の心の声は堂上にも聞こえた。
 警備に直接支障がないうちは様子見、という曖昧な対応をせざるを得ないままだったが、柴崎が来たということは直接利用者に接する業務部ではもう放っておけない問題らしい。
「理由を話せば分かってくれる方が大半なんですけど」
「けど?」
 柴崎の口調で続く不穏に気付いたのか、郁は同じ語尾を繰り返す。
「あたしたちも警備増強してますのでご理解をーって張り紙したり努力はしてるんだけどねー、昨日なんて母親がクレームつけてる隣で思い出し泣きする子もいたりして。なだめたりしてると、ただでさえ忙しいこの時期だから今度はカウンターが混んでて遅いと別方向のクレームになっちゃってー」
「えぇー、じゃあどうしろっていうのよ!」
 郁の叫びはもっともで、堂上も玄田から話を聞いたとき僅かとはいえ同じ気持ちをもった。ただそれを部下の前で口に出来ない立場がある。
「気持ちは分かるんだがな。子供のも母親のも」
 お前のもな。
 口に出来ない代わりに頭を軽く小突く。郁は納得のいかない様子だったが、それでも表情を和らげた。
「こっちでも隊長たちが対応を話し合ってる。ただまぁ、相手が子供ってのが難しいとこでな」
 あらゆる事態を想定して訓練を積んでいる特殊部隊も児童心理は門外漢だ。
 しわ寄せが業務部にいっているのを知りつつ放置せざるを得ない後ろめたさで渋い顔をした堂上に、
「そこで」
 と柴崎が持参した紙袋を差し出した。
「実験的試みにご協力をお願いしたいんですけど」
「実験?」
「えぇ、業務部女子一同で考えたんです。中どうぞー」
 なにやら楽しそうな笑みで促され中を覗いた堂上は、うっと言葉を詰まらせる。
「これサンタぁ?」
 固まる堂上の手から袋を引き取り、代わりに中身を取り出した郁はすっとんきょうな声をあげた。
「そっ。この恰好なら館内警備に差し支えないし、お子様のウケは考えるまでもなく最高でしょ」
「てことはコレを俺たちに着ろってことか!」
「はい」
 曇りのない笑顔は柴崎の本性を知らない隊員が見れば思わず見惚れるものだろう。しかし知っている郁と堂上には面白がっているのが透けて見え、思わず渋面になる。
「急遽、業務部員の私物を借りたのでパンツのサンタスーツは一着しかないんです。堂上教官よろしくお願いしまぁす」
「なんで俺指名なんだ!」
「だって利用者からは男性隊員が怖いって苦情がきてるんですよ?」
 理屈は正しい、正しいが堂上は唸った。
 道化のような――いや道化ではなくサンタだが、一人でこれを着て館内を回れと!?
 想像しただけで目眩のする事態に堂上の血圧は急上昇する。
 あからさまにほっとした顔をして堂上にサンタ服を押し付けた郁を睨み付け、その瞬間はっと思いついた。
「俺じゃなくても男性隊員なら誰でもいいんだろ?」
 なら小牧と手塚を呼び戻して……と無線に手をかけた堂上を気の毒そうに見た柴崎は、堂上の思いつきをあっさり一蹴した。
「それがですねぇ。女子隊員の私物ですからレディースサイズなんです。横幅は緩めに出来てるから何とかなるとしても……」
「あぁそうかよ! 悪かったなチビで!」
「もう一着あることにはあるんですけど、それもレディースですし」
 逃げられないのならせめて道連れを作るに限る。
「あるならそいつも持って来い! 笠原っ! お前も着ろ」
「えっ……、い、いやーーー」
「俺だって嫌だわアホウ!」
 恥ずかしい恰好を強要される理由はよりによって身長だ。歯ぎしりを堪えて柴崎に向き直ると「いいんですか?」とチェシャ猫の舌舐めずりが返事をした。
「もう一着は、ミニスカサンタですけど?」
「みっ……! 絶対ヤダヤダヤダーー」
 しれっとした柴崎の爆弾に郁が激しい拒絶反応を見せる。
 堂上もミニスカートのサンタ服を着た郁を想像して息を呑んだ。血圧は自分が着ることを想像したときより急上昇する。
 常々柴崎がモデル級と評する脚を出して、男の利用者も増えている館内を歩かせるだと? 出来るか馬鹿。
 もう柴崎の評価が伊達や酔狂ではないのを知っている。
「教官! あたし無理ですっ、そんな恰好」
「あら、あんたの脚なら着こなせるわよ。ただちょーっと動きづらいだろうけど」
「警備が動けなくてどうすんのよー!」
 絶句していたが、そこで恰好の機会を振られたと気がついた。同じくらい柴崎の手の内で弄ばれているのには目を瞑る。
 男として彼女のそんな姿を人目に晒したくないと言うのは出来なくとも、班長としてなら撤回も容易だ。
「……ミニスカートで捕り物があったら対処できるわけないだろ。分かった、お前は着なくていい」
 これで生け贄は俺一人か。
 班長として。それが言い訳だと聡い柴崎にはお見通しなんだろう。
 がくりと肩を落とした堂上に上着をあてがいながら柴崎はどこまでも上機嫌だ。
「さすが堂上教官。話が早くて助かります」
 そこで声が潜められた。
「これくらいのクリスマス気分はあげてやってくださいな。あの子、仕事だから仕方ないって悟った態度してますけど、本当は我慢してるのバレバレですよ。基本、純情乙女ですから」
「……分かってる。余計なお世話だ」
 こちらも潜めて跳ね返す。
 聞こえていない郁は不思議と安堵の狭間で首を傾げていた。



「あっ! ママ見て見てサンタさんだよ」
 ここ数日、警備中に向けられた訝しげなものとは正反対の視線に晒され、堂上は頬が引きつるのを感じた。
 はしゃぐ子供を落ち着かせながら母親も微笑ましげに見送っている。
 スーツの上からサンタの上下を着ているせいで、恰幅のいいまさに理想の即席サンタクロースになった堂上は、館内中の注目を浴びていた。
 これでまたしばらく話題の種になると不機嫌にもなるが、利用者の前で露骨な仏頂面は出来ない。
 苦行にも等しい時間を過ごし、ようやく交代の時間になったとたん堂上は次の班の班長へ「異常なし。申し送り以上」と異常な恰好で告げた。相手からの労いが苦笑交じりだったことは、まだ紳士的な対応か。
 特殊部隊の面々など、わざわざ休憩を縮めてまで見物に来て「王子様の次はサンタさんか」とからかいまくって行ったくらいだ。
 筆頭は言うまでもなく隊長だ。そして笑い上戸の小牧は、困りきった顔の手塚の肩をどんどん叩きながら笑いを噛み殺していた。
 事務室に入るのが億劫だなと思いながら特殊部隊に繋がる廊下へ進むと、男子更衣室の前で待っていたらしい郁が努めて作った生真面目な顔をした。
「お疲れ様でした」
「あぁ疲れた」
 堂上は勢いよく帽子を剥ぎ取って、郁に押し付ける。
「それ柴崎に返しとけよ。これもすぐ脱ぐから、ちょっとここで待ってろ」
「もう取っちゃうんですか? もったいない」
「今すぐ上下もむしりたい気分の俺にもったいないとか言うな」
「えー、かわいいのに」
 生真面目を装うのにも飽きたのか、隣で普通のスーツを着た郁が嬉しそうに言うのをむっと聞き流す。もう表情を取り繕う必要もなくなった。
 第一なんだその「かわいい」ってのは。
「あぁそんな仏頂面しちゃ駄目ですよ。せっかくまだサンタさんなんだから」
「うるさい。自分は免れたからってなぁ」
 言ってから免れたのは実は自分の方だとますます仏頂面になった。
 人目を引くのはその身長のせいと信じ、それ以外に何かあると思いもしない恋人の無防備さなら、上官時代から知っている。
 少しは自覚しろと散々言っていても一向にピンと来ていないあたり愛しい向きもあるが、だからといって無遠慮な視線が這うのを良しとしているわけじゃない。
 扇情的なミニスカートで可愛らしさ五割増のサンタの格好などしたら、男が何を想像するのか男である自分には簡単に予想がつく。
 盛大に拒否してくれて助かった、とは本人に言ってもこれまたピンと来ないのだろう。
「あっ、でもおかげで今日のクレームはないっぽいですね」
 押し黙った堂上の気配に慌てたように今さらの労いをかけられた。
「俺一人の我慢でクレームが減るかどうかは分からんが、あまり好評でもうまくないだろうな」
 ふと浮かんだ懸念を口にすると、
「なんでですか?」
 やはり郁はきょとんとした顔になった。
「これが毎年恒例になってみろ。隊長が面白がって全員分用意しかねないぞ」
「うわ、それありえそうで怖い」
 もっと怖いのは利用者が増えればこちらも微増する痴漢犯罪用に、餌としてミニスカートのサンタ衣装まで正式に特殊部隊配備しかねない上官たちの悪ノリぶりだ。
 とはおくびにも出さずに「全力で止めるけどな」と続けた。
 安心したように息を吐いた郁は一転して堂上を窺った。
「今年限定だとしたら……ちょっと嬉しかったって言ったら怒りますか? その、一緒に回れてちょっとあたしもクリスマス気分を味わえたし」
 俯き加減の上目遣いは怒られるのを覚悟しているように不安げだ。
 そういう顔をするから柴崎にいいように転がされるんだろう。寮ではどんな顔をして人並にクリスマス気分を味わえないのを堪えているのか透けて見える。
 こればかりは職種上仕方ない、我慢してるのはこっちも同じだ。
 業務中とはいえ怒るに怒れない。
「そうか」
 短い返事にびくっと肩を縮めて目を瞑られる。
「仕事に支障を出さなきゃ内心でどんなこと考えてようが構わん」
「あっ、ありがとうございます」
 パッと顔を輝かせた郁の頭を軽く叩いて下を向かせる。
 そしてそのまま、
「メリークリスマス」
 と呟いて更衣室に言い逃げ、堂上はサンタの仕事を終えた。

あとがき

恋人がサンタ○ロース、しかも教官だよプクク
と思いながら創作したら、いざタイトル付ける段になっても
それ以外思いつかなくてまいったのなんの
オチまで素通し、それに既存曲まんまじゃ無理だろってことで
頭を捻って捻ってコレだよ……
横文字でオシャレなタイトルを考える才能をくださいサンタさん