一枚上手のサンタ達



 特殊部隊全班の日誌が集まったのを確認して緒形が席を立つと、事務室のあちこちで倣って席を立つ気配がした。
 それぞれ班長を任されている者達だ。
「あ、今から会議ですか? お疲れ様です」
「お前が言うか!?」
 最後まで日誌と格闘していた郁から声をかけられた堂上は、ねぎらいに対し説教の前触れと眉間の皺を返した。
「三年やっててその日にあった事柄を書くだけに何分かかってるんだ! 見ろ、他の班は全員終わってお前待ちだったんだぞ。お前がさっさと終わらせてればもっと早く始められたんだ」
「それは、その、ごめんなさい!」
 さっと顔色を変え、慌てて方々に頭を下げる郁を笑いとため息が追う。
「年末はいろいろ慌ただしいから館内で起きる事もイレギュラーだし、仕方ない部分もあるよね」
 笑い側の小牧がフォローに回ったのを、あからさまにほっとした顔で伺う郁に堂上のため息が被さる。
「じゃ、じゃあ笠原お先します、お疲れさまでした!」
ばたばたと帰寮準備をして事務室を去った郁の姿が十分遠ざかっただろうタイミングで、どっと笑いが弾けた。
「八つ当たりはいただけねぇなぁ堂上」
 誰かが口火を切ったのをきっかけに、堂上が今朝から不機嫌な理由を見繕った隊員達から更に笑いが漏れる。
 刺さった痛みに反駁が頭を過ぎったのは一瞬で、次の瞬間には図星をさされたのが痛かったのだと開きかけた唇をぐっと噛み締めた。
 八つ当たりのつもりはなかったが、郁がいつもより殊更に遅かったわけではないのは確かだ。郁の日誌が遅いのは今日にはじまった事じゃない。
 特に今日は、小牧曰くイレギュラーな事が重なったせいで、筆を止め止め苦心していたのも苦い気持ちで待っていたから知っていた。
 苦々しかったのは、そんな姿勢にではなく、その中に記載された自分の行動だ。
「ま、後でフォローしとけばいいんじゃない? 俺でも苦労したもん、笠原さんにはちょっと重かったんじゃないかなぁ」
 苦労したという割には、いつも通りそつのない日誌を一番に出していた小牧が堂上の肩をぽんと叩いて帰って行く。
 手土産にフォローと見せかけた爆弾を残して。
 堂上の八つ当たりを直接たしなめるよりも効果がある言動を瞬時にたたき出すあたり、小牧はいつだって甘くない。
「どれどれ」
案の定、こういった方面には異常に察しのいい面々はこぞって緒形の手元に注目した。
「笠原の日誌どれだ」
「ちょっと! ふざけてないで会議はじめませんか」
「まぁいいじゃねぇか」
 そして案の定、堂上の抗議などさらりと流され、緒形もしれっと生真面目な顔で中から一枚を抜き出す始末だ。
「こりゃ笠原を叱れんな、だいぶ頑張った方じゃないか?」
「確かに昔なら半泣きでまだ書いてる途中だろ」
「いや、逆に昔なら嬉々として書き上げてたんじゃないか?」
「あー、ありえるなぁ」
 そこで全員の視線が集中した。
 何を考えているのかは、そのにやにやとした表情で分かる。自分は既に郁の日誌に目を通しているからだ。
「気を遣った表現じゃないか。──利用者に馴染みのあるイベントに関連する衣装を着用しての館内警備は好意的に受け取られた、なんてな」
「いじましいなぁ。昔ならもっと直截に書いてるだろ。堂上教官のサンタはウケてましたー、とか」
「記録に残る日誌に恋人の羞恥を出したくなかった、ってのがありありと分かるよな」
 郁が入隊してからのあれこれを特等席で見てきた隊員達の感想は容赦がない。
 特に、付き合いはじめてからこちら、何かにつけてからかうネタにされている。
 今日も絶対に何かあるのは予想していた。こうなると郁が恋人に気を遣って選んだ文面も、ネタの一つでしかない。
 予想していたとはいえ、こうも矢面に立たされこめかみが悲鳴をあげたのを感じた。
 柴崎の高笑いまで聞こえる始末で、とうとうがくりと肩が落ちた。
 業務部の提案と言えば通りがいいが、柴崎が率先して面白い方向に持っていったのは読めている。
 お陰で一日、館内をサンタの格好で練り歩く羽目になり、頬の筋肉は既に限界を超えている。
 そういう格好を楽しめる性格ではないのも、恋人としてはまだ付き合いの浅い彼女に恥ずかしい格好を見られるのをこらえたのも、何もかも仕事だからだ。
「……もういいでしょう、早く年末年始のシフト組みにかかりましょう」
 班長としては下っ端もいいところだが、諦め半分に出した声は老成された物に近かった。
 このままでは郁の叱られ損になってしまう。
 さっさと終わらせて、できるなら今日中に、意に沿わない格好を強要されていた反動できつい態度を取ってしまった事を謝りたい。
 付き合ってはじめてのクリスマスがお互いに仕事なのは覚悟していたけれど、締めが八つ当たりだったなんて終わって欲しくない。こんなプレゼントするつもりはなかった。
 少しくらい外に連れ出す時間はあるだろうかと、時計に意識を向けた帰りに緒形と視線が交わった。
「これ以上茶化すと堂上が本気でキレかねない、さっさと組んでしまうぞ」
 小牧と違って、緒形のフォローは不器用なだけにまっすぐ過ぎて余計にいたたまれない。
 正面きってからかわれている最中よりも余程、熱くなるのを感じながら顔を背ける。
 キュッと高い音で、ホワイトボードになっている予定表に希望日程を書き込みはじめたのだと、しぶしぶ目線をあげ、そして唖然とした。
「堂上君へのささやかな謝罪も込めまして、っと」
 例年、各班員の希望を何とか叶えてやろうと、正月前後の休みは班長で争奪戦になるというのに、今年はぽっかりと空いている。
 矢印が重なっているのはどれも正月を微妙にずらした日程だ。
 いざ仕事をはじめると敏腕の先輩班長達は、次々ペンを受け取ってはやりくりし、結局堂上はペンを受け取ることなく誰もが欲しがる正月休みを勝ち取っていた。
 ……気を遣われた。
 さっきまでのからかいは、恐らく堂上が気兼ねなく休みの日程を受け入れられるようにの芝居だったに違いない。
 見守られている、それ以上に大切にしなければならない。
 無言で頭を下げ、事務室を出たと同時に堂上は携帯電話を引っ張り出した。

あとがき

『柴崎様の言う通り』の続きにしてみました
教官をいじるの楽しいです
クリスマスだってのにラブラブもちゅーもないあたりが
猫百匹らしいと思って貰えると嬉しいです
……クリスマスネタでラブラブちゅーが思いつかなかったとよ