不慣れが愛しいと伝えたらどんな顔をするだろう



 基地を出て角を一つ曲がったら手を繋ぐタイミングだということには、もう慣れた。
 ぶっきらぼうなのは相変わらずだけど、“彼氏”になると何だか雰囲気が柔らかくなるのにも慣れた。
 映画のように目的を決めないで、「取りあえずブラブラするか」でデートが成り立つ距離感にもだいぶ慣れた。

 慣れないのは……。

「あ、教官。ちょっとあそこのお店見てみてもいいですか?」
 言いながら郁が繋いでいる手を店の方向に引っ張ると、堂上は視線の先に現れたオンナノコ全開の店にたじろいだ顔色になりながらも、素直に足をそちらに向けてくれた。
「めずらしいな、おまえが自分からこういう店に興味もつの」
「もうすぐ同期の誕生日なんですよ。基地の近場で用意するとみんなと被るかなって」
 郁の歳ではまだ転勤の辞令も少なく、武蔵野第一に配属された同期はまるまる残っている。誕生日をささやかに祝いあうのも四年目を迎えると、いくら配慮しても被りだす頃だ。そして女子はそういう空気にことさら敏感だったりする。
 定番のコースになっているハーブのカフェに来たついでに、なんとなく立川駅前をぶらついていたついで、と言えばこれ以上ないほどのタイミングで思い出して咄嗟に口が動いたが、今は仮にもデート中だったと誘ってから気付く始末だ。
「すぐ済ませるので、ごめんなさい」
 デートの途中なのに、と続ける前に苦笑交じりで手を離された。
「何でそこで謝んだよ。見てて自分で欲しくなったのあったら教えろ」
 表情はいつも通りなのに、勤務中より少し砕けた口調でさりげなく甘やかすことを言われ、郁は赤面で俯いた。
「ありがとう、ございます」
 もごもごと礼を言うと、郁が見て回りやすいようにか入口付近でそっと離れていく気の利きっぷりだ。
 うわー、慣れない。
 彼氏に彼女として優しくされる自分、というものに慣れない。
 慣れないけど、気をつかってくれる堂上をこのカントリー雑貨満載の環境で長く待たせるのは悪いというのはさすがに分かる。
 郁は辺りを見渡してめぼしいものを次々と手に取りだした。
 相手の趣味嗜好に加えて予算という縛りがある、それに相部屋の寮生活という条件も加わると範囲はものすごく限られる。
 数分、これと手に取った中にピンと来るものがなく、場所を変えるかはたまた選ぶ基準を変えるかと逡巡し出した郁の目に、まったく想定していなかったものが飛び込んでた。
「それ何だ?」
 郁の様子をうかがっていたのか、そのタイミングで堂上が覗き込んできて首を傾げる。
「あ、教官これカミツレだって! カモミールの入浴剤。おっしいなー、寮じゃなかったらこういうのもアリなんだけど」
 カイロほどの大きさの袋に鼻を近づけても、やはり匂いは漏れてこない。カミツレに思い入れのある郁は、こういうのもあるのかと純粋に感動して、そして単純に諦めた。
「残念。カモミールはカモミールでも、入浴剤って試したことないから気にはなるけど寮ですしね」
 寮に個人用の風呂はない。あるのは女子側だけでも一度に二十人は入れる浴場だ。
 家庭用一回分の袋を贈ったところで相手も困惑だろうし、と棚に戻そうとした手が掴まれた。
 え? と、今度は郁が首を傾げる番だ。
 掴まれた手はそのまま引かれ、向かう先はどうやらレジらしい。
 雑貨屋特有の狭い通路を堂上はすいすいと他の客を退けて進んでいく。
「気になるなら買えばいいだろ。自分用に欲しいのあったら教えろって言っただろうが、数百円のもんくらいおごってやる」
「え、でも、これ」
「それから、寮じゃ無理だが使える場所なら心当たりがある」
「……えっと、それって」
 お互いに寮暮らしで、寮以外で浴室を使うような心当たりって……。
 その一瞬で店の暖房が壊れたのかと思った。目の周りがカッと熱くなって、恥ずかしさに首が竦む。脳裏に過ったのは、柴崎と選んだランジェリーと、それを今日も身につけてる自分、そして『はじめて』の光景。
「じゃ、じゃあそれは教官が自分で使ってください」
 しれっとした堂上の背中にせめてもと悪あがきを呟くが
「気になるのはおまえだろ、まぁ俺も気になるが。けど一つしか買ってやらないからな」
 よほど上手の相手にさらりと返され、郁は慣れない雰囲気にひたすら赤くなるしかできなかった。

プチがき
一緒に風呂入る気満々。
入ってあんなことやこんなことヤル気満々教官。