想いは離れていてもちゃんと


※ 『控えめで大胆な告白を』の堂上Ver.になります。

 残業を終えて夕食の最終組にぎりぎり滑り込んだ堂上は、寮の自室に戻ると考えるより先に買い置きのビールを開け、これまた癖で棚に向かった。
 常備してあるつまみをあさり、乾き物をいくつか取り上げるが結局どれも元に戻す。
 さすがに晩飯を食べたばかりで腹は減っていない。
 カロリーや体型を気にする必要がない運動量の職業だが、だからこそ胃がもたれていては使い物にならない。明日も書類に忙殺されると分かっているが、いつ出動する羽目になるかは分からないのだ。
 つうか、副隊長も案外遠慮なく書類まわすよな。
 明日片付けなくてはならない書類の山を思い出して、諦めまじりの複雑な気持ちで頭を掻いた。
 そこはさすが玄田の部下というわけか、最近緒方から任される事務処理の数が目にみえて増えている。今日の残業だってそのせいだ。
 うぬぼれかもしれないが、期待されているのだという自負はある。
 期待されているのは嬉しいが、復帰したとはいえ完調ではない堂上を気遣ってという側面もあるだろう。
 それを裏付けるかのように、今日、自分の手で損壊犯を取り押さえられなかったせいで真逆のやさぐれた気持ちにもなる。

 なんだ疲れてんのか、まさかこれくらい。

 ほぼ同時に打ち消して一息にビールを半分飲み下す。
 自分が目指す図書隊員の姿は、こんなことで甘えたりはしない。あいつが目指している図書隊員も、きっと。
 王子様なんていう恥ずかしい憧れを抜けて、きちんと上官の自分を追う部下に報いたい。
 恋人としてなら尚更だ。
 へたれてるカッコ悪い姿なんか見せられるか。
 そんなことを考えていたからか、座ろうとして振った視線が一点で止まった。
 その先にあるのは洗面用具をまとめて置いてある棚で、さらにその奥には。
 前にあるシャンプーやらを倒さないよう手を伸ばすと、指先が小さい物を捉える。見なくてもそれが何か分かっている。うっかり力を込めたら割れてしまいそうな小瓶は郁に貰ったカミツレのオイルだ。
 脇にビールを置き取り出した瓶を揺すると、小さな音が返事をした。
 量は貰ったときとさほど変わりはない。そういう趣味のある女性ならもう無くなっていてもおかしくない量だが、アロマポットとかいう器具に水を張り一滴二滴を楽しむような性格ではない堂上は、時おりこうして蓋を開け香りを思い出すので充分だ。
 くれた郁だって香りを教えるだけのつもりだったのだから、不義理ってことにはならないだろう。
 むしろ、ひっそりと愛用していると言ってやったら喜ぶかもしれない。
 言うつもりはないけれど。
 理由はいくつかあるが、この香りを必要とするときは弱っているらしい。そしてそんな姿を郁に見せたくないのは、ただの甘えだ。
 たった一度、間違った図書隊員の姿を見せたがために、選択肢にもなかっただろう危険な仕事を選ばせてしまった。あのとき黙ってやり過ごせば良かったのかと訊かれたら否と即座に思うくせに、しばらくは郁が傷つくたび、成長するたび、なんで追ってきたと怒鳴りつけなくなった。
 選んだのは郁だ。否定する権利は俺にない。
 あの一件がなければ郁が今頃どういう人生を送っていたのかは分からないが、少なくとも命の危険があるような仕事ではないだろう。そうしたら自分の人生にも関わりがなくなってしまったというのに。
 結局、ジレンマに陥るのはいつもそこだ。
 あいつもいつまでも失敗ばかりの部下じゃないと、もう認めた。
 今日のように顔に返り血飛ばしていい笑顔をされても愛しいと思うくせに、出来れば安全なところに居て欲しかったなんて、本当に甘えた理屈だ。
 ならせめてこれからは傷つかないよう、死なないよう、俺はあいつを育てて目標となる図書隊員でいる義務がある。
 もう一度、軽く瓶を揺すると繊細な香りが全身を包んだ。
 カミツレを図書隊が掲げる意味に背筋が引き締まる。
 もう大丈夫だと蓋を閉めようとした瞬間、胸元が震え手がぶれた。
「うわっ、と」
 胸ポケットに突っ込んであった携帯電話だと咄嗟に理解した頃にはもう、濃密な香りが部屋中に拡散しはじめる。
 ほんの少し指先に冷たい感触がしたとしか感じなかったのに、ひっそりとしか嗅いだことのないオイルが存在感を見せつけるのに動揺して、早く止めるに限ると無事な方の手で原因となった携帯電話を引っ張り出す。
 誰だ、この匂い取れなかったらただじゃ……!
 八つ当たり気味に開いたメールを見て、もう一度オイルをこぼすかと思った。

 ──あたしこれからも成長して、教官に自慢の部下だと思われ続けてもらえるよう頑張ります。

 突拍子もない文面は、今日の件を受けてだとすぐに分かった。
 大方、柴崎と今日の話でもしていて、感情が突っ走ったか。
 あぁ、おまえはそういう女だよな。見当任せに走り出して転んだとしても、そこで倒れたままには絶対にならない。立ち上がってまた走り出す。そういう女だから好きになった。
 だから俺もお前の先にいなくちゃいけない。
 カミツレと郁にダブルで喝を入れられて頬が緩んだ。
 ……のもつかの間、
「どうすんだ、これ」
 強くなる一方の匂いが洗ったところでやすやすと消えるとは思えず、堂上の肩はがくりと落ちた。

あとがき

自罰的意識の強い堂上教官は、こうしてひっそり落ち込んでひっそり立ち直
ってたら超好みーーーー!
という猫百匹の願望です。
その後、酒持参でやってきた小牧が感づいて
「笠原さんに負けず劣らず純というか……似合いのカップルでよかったね、堂上」
「うるさい!」
なんてからかわれてたら
もっと好きーーーーーー!