控えめで大胆な告白を



 ただでさえ好きな相手に返り血を浴びた顔を見られてへこんでいる所へ、クマ殺しに続くブラッディ笠原の二つ名だ。
 コタツの脇に倒れたままの格好で郁は頬を膨らませ、いじけ続けていた。
 手塚も仕方なくとはいえ何で喋るか。速攻で柴崎に情報だだ漏れになるのは分かりきってるのに。それに小牧教官も、いくら笑い上戸だからって損壊犯を取調室に放置したまま十五分も笑い続けなくたっていいじゃない。隊長たちも「さすが笠原だ」って、それ褒めてない。絶対褒めてない。褒めてくれたのは堂上教官だけよ。
 その場面が蘇って頬は少し縮んだ。
 郁にとって堂上に褒めてもらう、つまり認めてもらうということは大きな意味を持つ。王子様の正体に気がつく前からあの背中を追い続けてきて、きっとこれから先ずっと追いかける。そんな人生の指標とする人に認めてもらえることの意味が小さいわけがない。
 きちんと損壊犯を確保しないで得意になった挙句、世界一痛いビンタをくらった頃より成長しているところを教官に見せられたのが嬉しかった。
 まだ堂上を好きだと自覚する前、小田原攻防の頃から欲しかった自慢の部下という言葉付きで。
 それに好きな女とも言ってくれた。
 声音まで再現できるほどしっかりと思い出し、頬を乗せ枕にしていた手がふと熱くなった気がして郁はコタツ布団を引き上げた。
 頬を膨らませている子供っぽい顔を柴崎に見られるより、思い出して赤くなった顔を見られる方が恥ずかしい。
 いくら柴崎でも人の頭の中身までは読めないだろう、隠してしまえば存分に浸れる。
 その仕草で「またこの子ってば」と柴崎に思われているとは知らず、大切な思い出を包むようコタツ布団を抱きしめる。
 好きな女、それも、あたしより先に。あたしが王子様と騒いでいた間に教官はあたしを見てくれていた。
 いつから好きだったかは本人に訊け! と、やさぐれた柴崎に言われ、訊けるわけないと言い返したのはいつのことだったか。
 その時は、まさかこんな嬉しい言葉をもらえるなんて思ってもいなかった。きっかけがきっかけだけど自分が教官に訊けるとも。
 ……あ、でも結局まだ普通に好きとは言ってもらってないんだよね。
 嬉しさで目をつぶっていた事実を思い出して、郁の感情はジェットコースター並に変化した。今度は下り坂だ。
 
 どうしたら褒めるついでに、じゃなくて、ただ好きだと言ってもらう……か?

 そこで郁の想像力は早くも限界をむかえた。
 堂上教官がそんなこと言うところなんて想像できない。そういうことをしれっと言える人じゃない。そんな性格だって分かってる。
 でもやっぱりさ……。
 分かっていても諦めがつかないのは、初めて叶った恋だからかもしれない。郁は過去の連敗記録を振り返って結論付けてみる。
 身長のせいでストライクゾーンから外され、年頃の女の子らしい恋愛に対する憧れや夢は封印してきた。それがふいに叶ったのだ。一気に反動がきたとしたら諦めの悪い今の自分に納得がいく。
 教官が言うような人じゃないのは百も承知、でも夢見るくらいいいじゃない。
 好きと言ってとねだるつもりはない、っていうか! ねだれる自分じゃない。だからこそ、ひっそり憧れを抱いているくらい、
「なぁに? 教官がどうしたってー?」
「えっ……なっ、なに!?」
 ふいに思考に割り込む柴崎の声が降ってきて、郁は反射で布団を跳ね除けた。
「なに? じゃないわよ。乙女モードに入って帰ってこないと思ったら、教官教官って呟きだだ漏れよ、あんた。さぁ吐け、なにがあった! なに考えてたっ!」
「大したことじゃな……いやあるんだけど! でも喋らないからね、あたしっ」
 脅迫手段としてキスをせまるのは柴崎のよく使う手だ。顔の近さに学習している本能で、身を屈めてくる柴崎に唇を覆いながら叫び返す。
 これであの手は使えまい、そう安堵したのも束の間で、
「喋らないなら教官に言うわよ。笠原は部屋できょうかーんってうっとりしてますよーって」
「やだ、やめてよ恥ずかしい!」
 想像するだけで頭が沸騰しそうになる脅しに悲鳴が出る。
「じゃあ吐きなさーい。あんたは隠し事できないんだから。ほら、さっさと言う」
 自白させる手駒のバリエーションに負け、郁はしぶしぶ秘めるつもりでいた憧れを口にした。
 一度でいい好きって言ってもらえたら……。
 柴崎も同じ女なら少しは分かってくれるはず、と期待していたのに
「毎日言われてるようなもんじゃないの、まったく」
 という呆れ混じりの声に切り捨てられ、まったく予想していなかった展開に思わず「えっ」と目を丸くした。
「言われてるって、どこが? いつも怒られてばかりなんだけど」
 記憶を手繰らなくとも、仕事中は怒鳴られているかゲンコツをくらっていることの方が多い。今日のように褒めてもらうのは稀だ。それくらいヘマが多いせいだけど。
「考えてもみなさい。あんたたち特殊部隊の置かれてる立場は? こなさなきゃいけない任務は? 甘ーい態度の訓練なんてしたらどうなるかしら」
「……怪我じゃすまない最悪死ぬ」
 それくらい命の危険と隣り合わせの職業だと、堂上に怪我をさせてしまった損壊犯の確保ミスと県展を思い出して固い声で短く答える。
「そうよね」
 瞬時に強張った郁の表情にも怯まず、むしろ当然といった風情で柴崎は続けて口を開いた。
「じゃあ厳しくされるのは? あんたも覚えてるだろうけど、入隊直後から人一倍厳しく育てられたわよね?」

 怪我をしないように、死なないように。

 厳しさにただ反発して文句を言っていた自分が恥ずかしくなるほど、今はそれが郁を思ってのことだと分かっているつもりでいたのに。
 柴崎の言う通りだ。
 教官の厳しさは……。
「愛されてるわねー」
「……うん」
 毎日の叱責が愛情だとしたら、確かに毎日毎日好きだと言われているようなもので、これ以上の愛情表現はないのかもしれない。
 好きという言葉に拘ることが馬鹿らしくなるほどの。

 部屋の明かりを消し、やがて柴崎の寝息が小さく聞こえる頃になってから、郁はそっと携帯電話を取り出した。
 ──あたしこれからも成長して、教官に自慢の部下だと思われ続けてもらえるよう頑張ります。
 送ったメールは言葉にしていないだけで、好きだという気持ちが溢れていた。

あとがき

そのメールを見た教官の反応とか、書きたいような気もするのだけーどー
も……今日は……眠い。
もうすぐ午前4時。
今日もあたりまえに仕事でーす☆

というあとがきをブログで書いた、その後
反動で夜8時に就寝、10時間睡眠でしたー☆