いい夫婦の作り方



「お待たせしました、堂上様、笠原様」
 いつ見ても穏やかな笑顔と共に、式の一切を担当してくれているプランナーが来たのを合図にカタログを閉じた。
 堂上と同時に席を立つと、抱えていた分厚いファイルを置いてあちらも丁寧に頭を下げてくれる。
「お忙しい中いつもご足労頂きありがとうございます」
「いえ、こちらこそ本日もよろしくお願いします」
「すいません、いつも遅い時間で。しかも今日は特にあたしの日報が遅くて」
「まったく、二度も三度も書き直しなんて何年目だ、お前は」
 下げた頭に堂上の拳骨があたる。
 予約していた時間に間に合わないかも、と駅を降りてから小走りになったのを叱る言葉は上司のものだったが、仕草は恋人のものだ。
「皆様お仕事帰りの場合の方が多いんですよ。お気になさらないでくださいね」
 こうした光景に慣れているのか、プランナーの笑顔は穏やかなまま変わらない。
 内心浮かんだ照れくささを誤魔化すよう髪を梳かしつけると、勧められるまま席についた。
 式場を予約する際に、こちらの職業事情は話してある。
 打ち合わせが飛び飛びになるのはその一部で、無理を言っているのはこちらなのに毎回丁寧な挨拶をくれるプランナーに再び揃って頭を下げ、カタログを脇に寄せた。
「今日はブーケと装花のご相談でしたね。あ、さっそくご覧になって頂いてくださってましたか」
 担当者を呼びに待つ間、堂上とめくっていたカタログはウェディングブーケのもので、プランナーが抱えてきたのも同じ種類のものらしい。
 てきぱきと広げられ、瞬く間に机上が花畑に変化した。
「わぁっ、すごい」
 郁は思わず歓声をあげ、堂上は感心したように覗き込む。
 白い花ばかりのもの、様々な色を基調にしたもの。形も多様だ。それぞれに名前があるらしいが多すぎて覚えていない。
「雑誌じゃここまで載ってなかった」
 根が真面目な堂上は、式の準備に入ってから割り勘で買っている結婚情報誌も読み込んでいるらしい。
 ぽつりと漏らした素直な感想に、プランナーが一瞬誇らしげな顔をする。
「私どもは専用のガーデンを持っているので、お客様のご希望にほぼ添えると思います。笠原様、ご希望はございますか?」
 二人揃っての打ち合わせで優先されるのはもう慣れている。
 結婚式はとにかく新婦最優先だ。
 郁はプランナーの笑みを横目にちらと堂上を窺った。
 料理や引き出物は両家の意向を取りこみつつ相談しあって決めたが、郁に係る部分に関しては全面的に任せてくれている。
 ブーケも雑誌を見ながら「これなんか似合うんじゃないか?」と感想はくれたが、こうして欲しいなどという強制は一切されていない。

 だからこそ──

「笠原様のウエディングドレスはマーメイドラインですから挙式と披露宴入場用は、そうですね……」
 沈黙を迷いと受け取ったのか、プランナーはオススメを探そうとしはじめた。
「あの、ですね」
「はい」
 プランナーにおずおずと声をかけると、忙しいだろうに急かさず促す笑みが深くなる。
 徹底された新婦優先主義に照れが薄くなっていく。
「アームかクラッチスタイルが合うんじゃないかって」
 ドレス選びに付き合ってくれた柴崎のセリフを丸パクリする。
 堂上はそれで形の予想がついたのか、プランナーが開いていたページの中からもう写真を見つけて納得というように頷いている。
「どちらも笠原様の雰囲気やドレスにとってもお似合いだと思います。すっきりしたシルエットですから、より美しくお見えになりますよ。お花のご希望はございますか?」
「メインは季節的にオススメのものがあれば教えて欲しいんですけど」
 過剰じゃないかと思える褒め言葉は全面で受け取っていたら照れくさくて話が進まない。
 大事なのはここから。
「あと」
 言葉を継いだ郁を待つプランナーを真っ直ぐに見る。
「絶対にカモミールを入れたいんです」
「カモミール?」
 聞こえて来た声は隣から。
「……カミツレか」
 カモミールと言ったのはその方が今は馴染みがあるからプランナーに通じやすいと思ってだったが、堂上にとっては──そして郁にとっても馴染みがあるのは堂上が言い直した方で、自然と頷く。
「そんなにたくさんじゃなくていいんです。でも、絶対にブーケに入れたいんです」
 広い披露宴会場全体の装化に使うとなると、香りがネックになる。
 一輪一輪は爽やかな香りでも、卓上それぞれとなると苦手な出席者もいるかもしれない、あまり強い香りは避けるのが無難だと雑誌にあった。
 それでもブーケなら、自分が持つもの自分の思い入れを込められるもの、それなら。
「大事なお花なんですね」
「はい」
「はい」
 返事が被って、顔を見合わせ笑みを交わす。
「図書隊の階級章に使われている花なんです」
 郁が口を開くよりも先に堂上が語りはじめる。
 テーブルの下で、そっと触れた指と指が一瞬離れ、すぐどちらからともなく繋がれた。
「苦難の中の力、という花言葉を掲げていられることを我々は誇りにしているんです」
 そういう堂上は、カミツレの意匠に決めた前司令を今も尊敬していると声音に滲ませている。
「実は、付き合うきっかけになったのもカミツレで」
 まさか堂上からそこまでの由縁を喋るとは想像していなかった郁は、ここぞとばかりに聞き入る姿勢に入ったが郁の視線に気付いた堂上はそこで咳払いをして言葉をとめた。
 でも手は繋がったままだ。
「素敵ですね。カモミールでしたら通年ご用意しておりますし、是非会場の装花にもあしらいましょう」
「出来るんですか!? 香りが気になるかもって思ってたんですけどっ」
「バランスよく入れて、ポイントになさればお料理にも差しさわりないかと思いますし」
 プランナーはにっこりと笑って言う。
「新郎様、新婦様の大切な一日に大事なお花を使わないなんて、わたし出来ません」
 きっぱりと言い切ってもらったと同時に、どちらからともなく固く手を繋ぎ直した。

あとがき
結婚式の打ち合わせなんて良くわからんから
仕事で付き合いのあるプランナーにこっそりリサーチしてみたり
「えっ、猫百匹さんお式の予定あるんですか!?えぇっ!?」

なにもそこまで驚かなくても……w