意識したら伝えられない



 隣で郁が身動ぐ気配がして、堂上の意識も徐々に浮上した。
 今朝はいつもより早いな。
 時計を確認しなくとも体に残る、ある種さわやかな疲労感の度合いで郁がいつもより一時間は早く目が覚めたのだと当たりをつける。
 もう少し休んでなくて大丈夫なのか、お前。体きついんだろう。
 昨夜もきつくなるほど抱いた覚えはなく、経験がなかった郁だからこれでも大分セーブしているのだが、原因である堂上からは何となく口に出来ず寝たふりを続けることで二度寝を促した。
 持ち前の体力に加え戦闘職種ということもあってか最近は多少の訓練でへばることもなくなった郁だが、普通の運動とは違う慣れない男女の行為に、外泊をした翌朝はチェックアウトギリギリまでだるそうにしているのが毎度のことだ。
 腰に力が入らない様子でくたりと身を縮ませ、恥ずかしそうにしている郁が実は愛しくて堪らない。堂上が起きればつられて郁も目を覚ましてしまうから、起こす頃合いを見計らって、いつも暫く寝たふりをしているのを郁は知らない。
 その郁は完璧に目が覚めたのか、堂上の静かな気遣いにも関わらず息を圧し殺してしげしげと見つめる気配をみせた。
 三十超えた男の寝顔、と郁が信じているものを見て何が楽しいんだ。第一それで気配を殺しているつもりか。こっちはお前よりどれだけ勤続年数長いと思ってるんだ。
 ……とは胸を過ったが、あまりに真剣な郁の様子に悪戯心が刺激されて寝たふり続行を決めた。
 息が顎を撫で、郁が一晩分伸びた髭に注目していると分かる。上に兄が三人もいたら珍しいものではないだろうに、今にも触れて確認してきそうな勢いだ。
 次に視線が移ったのは自分でも忘れかけていた傷痕か。
 女と違ってかすり傷程度、どこにどれだけつこうがいちいち気にしていない。特殊部隊配属だから尚更。訓練か抗争か……記憶をたどっていた意識に、
「好きです」
 そのセリフが割り込んできて思わず体が反応しかけたのを必死に押し込めた。
 お前、その不意打ちは反則だろう。言うなら俺が起きているときにしろ。……そりゃ起きてはいるが、寝ていると信じている相手に言ってどうする。
 けど……そういうところが郁か。当麻の事件の後ようやく病院に顔を出したと思ったら、こっちがじれて促すまで今と同じ言葉一つ口にするのも精一杯だったやつだ。
 面と向かっては言えないあたり、恋愛事に不慣れな感が堂上には愛しい。
 その郁は言ってしまったとばかりに詰めていた息を一度に吐き出し、腰に乗せていた堂上の腕の下でもがいた。
 それはないだろう。直接耳にするのはご無沙汰の言葉なんだ、もう少し余韻に浸らせろ。
 言い逃げしようとした郁の腰を抱くと慌てて更に身を引く始末で、寝返りの態を装って首筋に顔を埋める。
 耳元でぱくぱくと口を震わせているのは照れか焦りか。お前いま自分がどれだけかわいいか気付いてないだろう。
 愛しい、かわいい、そんな気持ちが飽和した。
 だからかもしれない、抱きしめるそれだけのつもりが、
「俺は、愛してる」
 ぽろりと勝手に口から漏れた言葉に堂上は固まった。
 いま俺は何を口走った?
 愛してる、とか言わなかったか?
 堂上本人にも言うつもりがなかったその言葉は、堂上はもちろん郁の動きすら止めた。
 呼吸を乱すな、体に力をいれるな、寝ていると続けて思わせろ。寝言であんなセリフを言うやつだと思われるのもきまりが悪いが、ここで起きているのがバレてみろ。直球で訊き返してくるぞ、こいつは。
 そして郁にバレたら早晩、柴崎経由で小牧たちにもバレてしまうのだ。堂上が愛しいと思う郁の純心さゆえに。
「あの、教官?」
 我に返った郁がおずおずと窺う声より自分の鼓動が耳の中で大きく響く。
 冗談じゃない、あんなセリフを吐いた顔を見せられるか。そう……冗談ましてや嘘ではない思わず溢れた本音だからこそ、あの言葉は郁だけのものにしておきたかった。
 堂上は長年かけて身につけた自制心をフルに発揮して、寝たふりを続ける。
 うまく誤魔化せたらしいと安堵したのは郁が距離を自分から詰め、近付いた気配がふわりと緩んでからだ。
 やがて規則正しい寝息が聴こえてきて、堂上は抱いていた腕を解いて大の字に脱力しきった。
 今日は自分もギリギリまで休むかと考え、ここは昼過ぎまでチェックアウトを延ばせるホテルだったなと思い出す。
 「はじめて」以来ホテルを予約をするのは自然と堂上の役割になっていたから、郁が喜びそうなプランを探していて「女性に大人気、ゆっくりチェックアウト」を選んだのは堂上だ。
 こんな理由で延ばすとは思わなかった。
 小さく独りごちて、布団を二人の上に引っぱり上げた。

あとがき

ハイハイもうね、お互いにラブラブでよござんしたね
と特殊部隊員は呆れそうです
こういうベタ甘を思いつく自分が時に怖い
っかしーなー……猫百匹の中には純情要素ないんだが