似たもの同士



 一人部屋で良かったと思うことは何かにつけあるが、こんなことで実感するとはな。
 堂上は朝食も早々に済ませて引っ込んだ寮の自室で、作り付けのクローゼットの扉を開け、中身を見渡しながら腕を組み人目を気にすることなく仁王立ちしていた。つけっぱなしのテレビからは原発事故を告げるアナウンサーのヒステリックな声が絶え間無しに聞こえてくるが、意識はすぐにワードローブに引き戻される。
 公休日に出かける前のこんな姿、誰かと相部屋だったらとても無理だ。
 特に同期で今までの成り行きを全て知っている小牧が同室だったら何を言われるか、からかわれるかは分かりきっている。

 女子は三正から一人部屋だ、まだ士長のあいつは同室があの柴崎で、今ごろ何か言われて苦労してるんじゃないのか。

 ふと浮かんだ心配は、笠原が自分と同じく今日の服装に悩んでいるとしたら……という期待込みのもので、随分と都合がいいものだと苦笑した。
 あいつも今日を――二人で出かけるのを楽しみにしてくれているならいいがな。
 内心付け足した心配は自分に向けて、もう自分に認めた気持ちに向けてか。
 誘ったときの反応はそう悪いものでもなかったが、クソ教官から公休に付き合わされるにしてはなのか、ただカミツレの茶を楽しみにしてなのかは堂上に判断できるものではない。
 ――そういえばそろそろお茶探しとけよ。
 なにが、そういえば、だ。
 自分の誘い文句を思い出して渋面を作った。
 何か事が起こる度にまだタイミングが悪いと自分を戒め、ようやく落ち着いて外に出られるようになっても他の隊員が居なくなるタイミングを待ち、忘れてないか訊くのも省き、断る口上を与えない雰囲気で言い逃げに近い誘い方をしたくせに。
 きょとんとしていた笠原は、言葉の意味を咀嚼して「あぁ」と覚束ない返事をした。そして急にそわそわしはじめ堂上の前から姿を消した。
 慌てた素振りに、まさかお前忘れていたのかと苦々しい気持ちになったのも束の間、去る前の表情を思い出してふと頬が緩んだ。
 あれは忘れていたんじゃないな、むしろ俺が忘れていなかったのが意外だったんだろう。

 自分の態度が置き土産になっているとは思いもよらないだろう郁には、堂上が自分に認めたときから歯止めがきかなくなっている感情を更に深くしたのも判断できないことだった。

 こちらの都合は都合として、いま必要なのは服の選択だ。
「堂上、ちょっといい?」
 無意識に吊るした服を捲り続けていた堂上は、ノックと小牧の声にハッと我に返った。
「いま鍵あける」
 言いつつ急いで音を殺しながらクローゼットの扉を閉める。
 つけっぱなしにしていたテレビはそのままだ。
「念願かなって出かける前の忙しい時間に悪いね。あぁやっぱり堂上もチェックしていたか」
 入ってきた小牧は生々しい原発事故の映像を見て、柔和な顔を曇らせる。小牧が来たなりそう口にするということは、上が何を案じているか一発目の報道の時点で懸念していたので、入りがけのさらりとしたからかいを水に流した。
「まだマスコミも混乱してるけど、どう転ぶか注目する必要があるって隊長が」
「だろうな。あまりにも実存するフィクションと符合する点が多い」
「当麻蔵人の原発危機だろ。やっかいだね」
 フィクション――創作。
 本は本で、人は人だ。衝撃的な事件や事故が起こる度、容疑者の趣味嗜好を民衆ウケするように歪曲させた報道と政府の対応が良化法と今の図書隊を生んだ。その中で命をかける隊員がいると、どれだけの人間が認識している。……認識していても妙な憧れで危険な仕事を選ぶバカもいるが。
 バカを突っ走らせたのは、抑えられなかった自分の衝動のせいで、王子様の話があいつの口から出る度に過去を責められている気になったのは昔の話だ。
 王子様を卒業すると宣言されてからしばらく経つが、じゃあ今の俺はあいつの中でどういう位置付けなんだ。いくら王子様の正体がクソ教官と同じと知らないとはいえ。
 自然、堂上の眉間に皺が寄り小牧は取りなすよう「堂上、当麻蔵人のファンだもんな」とつぶやく。
 この報道をBGMに、これから図書隊がどう巻き込まれるか十分憂慮しなくてはならない指揮権のある自分が、まさか部下の女性隊員ただ一人のことを考えていたとは言えず、渋い顔で「あぁ」とだけ短く応える。
 わざわざ訂正するのもきまりが悪い。
 と、小牧は苦笑して
「まだどうなるか分かったもんじゃないし。それよりもその顔、出る前には戻しなよ? 仏頂面で待ち合わせなんて、いくら笠原さんでも驚くよ」
 すかさずからかいに方向を変えた。
「余計な世話だ。あいつは俺のこんな顔、見慣れてるだろ」
「訓練や業務中ならね。でも今日は違うでしょ」
「違っ、……」
 正論に正論で返され言葉に詰まる。逃げをやんわり封じる小牧の言葉に心の中でだけ違わないと返事をする。
 上官が部下に案内を頼んだ……違う、建前はそうでもこちらの意識は違う。もう違うと認めてしまった。
「公休くらい仏頂面封印して楽しみなよ、班長」
「分かった分かった、だからもう出てけ。着替える」
 半ば開き直ってドアをしゃくると、喉の奥の笑い一つを残して小牧は去って行った。
 ……さて、着替えると言ったものの。
 堂上は再びクローゼットを開けて悩みに入った。
 何度視線を往復させたところで中身が変わるわけじゃない、服の趣味はこの数年ほとんど変化がない。シーズンこそ違えど同じブランドで固められたラインナップに頭を掻いて、まずは無難なジーンズを取り出す。
 普段はスーツか制服かジャージで、さすがに休みにその恰好はどれも違う。省く種類ならすぐに判別つくのに、正しいのはさっぱり分からん。
 中庸といったところだろうな。
 種類ごとにまとめてあるクローゼットのシャツのゾーンを捲り、これまた無難なストライプのシャツを引き出す。店の中に入ってしまえばシャツくらいで丁度だろ。コートはそう数も多くないから悩む必要がない。
 着替えながら頭の中で靴を選ぶ。
 頼むから、はじめて業務関係なく示し合わせて出かける日くらい、踵の高い靴はなるべく避けろよ。
 浮かんだ心配はどうしようもないもので、これが彼女という立場ならおおっぴらに釘をさせるかと過ったが、あいつの身長が縮むわけでも三十過ぎて成長期が来るわけでもないかと、その立場を望む先走った感情にはまだ蓋をした。

あとがき

革命で教官はしれっと郁をあしらったけど
服を悩んだ堂上さん……なにそれかわいいじゃないの!あたしに挑戦してんのね!あぁやったろうじゃない、好きに妄想させてもらうよ!
と。
あ、猫百匹はハーブティーなら、とあるメーカーの『プリンセス』というブレンドティーが好きです。
よし、どうでもいい。