幸せ連鎖



「やっと落ち着いたね」
 万感の思いがこもった呟きが小牧の口から漏れたのは、四人で駅まで向かいはじめてしばらくのことだった。
 顔触れは小牧、毬江、そして堂上と郁だ。
 小牧と堂上の手には揃いの袋が二つずつ下がっている。中身は手塚、柴崎両家の結婚披露宴の引出物。違いをあげるとすれば、郁の袋にだけ一番上に折り詰めがあることくらいか。
 いい式だったね、そんな話をしながらの道中だったので、堂上はその呟きに軽く頷くに留めた。
「決まってから特にこの一ヶ月、柴崎かなり準備に追われてましたからねー」
 小牧は微妙に見当外れな返事をした郁に苦笑して、ブーケから顔をあげた毬江に見えるよう続きを語りはじめる。
「それもあるけど、長かったじゃない? あの二人がお互いを意識してから今日まで。上官としては回りくどいなーと気になってたから。だからまとまって良かったと思ってさ」
 あぁーという相づちで郁は早とちりに気付いたらしい。その頭を軽く小突いてから、堂上は小牧と毬江に向き直った。
「俺だって手塚の上官だ。俺もどうなることかとハラハラしてたぞ」
 頭数から外されたのが不満そうな様子に、三人は吹き出す。特に小牧はひとしきり喉で笑ってから、「またまた」とあっさり否定した。
「堂上は自分のことでいっぱいいっぱいだっただろ、ねぇ笠原さん」
 ここで旧姓を出すのは隊内での慣例に則ったというより、堂上と郁が結婚するまでの回り道を指してなのは明白だ。一口ほどの食前酒でほろ酔いの郁はさらに頬を赤くし、堂上は苦い顔で「そんなことはない」と訂正してみる。
 毬江ちゃんがいなかったら「うるさい!」って怒鳴っていたんだろうなー。
 そんな夫の態度がかわいいと、まとめてからかわれた郁は一抜けて「そうだったんですかー?」と小牧についた。
「見たかったなー、いっぱいいっぱいの篤さん」
「それはもう、バレバレなのに痩せ我慢しちゃって」
「やだもー」
 そう言いつつも嬉しそうな郁を見る毬江の目は笑っている。さりげなく小牧の手を引き、寄せられた耳に「これもノロケ?」と訊くと、再び小牧の喉が鳴った。
「郁、いい加減にしろよ」
「いいじゃない、お目出度い日なんだから。奥さんの疑問には答えてあげなきゃ」
「だそうですよ篤さん。で、小牧教官、もっと聞かせてくださーい」
 上機嫌の郁は夫の弱味になりそうな匂いに食い付いて離れそうにない。普段は上官でもある堂上に歯が立たないからだろう。勤続年数も違ければ経験値も違う、部下にそう安々と水を開けれるわけにはいかないからか。
 それは俺もだけどね。
 小牧は笑みを深くして目を輝かせている郁に言い放った。
「もう俺は端で見ててどんだけじれったかったか! 王子様ってば頑固でさー」
「その話はするなっ」
「きゃーやめてぇ」
 ついたのも束の間、夫唱婦随で落とされ大声をあげる。毬江も王子様云々のくだりを小牧に聞かされていたのか、笑みを浮かべた。
「手塚は堂上を参考にしてたから、揃って回りくどかったね。堂上は三年、いやプラス五年か」
「……っていうならお前もだろ」
 これ以上ネタにされてたまるかと堂上が長さを指摘したが、小牧はさらっと
「俺は自覚してからは早かったから」
 と受け流し、毬江と微笑みあう。きっかけになった拉致事件や、そこに至るまでの毬江の片思いが昇華されているのだと、その雰囲気から伝わってくる。二人を見る堂上の目が優しい。二人が早く落ち着くのを祈っているのは、誰よりも付き合いの深い堂上だとその様子で分かる。
「そういう小牧教官と毬江ちゃんも、もうすぐじゃないですか」
 夫の代わりにバトンを渡した郁に照れ笑いが二人分。
「いろいろ頼りにしてるよ。先を越されるとは思わなかったけど、式の様子は参考になったし」
「あぁ見習っとけ」
 堂上が笑みを含んだ声で小牧に答えたとき、目の前に駅が見えてきた。ここからは二組に別れる予定になっている。
「じぁあ郁と俺は先に行ってる」
「うん、彼女送ったら合流するから」
 毬江は声を出さずにごめんなさいと堂上と郁に頭を下げた。これから場所を移して図書隊メインの二次会で、毬江はここで帰ることを手塚たちにも伝えている。特殊部隊メンバーとは面識があるが、酒の席に交ざれるような性格ではない毬江を気付かった小牧の案だ。
「今度ゆっくりできる日にあたし達だけでご飯しようね。隊長とかお酒入るとさらに凄いから、大変だもん」
「お前が飲んだときの方が大変だろうが! 何度おぶって帰ったと思ってるんだ」
「あ、それもそうか」
「今日は飲むなよ。ドレスでおぶわれる羽目になりたくなければな」
 息のあったやり取りに別れを告げ、小牧と毬江は改札を通る。休日を過ごした人並みが明日からの現実に帰るさわさわとした空気の中、どちらからともなく手を繋いだ。
 こうなると期待して、ブーケを小牧とは反対の手に持っていて良かった。
 一人はにかんだ毬江に小牧が顔を寄せる。
「次は俺たちだね」
 頷いてから何となく後ろを振り向く。雑踏に消えていくあの二人も、手を繋いでいるのだろう。
 幸せの連鎖に毬江は少しだけ声を出して笑った。

あとがき

別冊2を読み返していて、ふいに思いついた話。
遅筆上等の猫百匹にしては珍しく、小一時間ほどでできたよ!
やっぱ幸せそうな話はサクサクだね。