最強は誰だ



「全員手を止めてちょっと集まれ!」
 課業も終わり落ち着いた雰囲気に包まれていた図書特殊部隊の事務室に玄田の野太い声が響いた。
 その場に居合わせた堂上班の面々は、何事かと瞬時に気を引き締めそれぞれ駆け寄る。
「うわっ」
 一拍遅れてあがった悲鳴は、机に齧りついて日報を書いていた郁のものだ。
 慌てたせいかペンやら書類を撒き散らす様子に堂上はアホウと一喝して渋い顔になった。
「拾うのは後でいい! さっさと集まれ!」
「はいっ」
 郁が後ろまで来たのを確認して堂上が玄田に向き直ると、腕を組んで待っていた玄田は
「なんだこれだけか、つまらん」
 と何故か不服気だ。
「隊長、一体何事ですか」
 こういう時、いつも真っ先に口火を切る役目の堂上が訊ねると、一巡隊員を見渡しもったつけておいてから玄田は訓練服の胸元から何かを取り出した。
「これは?」
「後方支援部謹製、武力数値化装置だ」
 コトンと小さな音をたてて車座の中心に置かれたその装置は、補聴器に片目を覆う薄いプラスチックのような板がついていて、どうやら耳にかけて使うものらしい。
 形状や使用方法が理解できたところで再び堂上が口を開いた。
「武力を数値化とは、具体的にどういう物ですか」
「これはな」
 にやにやと楽しくて堪らないという顔をして、遊び好きの中年は得意気に胸を張る。
「これを装備して敵を見れば、相手がどういう得物を持っとるか練成度はどんなもんか瞬時に数値として解るもんだ」
 とたんに堂上の隣でむせかえる音がする。
「こ、これ……スカウ……ちょ、まんまじゃ」
 上戸に入った小牧に眉間の皺を深くしたのは、堂上も内心では同じことを考えていたからだ。
「予算削減が積年の課題だというのに、わざわざ作らせたんですか」
 まだ上戸に入っている小牧と不思議そうに首を傾げている手塚を横目に、直属の上官相手とはいえ多少は諌める口調になっても仕方あるまい。
 実戦時には俯瞰で敵味方見張る班がいるし、長年の抗争経験で良化隊の配置予想は今さらこんな機械に頼らなくともできるというものだ。
 渋い顔のまま、重ねて諌めようと口を開きかけたした堂上の背後から、
「すごいすっごい!」
 と能天気な声が聞こえて皺がまた一本増えた。
「おぅ、笠原は解ってくれるか! これの凄さを」
「これどうやって使うんですかっ?!」
「このスイッチを押して起動させたら、後は対象を見るだけでいい」
 堂上を押しのけんばかりに身を乗り出す郁に、我が意を得たりと玄田が装置を渡す。
「わぁ、ハイテクですね」
「アホウ!」
 無邪気に浮かれる郁の脳天に、堂上のゲンコツが落ちた。
「ったぁ……」
「おまえは知らんだろうが、今年度は良化隊の襲撃回数が例年より多くて予算が逼迫してるんだ!」
 堂上がその事情を知っているのは班長だからではない、玄田が丸投げしてくる書類のせいだ。
「弾薬の確保だってぎりぎりのところなのに、無駄な予算を使う余裕はないんだよ」
「あっ、待ってまだっ」
 怒鳴りつけながら郁の手から装置を取り上げる。
「隊長」
 仏頂面で玄田に差し戻すと
「試してもみんうちに、無駄と片付けるもんじゃないぞ。案外役に立つかもしれん」
 何処吹く風で受け流された。
「そうですよ教官、使ってもないうちから。あたしまだ試してないんだから、返してくださいよ」
「試すって、今ここで試しても武器もった人間なんかいないだろうが! どうやって試すんだよ! 隊長に乗せられるな!」
「教官だったら武器なくても十分だと思いますっ」
「なっ! おまえは俺をなんだと思ってるんだ馬鹿! おまえ、これで俺を見たらグラウンド二十周だからな」
「酷いっ、鬼教官」
「おまえこそ、その無駄に溢れる闘争本能があれば一体どんだけの数値が出るんだろうな! 小銃なんか目じゃないかもしれんぞ」
「酷いぃ〜〜〜〜」
 装置を持った片手をあげて奪いにくる郁をかわしながら売り言葉に買い言葉を続けていると、はいはいという声と共に上から取り上げられた。
「じゃあ試してみようか堂上」
「小牧、おまえっ」
 避ける間もなく、目の前に装置がかざされる。
 うまく乗せられてるのはどっちだろうねぇと小牧が呟いた気がするのは、ピッと軽い音に打ち消された。
 プラスチックの内側にライフルのスコープのような模様が浮かび、数値が固まる。
 ほらやっぱりおまえは武器なんかなくてもと思った瞬間、
「そこまで言うことないじゃないですか」
 うっすらと涙を浮かべ、上目遣いで見つめる郁の視線で固まった数値が再び上昇しだした。
「たしかにあたしは戦闘職種大女だけど……」
 今にも溢れそうな涙と、喉に篭る声。
 数値の上昇が勢いを増す。
「それで役にたってませんか? あたし足を引っ張ってますか?!」
 思いつめた顔で詰め寄る郁に数値はどんどん上がっていく。
「答えてください……堂上教官」
 とどめは小首を傾げて縋るように呼ばれた名だった。
 天井を知らないかのように上がり続けていた数値が止まる前に、ボンと装置が爆発した。
 鼓膜に直接響く破裂音が治まると、それぞれの慌てる声が同時に飛び込んでくる。
「堂上二正っ」
「キャーーー! 大丈夫ですか教官っ!!」
「堂上!? 耳やられてない? いきなり爆発するなんて……ブハッ、あぁなるほどね、やるなぁ笠原さん」
「……改良の余地ありか。こりゃまだまだ実戦には出せんな」

「あ…………アホかーーーーー!」

 しばし固まっていた堂上が解凍した後、事務室に怒号が響き渡った。

あとがき

初・図書戦創作がこれ
そらもう郁がかわいくてしょうがない、でも無自覚な教官
を目指したつもり……です
もちろん装置とはホホホ、アレですよザーボンさ(略