恋しさは文を越え
「さきいかでいいか? あと貰いもんだけど柿の種もあるぞ」 「うんまぁあるもので。それより、ごめん堂上」 ビールの六缶パックをぶら下げてやってきた小牧に、いつもの部屋飲みだろうと何の疑問も抱かず肴を用意した堂上は、座るなりされた謝罪に面食らった。 「謝られる理由がわからん」 だよね、と苦笑しながら顔をあげた小牧が差し出したのは、ピンク地に小花が散ったかわいらしい封筒だ。 「お前に渡してくれと預かったというか、押しつけられたというか」 受け取った封筒の表には、確かに堂上篤二正と自分の名が書かれていた。続けて裏も確認したが、差出人の名前は書いていない。 「事務室に戻る途中で持ってた書類の間に差し込まれてさ、本人に返そうにもすぐ逃げてっちゃって。とにかくごめん」 「ていうかお前が謝ることじゃないだろ」 小牧も名前がないか確認しただろうことは、言われなくても分かった。 小牧の性格からしても、相手が分かれば追いかけて正論付きで本人に突き返しただろうことは想像に難くない。 その前に状況確認のためにまず呼び止めたはずだ。呼びとめた声も聞かず逃げられ、よほど驚いたに違いないことも長い付き合いで聞かずとも分かる。 小牧が自分のところに持って来ざるを得なかったのなら、小牧が謝る理由などない。 どうしても自分が開けて中を確認しなければならない流れにされた不快さがこみ上げて来たが、顔に出せば出すだけ気に病むのは小牧の方だと努めて無表情を装う。 鋏を出しながら本人持参の酒を勧めると、プルトップを引きながらバラエティ番組に見入るふりをしてくれた。 つくづく気遣いの男だよなぁと苦笑できたのもここまでで、中の便せんを引っ張り出しながら眉間にしわが寄るのを自覚する。 これはアレだよな。 業務上の連絡、なんて都合のいいオチで終わってくれる…… 「わけねぇよなぁ」 中身を確認して、嫌な予感があたったことに言葉も荒くなる。 復帰早々、特殊部隊の面々に散々ネタにされふっきれて以来、郁との付き合いを特別隠しだてはしていない。 声高に主張しているつもりもないが、何かにつけて目をつけられやすい部署に居る者同士が付き合えば、陰で噂の一つでもされていること位、織り込み済みだ。 だからこんなもの、今になって貰うなんて想像もしていなかった。 読みながら一文ごとに胸の奥がカッと熱くなる。 ──笠原士長とお付き合いしているのは知っています、でも 以降の文は読む気にもならない。目を滑らせて文末に書かれていた差出人の名前と階級だけ覚え、中身を丁寧に元に戻す。でないと丸めて捨ててしまいたくなる衝動に負けそうだ。 「……小牧」 声をかけてすぐ振り向いた小牧は、こちらの表情の中に何を見つけたのか無言で缶を押してきた。 開けて一息に半分飲み干す。 「このこと、他に知っているやついるのか? その、うちの班で」 口に広がるほろ苦さに加え心内の苦々しさでとがった声が強い詰問調に聞こえて、とりなすように付け加えた後半が一番知りたいのだと言ってから気がつく。 「いや、笠原さんは知らないよ。手塚もね」 聞きたかった答えを貰い、安堵で残り半分を空にする。 「やっぱそれ、そうなんだ?」 予想がついていたのだろう。あぁ、と頷く手の中で缶が一瞬で形を変えた。 「ラブレターってやつのつもりなんだろう本人は。俺と笠原が付き合ってんの知ってて書いてよこすって、まったく理解できん」 「理解できないっていうより、喧嘩売られたって顔してるよ堂上」 なだめるような笑みを浮かべた小牧が二本目を滑らせてきた。 ありがたく頂きながら、察しの良さにカッとなっていた胸の奥が冷えていく。 確かに読んだ瞬間、浮かんだのは純粋な怒りだった。 コタツの上に林立する缶ビールの中で、小花柄がちりばめられ愛らしい表情を浮かべている封筒の中身は、良く言えば健気、悪く言えば郁をとことん舐めたものだ。 いつどこでどんな風に好きになったかなんてどうでもいい。 付き合っている相手があれなら自分でも何とかなる、とでも思ったか。 好きだと書きながら、彼女が居ながら余所見をするような男でいて欲しいのか。 彼女を馬鹿にされて平気な男だとでも。 怒りが再燃しそうな気配に無言で三本目に手を付け、冷蔵庫からこちらの在庫を全て出す。 「どうするの? それ」 まだ一本目を飲みながら、小牧は価値がない物にするよう顎で“それ”をしゃくる。 「返す。こんなもん受け取る理由がない。ご丁寧に自分の所属と容姿まで記載してくれていたから隙を見て本人呼び出す」 自分を小柄だとわざわざ書いていたのを思い出して、無神経さに苛立ちが募った。誰と比べて小柄だと言いたいのか、透けて見えるものを悪意と呼んでしまってもいいだろうか。 わざとなのか無意識なのか、どちらにしろ軽々しく郁を貶めるような相手を余計に刺激するのは賢明ではない。 「まぁ他人に知られないようにはするけどな」 しぶしぶ付け加えて深く息を吐く。 自分がその立場になるとは今まで思いもしていなかったが、長い寮暮らしの中で振った振られたがこじれてトラブルになる事例は幾つか見てきていた。 舞台も登場人物も内部完結するせいか、ほどほどで鎮静化するのが常だったが、かといって落ち着くまで郁を“振った男の彼女”という目線に晒すなど考えたくない。ただでさえ以前にも針の筵を経験している郁に耐えて欲しいなんてどの口で言えばいいのか、かといって嫌なら別れてくれなんて強がれるほど簡単な気持ちじゃない。 「笠原さんの為?」 素直に頷いたのは、小牧の口調がまったくいつもと変わりなかったからだ。 「万が一、あいつの耳に入ったら絶対気にするだろ。俺が逆の立場ならする、しまくる。それに気にしただけならいいけど、その次に絶対あいつは自分を卑下するに決まってる」 郁が自身のミスでへこむのならそれはもちろんフォローはするが、最終的に郁自身が立ち直るべきことだ。けれど郁に非がないことで郁が落ち込むなんて我慢できない。 「そこまで相手が見越していないかもとしてもだ、女子寮側で手ぇ出されたらこっちは何もしてやれないだろうが」 郁の口から相手の名前が出て来たことは多分ない。階級からいっても郁と接点はほとんどないだろう。 ──好きだと伝えたいだけです。 相手の言葉を信じるなら、受け入れられないときっぱり断る事で完結してくれるはずだ。 「せいぜい冷静に話すさ」 けどやはり、万が一を考え柴崎に話をつけておいた方がいいのか……、缶ビールの口の奥で暗く揺れる様を見ながら考えていると、室内がやけに静かだと気がついた。 「……小牧?」 顔をあげると視線がまっすぐにぶつかる。 いぶかしんでいると、しみじみした様子でビールを一口。そしてとんでもないことをさらりと言う。 「愛だねぇ。ほんとに笠原さんが大事で仕方ないって?」 さっきは怒りでへこんだ缶が、今度は動揺で大きな音を立てる。 「ラブレター貰ってモテて嬉しいって思うような性格じゃないのは分かるけど、口開くと笠原さんのことばかりなんだもん」 「うるさいな、おまえだって毬江ちゃんが居るのにもし手紙貰ったら穏やかじゃいられないだろうが」 「それはねもちろん。あ、分かって貰いたいなら冷静に話すより、さっきまでみたいに怒りも露わにって方が効くかもよ。聞いてて入りこむ隙間なんかないって思ったから」 それなりにシリアスな展開だったはずなのに、いつの間にか茶化されている。 小牧が茶化しても平気な事柄だと判断したことにほっとするよりも、居心地の悪さと照れくささが微妙に混ざり合った落ち着かなさですぐ四本目の蓋が開いた。 |
あとがき
堂上さんて入隊以降「いま恋愛とか考えられない」オーラ出まくりで
郁が入隊する前も、軽々しく女子が寄れなかったのでは?と思うのですよ
だからこそ、郁と付き合っている事が知られて解禁となったというか
あ、あたしも気持ちを伝えるだけでも……っ!
と思う女子がいてもおかしくないのではー?
と思って書いた話ですが、
堂上教官と郁の間に割り込もうなんてこの不届き者がぁ!!
と書きながら非常にムカムカしたという矛盾