友情で留まらせて


 男に二言はねぇって、よく言うだろ。
 やっぱさ、気分次第でころころ意見変えたりすんのって、カッコ悪ぃし情けねぇって思う。
 思う……けどよ。
 この頃よく、こいつをダチだとはじめに思った昔の自分を、殴りつけてぇとも思うんだ。





「……でね、そういうとき何を話したらいいのか、わかんなくなっちゃうんだ」
 眉をさげて少し悔しそうに話す鈴原が、手にした菜ばしをくるくると回した。
「気詰まりってわけじゃないんだけど、沈黙が……怖いっていうか」
 まだくるくると回しながら、誰にむけてという訳でもなく話している姿が……酷く小さく感じて、あわてて拳を握る。
 そうでもしねぇと勝手に動きだしちまいそうな手が、くい込む爪の痛みでかろうじて留まった。
「妙に焦っちゃって馬鹿なこと言っちゃって。で、いつも後から後悔するの」
 んな思いすんなら、やめちまえよ。
 喉まで出掛かった言葉も、あわてて押し込める。
 こいつが俺に望んでんのは、気軽に話せるただの同居人で、よくてもダチってレベルだとわかっているから、心の奥底から浮かび上がる感情を悟られないよう閉じ込めて、沈黙で促す。
「時々、いきなり自分の世界に入り込んじゃうっていうか、さ。どうしたの、って訊くと舞台の事とか考えてたって謝ってくれるんだけど、本当のこと隠されてる気がして」
「あぁ、あの人……そういうとこあるよな」
 なんだ、この掠れた声。
 自分の口から出たとは思えないほど、低くざらついた声がささくれた神経に障る。
「でしょ? あーあ、依織くんが何を考えてるかわかればいいのになぁ」
「……人がなに考えてるか、簡単にわかるもんかよ」
 自分が何をどうしたいのかすら、わかんねぇヤツだっていんだよ……ここに。
「だよねぇ。麻生くんって、たまにズバッと核心つくよね」
「たまにって、おい」
「あ、悪い意味じゃないよ」
 くるりと振り向いて弁解する鈴原に苦笑いを返すと、少しホッとしたのか明るい表情になってフォローをはじめた。
「ハッキリ言ってくれるから、いつも感謝してるんだ。一人だと煮詰まっちゃうけど、友達に話すだけで気が楽になるし」
 友達。
 鈴原がまわし続けている菜ばしのように、その言葉がぐるぐると頭の中を巡っていく。
 トモダチ……そう、こいつは女って前にダチだ。
 生まれて初めて、女にもいいヤツがいると認めて以来、性別とか……んなの関係なくこいつはダチで、俺はダチを裏切ったりできねぇ性格だ。
 だから、松川さんと付き合いだしてから増えたこういう会話にも相槌を打って、じわじわと這い上がってくる訳わかんねぇ感情を閉じ込めるように心に釘を打つ。
 鈴原は松川さんの女だ。
 俺だって松川さんが何を考えてるかなんてわかんねぇけど、こいつを見るあの目が物語る、言葉にならない叫びくらいはわかる。
 さっき鈴原は沈黙が怖いって言った。
 きっと怖いと思ってんのは松川さんのほうだ、と思う。
 あの目を見なけりゃ俺だって気がつかなかったし、信じられなかったけどよ。
 一緒に暮らしてるっつっても、過去になにがあったかなんて聞いたことねぇし、あの人が自分から話すなんて想像もできねぇけど、なにかを恐れてるから全てを締め出して、自分だけの安全な世界に閉じこもっちまうんだろう。
 それが、どんだけこいつを不安にさせてるかも気がつかねぇなんて、贅沢な話だよな。
 ちょっと目をあげれば、まっすぐ松川さんの事だけを見詰めてるこいつが、すぐ前にいるってのに。
「麻生くん、どうしたの?」
 急に押し黙った俺を不審に思ったのか、手の内で遊ばせていた菜ばしを置くとひしと見据えてきた。
 こいつの癖なんだとわかっていても、心の奥まで見透かされそうな視線に鼓動が跳ね上がる。


 ……こんな風に、いつだってまっすぐ相手にぶつかってくるヤツが傍にいんのに、なんで。


「ちょっと顔が赤いみたいだけど熱でもあるんじゃ……」
「なんでもねぇって。それより、出来たのか」
 母親が子供にするように、あたりまえという仕草で額に伸びてくる手の平から後ずさると、キッチンを覆う気詰まりな空気を強引に振り払った。
「えっと……うん、もう少し煮込んで出来上がり。それにしても、ほんと麻生くんってカレーが好きだよね」
「悪ぃか。好きなもんは好きなんだから、いいだろ」
「あははっ、わかりやすいなぁ」
 面白そうに笑った口の端がふいに強張って、みるみる下がりはじめた。
 ほんと、こいつってくるくる表情が変わるよな。
 気持ちがそのまんま顔に出て、隠そうともしねぇで。
「依織くんも、麻生くんくらいわかりやすかったら……」
 鍋を覗き込みながら、ぐつぐつと沸く音に掻き消えそうな小さな声で漏れた独り言に、心臓を鷲掴みにされたような苦しさで体が固まる。
「……んだよ、それ」
 それ以上、開いていたら叫びだしそうになる唇をかみ締めると、じわりと錆びた鉄の味が広がっていく。
 計ればほんの僅かな時間だろう、一瞬の沈黙のあと、鈴原がハッと体を震わせた拍子に落ちた箸の転がる音がむなしく響く。
「ごめん、あたし今すごく失礼なこと言ったよね。ほんとごめん」
 全然フォローになってねぇよ。
 比べられたって、どうでもいい。
 それよりキツいのは、何気ない言葉の裏に隠された、ただ一つの結論のほうだ。
 愚痴ろうが、不安になろうが、こいつは松川さんのことしか考えてねぇんだって、わかりきってた結論。
 鈴原と俺がダチって関係から変わることないと、今さら思い知らされたからってショック受けることじゃ、ねぇ……よな。
「……べつに。謝ることじゃねぇって。それより」
 拾い上げた箸を投げ入れたシンクが、いやに大きく音を返してくる。
 鈴原はまだ無言のままだ。
 そんな泣きそうな顔されると、余計にキツイんだってわかんねぇんだろうな。
「頼んどいて悪ぃけど、やっぱこれ明日食べるわ。一晩おいた方がうまいって言うし」
「……うん」
「んじゃ、おれ部屋に戻るから」
「ありがと、愚痴につきあってくれて」
「いいって、俺たちは」
 いま自分がどんな顔をしてんのか、どんな風に見えてんのか、知りたいという気持ちと見たくねぇって気持ちが同時に湧いてくる。
「ダチだろ?」
 ダチに嘘つくなんて、俺らしくねぇ。
 だったら気持ちを変えてしまえばいい、そう言い聞かせて、ホッとしように笑う鈴原から目を逸らした。

(拍手公開時の)プチあとがき…男女の友情は成立するのか?

追加あとがき

麻生、松川さんを敵にまわしたらダメーーーー!
彼は男に容赦ないよ!
と思いながら書いてました
いろんな意味で経験値が違いすぎるから……
主に女性関係とか、男女関係とか、色恋関係とか