その温もりでしか伝わらない


 矢継ぎ早に繰り出される説教じみた話に“わかってる”と“わかった”を機械的に繰り返しながら、意識の半分は何度も背後に吸い寄せられていた。
 やっと二人きりで過ごせる時間がきたってのに、タイミング悪くかかってきた電話で待たせちまってるすずのところに。
 出なきゃ出ないで次がうるさいからと断りをいれて以来、静かに待ってくれているすずが気になって、つい様子を伺っちまう。
 気配で気がついたのか、ふと視線を上げたすずが笑顔になるのにあわせて、俺まで顔がニヤけちまった。
 そのとたんにワントーン高くなった声が、聞いてるのかと問いただしてく。
 監視カメラでも仕込んでるのか、超能力でも使えるのか、まるで目の前で話をしているようだとうんざりしながら、今度は“聞いてる”と“聞いてた”を繰り返す。
 あやしいものだという気持ちがありありと含まれたため息が落ち着くと、中断していた説教がまたはじまった。
 そんな暇があんなら少しは寝りゃあいいのに、成績からはじまって生活態度まで、脅したり宥めたりでかれこれ三十分はたっている。
 とにかく気がすむまで言いたい事を言わせて早く解放してもらおうと、さっきよりは熱心に聞こえるよう相槌を打ちながら、首だけ回してもう少しと合図を送った。
 笑みを押し殺しながら首を横に振るすずに、もう一度視線で謝ると、一つ頷いて単語で区切るよう大きく唇を動かし、俺も頷いて返事を返した。
 読唇術ができなくても、大丈夫と気遣う言葉が伝わってきて、気持ちが落ち着くのと同時に苛立ちが大きくなる。
 いくらすずが大丈夫だといっても、待たせているのには変わりがない。
 髪をかき上げながら無意識に舌打ちが出たとたん、大音量で甲高く名を呼ぶ声が耳鳴りをひきおこした。
「違うって……あー、だから……違うっつってんだろ!」
 思わず耳から電話を遠ざけるのと、服の裾を引っ張られているのに気がついたのは同時だった。
 つられて大きくなった声に驚いたのか、気遣わしげな顔ですずが覗き込んできてる。
 鼓膜を壊したいとしか思えないヒスじみた声をさらに遠ざけて、すずだけに聞こえるよう耳に口を寄せて喧嘩じゃないと説明しつつ苦笑いを浮かべると、安心したのか足音を殺して戻っていった。
 その背中を未練がましく眼で追って、俺の方こそため息をつきたいと思いながら携帯を持ちなおし気合を入れて耳をそばだてたのに、返ってきたのは息が詰まるような沈黙。
 急いでディスプレイを見ても、通話時間は一秒また一秒と刻んでいて、切れたわけじゃなさそうだ。
 そもそもあの礼儀や行儀にうるさい姉が、いくら弟相手とはいえ挨拶もなしに切るはずがない。
 そういや……。
 こないだの電話で提携で忙しいとか何とか言っていた事がふいに蘇って、嫌な想像が駆け巡りはじめる。
「おい、姉貴!?」
 だからたまには休めっつってたのに、まさか過労で倒れでも……。
「どうしたんだよ、返事しろって」
「麻生くん」
 じわじわと押し寄せる焦りが滲む声に異変を感じたのか、すずまで沈黙を破って近づいてくると、携帯電話を凝視して手を握りしめている。
 その光景に少し冷静さを取り戻して虚勢の張った笑みを浮かべると、電話の向こうの沈黙が苦笑に変化した。
 時間にすればほんの数秒の後、人格が変わったと思うほど穏やかな声で一方的に締めくくられると、唐突に電話が切れ本当の沈黙が訪れた。
「……んだよ……ったく」
 安堵で力が抜けぐったりと倒れこむと、全体重を受け止めたすずから小さな悲鳴が漏れて、そのままの勢いで一緒にベッドに沈み込む。
 ぎしりと軋む音と慌てる声を聴きながら腕の中に閉じ込めると、電話で途切れていた穏やかで優しい時間が戻ってくる。
「お姉さん何だって」
「ん? あぁ……いつも通り。待たせてると知らなかったから失礼した、だってさ」
「そっか」
 電話を切った後の儀式みたいなものだった。
 いつも、それ以上は追求してこない。
 ただこうして、俺が落ち着くまで傍にいてくれる。
 当たり前になりつつある体温をさらに抱きしめて、言葉で表現できない感情に浸りながら互いの呼吸だけを数える。
 こんな時間も、もちろんすずそのものが大事だ。
 大事にするのよ? なんて……いまさら姉貴に言われなくても、俺なりに精一杯大事にしてるっつの。
 御堂みてぇに、贈ろうと思えばなんでも手に入れることが出来るわけじゃねぇけど、すずは物で喜ぶタイプじゃねぇし。
 松川さんや一宮みたいに歯の浮くようなセリフを言えるわけじゃねぇけど、その分俺なりに態度で表してるつもりだ。
 すずがどう思ってんのか、わかんねぇけどよ。
「……うれしい……」
「は?」
 まるで気持ちを覗いていたかのような言葉に、ひくりと背中が震えて体が強張った。
「だから、うれしいんじゃないの? って言ったの。前より会話するようになったのが、お姉さんも嬉しいんだよ、きっと」
「あぁ、そっちの話か」
「なんで電話してくんだって麻生くんは言うけど、声を聞くだけで安心するんじゃないかって思ったの」
「おまえは、おまえの姉さんと電話するとそう思う?」
「うん。いつも心配してくれてるのがわかるし」
「そりゃおまえの姉さんは優しいからな。うちのはそういう性格じゃねぇの知ってるだろ」
「ううん。なんとなくだけど雰囲気でわかるよ。麻生くんのお姉さんも、麻生くんが心配でしかたないんだよ」
「もしそうだとしても……いーや、絶対にありえねぇな。だってよ、いつも説教ばかりだぜ?」
「じゃあ素直に心配してるって言われたら信じる?」
「う……」
「ほら」
 くすくすと笑いながら、全てお見通しだとどこか得意げな顔になって、きつく抱きしめられた。
 驚いて強張っていた体を、小さいすずが全身で包み込もうとしているのが、くすぐったいくらい嬉しいのと僅かに照れくさくて顔に血が上りだす。
「それに…………ただのお説教だったら麻生くんだって電話に出ないはずじゃない」
 確信を突かれた動揺を隠そうと、抱きしめ返して髪に顔をうずめた。
 昔なら電話にすら出ないで、出ても話を聞く前に切っていた。
 うるさくて煩わしいとしか思ってなかった。
 ずばっと言葉にされて、そうかもしれないと、漠然と考えていたのが真実味を帯び始めるけれど、まだ気持ちをどうやって整理すればいいのかわからないもどかしさが頭を混乱させる。
「よく、わかんねぇ」
「あ、あたしも自信もってるわけじゃないよ。なんとなく……だから。でも」
「ん?」
「言葉でしか伝えられない気持ちもあるけど、言葉じゃ伝わらない気持ちだってあるんじゃないかって思う」
 反する事なのに、あまりにも真理をついたすずのセリフが、じわじわと胸の底に染み込んであたたかくした。
「おまえ、すげぇな」
 俺より年下だぜ?
 んで、こういう言葉がすんなり出てくんのかよ。
 行き先が見えなくなってた道を照らし出して、導いてくれるみてぇだよな。
「俺にはおまえが必要なんだって改めて思い知ったぜ。これからも……ずっと……隣りにいてくれ。好きだ。すずが大事でしょうがねぇんだ」
「う、嬉しいけど、どうしたの!? なにか本でも読んだの? 麻生くんが小説みたいなセリフ言うなんて!」
「違ぇって。馬鹿にすんならもう一生言わねぇぞ」
「やだ!」
 とっさに叫んだ一言に、すずも俺も互いを見詰め合って同時に吹き出す。
「……ね、もう一回言って」
「ん」
 笑いが収まった後、澄んだ目で強請る恋人に照れくささを感じる余裕もなくして、何度も言葉を繰り返しながら……言葉だけじゃ伝わらない気持ちを唇にこめた。

(拍手公開時の)プチあとがき…そのまま雪崩れ込め!

追加あとがき

猫百匹の妄想の中では、雪崩れ込んでるよ?
恋する青少年がチュウで済む訳が……

拍手お礼創作は毎回同じテーマで書いていて
この時は『本のある風景』だったんだ
電話が終わるのを待ってるむぎが、本か雑誌を読んでる部分も書いたんだけど
無駄に長くなったからカットしちゃって、こじつけみたいな内容だね、ははは