予約済みの確信
やたらと滑舌のいいアナウンサーが、平坦な画面の中で今日もあと数時間だと告げた。 同時に控えめに表示された時刻が、無音で増える。 暇つぶしがてら見ていたニュースに未練はなく、代わりに気になりだした事柄を振り払うように、無造作にチャンネルを変えた。 『ひな祭りの今日、全国各地ではさまざまなイベントが行われ……』 『……本日は桃の節句で』 変えても変えても同じ話題ばかりが耳をつく。 視界の隅にちらちら割り込むモノと同じ物が、一瞬ずつ画面に浮かんでは消えていく。 深夜のバラエティまで微妙に間があるこの時間帯は、ニュース番組ばかりだから仕方ないとはいえ、いい加減に飽き飽きしてテレビを消すと、部屋の一角へ視線を投げた。 数日前から、すずの家のそう広くはないリビングを占領している鮮やかな色彩の一群は、意地でも片付けられはしないと言い張っているみてぇに、どーんと鎮座している。 すずが嬉しそうに飾りつけるのを、隣でそんなものかと思いながら手伝ったことを、少し悔やんだ。 いや、すずが悪いわけじゃねぇ。 これはここ、それはそっちと記憶を巻き戻しながら、どこか懐かしそうに人形を手に取るすずは……ガキがおもちゃを手にしたときみてぇで、純粋に可愛くて……。 その様子を見てんのも楽しかった。 男の俺にはわからねぇひな祭りとひな人形にまつわる話を、一つ一つ教えるのが面白いって顔でしゃべるすずと、一緒になっての作業はマジで楽しかった。 ただ……その中の一つ、なにげなく語ってくれた話が脳裏に蘇って、自然と眉間にしわが寄っていく。 自分がどんな顔をしてんのか何故か見られたくなくて、背中を伸ばすさりげなさを装って横目で伺うと、当の本人は鼻歌交じりに食器を洗い続けていた。 「おまえさ、いつアレ片付けんの?」 「あれって何? あぁ、あれかぁ。んー……そうだなぁ」 我慢できずに話しかけたってのに、かちゃかちゃと小気味いい音を響かせていたすずは、ちらりと視線をむけただけで、またすぐ食器洗いに戻っちまう。 その仕草で、すずが大して重要だと思ってないのがわかる。 なんでそんなに気長なんだよ。 そういうのって、女は気にするもんじゃねぇのか? 俺だけ気を揉んでるのが馬鹿みてぇじゃねぇか。 「これが終わってからかな。あ! ダメだ……宿題やんなきゃいけないから、その後になっちゃう。今日中は無理かも」 「宿題? なんの」 「……英文和訳。それもなんと十ページ。期限は来週なんだけど、毎日やっても間に合うか心配で」 物理だったらちょっとは手伝おうかと期待を込めて訊き返したのに、声に絶望をこめて呻く様子に俺の中でわけわかんねぇ苛立ちが膨らみ始めた。 「だったら片付け手伝うから、宿題より先にやっといた方がいいんじゃねぇ?」 「一人で出来るから、やれる時にやるよ」 「けど、ほら。今日やっちまった方がすっきりすんじゃん」 「麻生くん、さっきからどうしたの? なんでそんなにおひな様を……」 キュっとキリのいい音をたてて水を止めたすずが、不審をありありと浮かべて振り向く様子に、おもわず慌てて目を逸らした。 「そりゃ、ひな祭りは女の子の行事だから、男の人には理解できないだろうけど」 にわか仕込みの知識でも、ある意味ある部分は、おまえより理解してると反論してぇ気持ちと、んな事を俺から言い出すなんてという気持ちで揺れ動いているのはお構いなしに、機嫌を損ねる一歩手前の顔になったすずは、手をふきつつ距離を詰めてきた。 「こういうのって大事にしたいものなんだよ」 大事にしてんなら、あんな話……俺にすんなよ。 「まさか麻生くん、人形も……怖い、とか?」 「も、って何だよ!? ちげぇって」 「なんだ。こういう日本人形を怖いっていう人もいるから、てっきり」 「そうじゃなくて」 あー、ったく……すずが言ったんじゃねぇか、ひな人形は早く……。 「それに、去年は飾れなかったから……。毎年ね、お姉ちゃんと一緒に飾って、お姉ちゃんと片付けて」 「あ」 「だから、あたし。今年はずっと楽しみにしてたのに」 急にトーンの落ちた声に、ひくりと喉が震えた。 うつむき加減のすずがどんな顔してんのか、はっきり見えなくても、辛い出来事まで一緒に思い出して、いつもの笑顔を曇らせているのが分かって心臓を打ち抜かれる。 「麻生くんが飾るの手伝ってくれて、すごく嬉しかった、のに。そんなにおひな様イヤ?」 「わ、悪ぃ。んなつもりじゃ」 「だって、さっきから早くしまって欲しそうだし」 「それは……」 「麻生くんが、そこまでイヤな思いしてるなんて、あたし気がつかなくてゴメンね」 「や、だから」 どんどん落ち込むすずが立ち尽くす姿が、ひどく小さく見えて。 まるで、叱られた子供みてぇに、頼りなさげで。 とっさに抱きしめながら、ほとんど叫ぶといってもいい声が口から出た。 「嫌じゃねぇよ! ただ、あれって早く片付けねぇと、その、婚期が遅れんだろ?」 「あ」 はじめて気がついたと言いたげな声に、恥ずかしさで体が固まる。 だから、口にしたくなかったんだよ。 こんな……迷信めいた言い伝えを気にするとか、男らしくねぇって思われそうで。 「その話、覚えててくれたんだ」 「……ん。そりゃ、おまえが教えてくれたからな」 「なんだ、そっか。えへへ」 「なにがオカシイんだよ?」 胸の中で身じろぎをしたすずに、きっと赤くなってるだろう顔を見られたくなくて押し戻すと、腕をそっと背中に回された。 「嬉しくって。そっかー、へへ」 「だから……。笑うなって」 「あのね」 熱い息とくぐもった声が、かすかに照れを含んで服に染み込んできた。 直接、心ん中に届けられるみてぇに。 「あたしも忘れてたわけじゃないんだけど。もう、そういう心配しなくても大丈夫でしょ? だから気にしてなかったんだ」 「……なんでだよ」 「だって、麻生くんがいるもん」 ね? と笑う声が耳をくすぐる。 熱くなってた頬に、もっと熱が集まりだしても不思議と心地よくて、嫌な気はしない。 「まぁ、な」 なんだよ、そういうことなら……。 はじめっから、いつ片付けようが構わねぇってことだったんじゃねぇか。 余計な心配して、勝手に拗ねて、俺が男らしくねぇ態度だったって事実は変わりねぇけど、すずにはどんな態度も許されてしまいそうで、抱きしめる腕に力をこめた。 |
(拍手公開時の)プチあとがき…完璧、尻に敷かれてますな
追加あとがき
パワーバランスは圧倒的にむぎの勝ち、だよなぁ。
10代は圧倒的に女性の方が精神的にオトナだし(と思ってるし)。
男の確変が起こるのは30代から。
そして30代の麻生は……ごくり
むしゃぶりつきたいほどイイ男になってると、いいと思います。
後輩もしくは部下に
「羽倉さんて、ビリヤードすごく上手いって本当ですかっ!?」
と訊かれて、ネクタイを締め直しながらちょっと困った顔して
「どこで聞いたんだよ、ははは。ほら、会議いくぞ」
なんて言ってるところを見たら、ウエディングドレス姿で会議資料(こっそり婚姻届しのばせ)渡しそうな勢いです。(妄想劇場)