実って育って食べられて



「やっぱここに居たか」
 キッチンを覗いて笑った麻生くんが、あたしの作っていた物を見て不思議そうに首を傾げた。
「おにぎり……って、どっか行くのか?」
「ううん、違うよ」
 同じ大きさになったのを確認して握っていたおにぎりを並べ、次を手に取りながら種明かしをする。
「一哉くんがすっごい良いお米くれたの。お米の美味しさを堪能するなら、おにぎりがいいかなーと思って。今日のお昼ご飯はこれと豚汁だよ」
「……御堂が?」
「うん、残念ながらカレーにはむかないらしいけど」
 ブランド米の中でも製法に拘って完全無農薬だというお米は、程良く冷めた後でも芯から光って食べる前から美味しい事がわかる。
 良い物を美味しく食べてもらう、それは想像するだけで幸せだ。
 この家の中では一番、料理に拘りがあって一緒に作ったりもするから、きっと麻生くんも……。
「ふーん、御堂がね」
 喜んでもらえるとばかり思っていたのに、麻生くんからは意外と低い反応が返ってきた。
「うん、こないだそろそろ新米の季節だねって話をしたの覚えててくれてたらしくて。作ってる人に声をかけて特別にわけてくれたんだって」
 それで美味しいご飯を作れば、麻生くんも嬉しいかと思ったんだけど、何だか想像通りとはいかないみたい。
 さほど興味がなさそうな様子に、それ以上話題をごり押しする気にもなれなくて、ふいに流れた沈黙の中でおにぎりに集中しているふりをする。
 付き合っているといっても、完全に理解しているわけじゃないし、できるとも思っていない。
 仕方ないことだから、と自分に言い聞かせていたところに指が伸びてきて思考が途切れた。
「ついてる、米粒」
「あ、うん、ありが……!」
 ありがとうと言うつもりだった語尾は、麻生くんの続く行動のせいで跳ねて消えた。
「なっ……今っ! た、食べ……」
 驚きのあまりあわあわと震える唇が単語を区切る。
 ほんの少し前まで女嫌いを公言していた麻生くんの行動は、ナチュラルな分だけ衝撃が大きかった。
「ん? どうかしたか」
「どうかもなにもっ! 今、あたしの頬っぺについてたの食べたよねっ?!」
「……?  あぁ、別におまえならヤじゃねぇし。あ……むぎは嫌だったか?」
 ふいに気付かう顔色をするから、麻生くんはずるい。
 驚いていたのなんかどっかにいって、大丈夫と安心させなくちゃと思ってしまうんだから。
「嫌じゃなかったよ。ただビックリしただけ、だってこれも間接キス……だもん」
 恥ずかしいことをさらっとしたのは麻生くんの方なのに、説明しているあたしの顔が熱くなる。
 俯いた視線の先には、見事なまでにつぶれた握りかけのおにぎり。
 どんな顔をすればいいのか無言につられて伺うと、反対に麻生くんの顔が降りてきて間近で囁かれた。
「直接、のキスも何度もしてんのに、あんくらいで照れんなよ」
 照れたんじゃない、驚いたの、困ったの、だって麻生くん普段そんなことしないのに。
 ……ときどき、こうやってスイッチ入るんだから。
 もっと困るのは、そんな麻生くんが嫌いじゃないことと、それどころか少し期待してしまっている自分。
 言い返す言葉は全て唇に直接吸いとられ、唇が離れた頃には何を言うつもりだったのかも忘れていた。

あとがき

私はその米になりたい。