祝うのは、君の全てを


「おつかれさまでしたー」
「はい、おつかれー」
 あちこちから声があがって、同時に薄暗かったスタジオ内に、次々と灯りがついた。
 暗がりになれていた目には蛍光灯の無機質な光がまぶしすぎて、とっさに瞼を伏せる。
 瞼の裏に浮かぶ残像が万華鏡のように姿を変えて、今日一日の光景をよみがえらせはじめた。
 こういう雰囲気は久しぶりだからかな。
 撮影を開始したときよりもしみじみと感じるなんて、順番がおかしいかもしれないけれど。
 フィルムのチェックを指示するカメラマンの声、機材を片付ける硬質な音、独特の雰囲気をもつスタジオの空気……今さらだけど、懐かしい。
 そんな感傷に浸っているうちに、一つの足音が近づいてきた。
「おつかれ?」
 掛けられた声にゆっくり視線を向けると、スタイリストが気遣わしげな顔で覗き込んでいた。
「ちょっとハードだったものね。久しぶりだから、余計に疲れたんじゃない?」
 答えを決め付けている様子に苦笑を返して、差し出された手に借り物のジャケットを戻す。
「でも、いい画が撮れてたわよ」
「それは嬉しいな。使い物になるのがあればいいんだけど」
「何言ってるの。あたしが選んだ素材と、松川くんの組み合わせよ? どれも最高に決まってるでしょ」
 自分のセンスに絶対の自信を持っているからこそだろうセリフに、ふっと照れと同意の笑みが浮かんで自然と心が浮き立ってくる。
 モデルの世界に戻ることは自分で納得して決めたこととはいえ、もう一度受け入れてもらえるのか……そして通用するのか、少なからず不安もあった。
 弱気な部分を見せないようにしていたのに、俺が思いに囚われるたび、すずはごく自然と励ましてくれた。
 今頃は心配して待っているに違いない。
 休憩の合間に、何度かメールで様子を伝えてはいたけれど、それでも心配性なすずのことだ。
 終わったと知らせるまで、自分のことのようにドキドキして待っているだろう。
 早く伝えたい。
 求められる画になりきれたこと、撮影は成功だったこと、そして一番大事な……すずを愛していることを。
「じゃあ、残りは着替え終わったら控え室に置いといて」
「待って。頼みがあるんだ」
 言いながらすでに去ろうとしている姿に、慌てて声をかけ引き止めた。
「なぁに?」
「よければ、これ買い取りできないかな?」
 それも、とさっきまで着ていたジャケットを指して、一流のスタイリストに最大の賛辞を送ると、どんな言葉よりも効果があったのかパッと顔が輝いた。
「嬉しいわね。もちろん大丈夫。このまま着てく?」
「あぁ、そうさせてもらうよ。それと……」
 とっさに思いついたもう一つの頼みを告げると、訳知り顔で頷く姿に見送られて踵を返した。


 キーを回して心地いい低音が返事をするのと同時に、ポケットに入れておいた携帯が震えた。
 まだ運転する前でよかった。
 確認するより先に、相手が誰かを察して唇が緩む。
 震えが切れる前に開くと、名ですら愛しい恋人のメールが表示されて、さらに唇が緩んでしまう。
 労いの文面のあとに、了解と期待がこめられたかわいい文が続く。
 その期待に十分応えることが出来そうで、逸る気持ちが抑えられなくなってきた。
 横目で助手席に置いた箱を見ながら、急いで返事を打ち込む。
 ここから、すずの家までならそれほど時間がかからないだろう。
 道が混んでなければ、あと三十分もしないうちに直接会話ができる。
 どこにいても繋がるツールは便利だけれど、やっぱりすずの声を感じて、すずの気持ちに包まれてする会話にはかなわないからね。
 送信された画面を閉じてアクセルを踏み込むと、体に伝わる微振動がわずかに大きくなった。
 滑るように走り出した車が、俺をすずの元まで運んでくれる。
 溢れそうな気持ちも乗せて。
 それと、プレゼントもね。
 すずのイメージで選んだドレスは、間違いなく彼女に似合うだろう。
 急な頼みだったのに、快く引き受けてくれたスタイリストが用意したドレスの中で、見たとたん確信した一着だったから。
 彼女の髪と同じくらい柔らかなシルエット、愛らしさを十分に引き立てるデザイン、全てすずのために作られたと錯覚しそうなほどの、このドレスを着た姿を早く見たい。
 ドレスも、予約した店も、喜んでくれるといいのだけど。
 今日はひな祭り、女の子の日だから……なんて口実だった。
 ただ、彼女が喜んでくれるために、俺は動く。
 それでも、もっと愛したいと願う、大切で貴重なお姫さま。
 これからイイ予定でもあるのかしら、と。
 控えめに冷やかすスタイリストに、ちょっとしたお祝いごとですよと誤魔化したけれど、納得していないのは明らかだった。
 自分でもわかるほど、気持ちが顔に出てしまうのだから、無理もないけど。
 さすがに、祝うのはひな祭りではなく、彼女の存在そのものだという言葉は飲み込んで、曖昧な笑顔で強引に納得してもらった。
 彼女に出会うまで、どこか冷めた気持ちで過ごしていた反動なのかな。
 抑えても抑えても、いっそ世界に叫びたいくらい、感情が溢れてくる。
 なにかとうるさく追い回すマスコミから守りたいと思うのと相反して、彼女は俺のものだと宣言してしまいたい。
 いつかは……。  ドレスなんて簡単に脱げるものじゃなく、しっかりとした約束を指に贈りたい。
 華奢な指に合うのは、どんなデザインかな。
 お姉さんとお揃いのピンキーリングと喧嘩しない、シンプルだけど愛らしいのがいいかもしれないね。
「……まいったな」
 どこまでも先走りそうになる想像に苦笑しながら、ギアを変える。


 信号が黄から赤になって、足止めされるわずかな時間すら待ち遠しい。
 のんびりと流れる街の景色が変わったとたんに、再びアクセルを踏み込んだ。
 いつの日か必ず迎えると誓う光景に蓋をして、彼女が待ってくれている家へ駆けつけるために。

(拍手公開時の)プチあとがき…もれなく脱がされる予定もプレゼント

追加あとがき

ラブラビをプレイして、仕事してる松川さんを書いてみたくなったのです
モデルの事も、業界の事も、まったくわからないからTHE妄想だけど

垂れ流しフェロモンに女性スタッフがふらふら〜っとなるんだけど、
いくらモーションかけても恋人すずしか目に入ってない依織んに、ことごとく玉砕。
新人が入ってきてふらふら〜ってなってるのを見て
「あたし達もあんな時期あったわねぇ」
「あの子も、むだむだ」
なんて噂されてたら……いいなぁ(遠い目)