事実は小説よりも


 特に用事があるわけではなかったのに姿をさがす気分になったのは、何時間も同じ姿勢で仕事をしていたせいというより、ただなんとなく顔を見たいと思ったせいだった。
 顔を見たからといって何になると切り捨ててしまうには、あまりにも強くて純粋な感情が体を突き動かす。
 キッチン、ランドリールーム、あいつがいそうな場所を順に覗いて、あてが外れた事に軽い苛立ちを感じながら次にむかう場所を思案した。
 外の天候を考えれば、屋上はないだろう。
 秋の台風が近づいている空は重苦しく下がり、洗濯ができないとぼやいていたと思い返しながら廊下を進む。
 あいつのことだからどこかで忙しなく掃除をしているんだろうが、耳をすませてもそれらしい物音が聞こえるかわりに、風で飛んできた葉が窓にあたるかすかな音だけが響いていた。
 電話で呼び出せば話が早いというのに、半ば意地に近いのかもしれない。
 それに、呼び出したところで特に用事があるわけでもない。
 ただ……わずかな間でもあいつの顔が見れればいいだけだ。
 それだけの為にあいつの手を止めさせるのも、口実を作って手間をかけさせるのも、名案とは思えない。
「……ったく、どこにいるんだ」
 それなりに広さがある家の中をうろうろする羽目になるのだけは避けたいと、次の場所へ向かいながら愚痴が口をついて出る。
 思わず携帯電話に伸ばしかけた手を強引に手すりへ乗せ、階段に脚をかけた。
 この静けさを考えれば、一休みをしに自分の部屋にいるのかもしれない。
 体にスピーカーがついていると思うほど常ににぎやかな性格とはいえ、本や雑誌を読んでいるときはさすがに大人しいからな。
 ふと、二階へあがりかけた脚が止まる。
 何か聴こえたわけじゃない。
 聴こえない何かが俺を呼び止めて、こっちだと本能が誘う。
「あ、一哉くん。どうしたの?」
 一番、想像していなかったドアの先で、能天気な顔が嬉しそうにゆるんだ。





「床に座り込んでなにしてんだよ」
「なにって、書庫の整理です。誰かさんが、次から次へと散らかすから」
「ほう……俺の目にはそうは見えないけどな」
「整理してたら中身が気になっちゃって。ちょっとだけ、のつもりだったんだけど」
 やけに静かだった理由はこれか。
 悪戯が見つかった子供のように頬を膨らませながら、手にしていた本を気まずそうに棚に戻す様子に苦笑が漏れた。
「さっきまでちゃんとやってたんだよ? ほら」
 床の上にいくつも出来上がっている本の塔を指して、くつくつ笑う声にムキになって反論したと思ったら、一緒になって吹き出しはじめる。
「ごめ……ほんとは、読みふけっちゃってた。だって……さ」
「うん?」
「一哉くんがこういうの読むんだなーって思ったら、つい。どんな内容なのか気になるじゃない」
 さっきまで手にしていた本をまたペラペラと捲りながら、本と俺の顔を交互に見渡して面白そうに眼を輝かせる。
「恋愛小説、好きなの?」
「そうじゃない」
 額を軽くはじいて本を取り上げると、ころっと表情を変えて眉を寄せはじめた。
「だよねぇ……じゃあなんでこんなにいっぱいあるの?」
 かなり前のこととはいえ、きれいさっぱり忘れている頭を無造作に撫でて本を棚に突っ込む。
「前に、参考までに目を通したと言ったはずだぜ」
「参考、かぁ」
 崩れた髪の毛を慌てて整えながら、どこか納得していない声が小さく言葉を繰り返した。
「……参考にして、一哉くんもこの本みたいなこと、言ったり……したの? 前の彼女、とかに」
 俯いたままで途切れ途切れに紡がれるか細い声が、次第に不安の色を浮かべて床に吸い込まれていく。
「愛してる、とか」
 気にしているのはそこか。
 単純な結論に飛びつくあたりがすずらしい。
 半ば感心しながら膝をついて顎へ手をかけると、真剣なまなざしが意を決したように見開かれた。
「おまえの為なら死ねる、とか言ったの!?」
「は?」
「君は僕の命だとか」
 耳に飛び込んできたセリフに唖然とするのと対照的に、捲くし立てる顔は冗談ではなくどこまでも真剣だった。
「君がいないと生きていけないとか!」
「バーーーカ」
「えっ」
「俺がそんなセリフを言うのが想像できるのか?」
「そ、それは確かに」
「……ったく、なに考えてんだ、この馬鹿」
「だ、だって! 参考にしたっていうし」
「参考は参考だろ、実践したとは一言もいってない」
「うっ……」
 顔を赤くして言葉を詰まらせながら、じりじりと下がるすずをため息が呆れて後を追う。
「他の人には言ったのかも? って考えちゃって……」
 暴走から暴走へを繰り返す頭の中身を一度見てみたい。
「一哉くん、あたしには馬鹿馬鹿ってしか言わないし、たまには小説みたいなセリフのひとつでも……って」
 不安から不満へとシフトしてぶつぶつと呟く姿に、呆れたいた気持ちはどこかへ消えうせ、男の虚栄心が面白がって唇を動かしはじめた。
「だったら、おまえはどんなセリフを言ってほしいんだ?」
「な、なっ」
「おまえが望む言葉を言ってやるから、教えろよ」
「ちょ、っと……顔、近いってば」
「おまえが言うまでこのままだぜ? ほら、言えよ」
「そんな……っ」
 本棚まで追い詰めて顔を覗き込むと、あわあわと唇を動かしながら見る見る間に顔が赤く染まっていく。
 言葉に出さないだけで、そういう態度がかわいいと……全てが愛おしいとわかっていない恋人が、近すぎる距離に耐えられないと言いたげに眼を閉じた。
「なにも、言わなくていいからっ」
「そうか」
「だからっ、離れてって……んっ」
 なにも言わなくてもいいという恋人の希望通り、言葉よりも雄弁に気持ちを伝える方法を実践する。
 外で風が舞う音だけが響く中、何度もくりかえして気持ちの痕を記しはじめた。

(拍手公開時の)プチあとがき・・・一哉がどんな顔で恋愛小説を読んだのか見てみたい

追加あとがき

恋愛小説といっても、いろいろあるんですが
まさか御堂さま……ハーレ○インですかっ!?
富豪モノとか読んで、自分に重ね合わせてため息ついたりしてたんですか!?
それ、おもしろすぎです!
あれを恋愛小説とカテゴライズしていいのかは別として(笑)
そんな妄想ですら楽しめる、お手軽猫百匹