走る理由、探す訳


「んもうっ、いったい誰!? ……カーペットにチョコなんて」
 固まって放れないチョコを拭き取りながら、独り言で怒りを紛らわせた。
 この家の人達って、顔が素晴らしくイイのに比例して、こういう適当さも素晴らしいレベル。
 こんなになるまで放置してる間に、誰か気がついてもいいんじゃないの!?
 一哉くんがやれって言うから、それにどうせあたしがやらなきゃ誰も掃除しないから、仕方ないのはわかってるんだけど……。
「あぁっ、もうっ!」
 雑巾の下から現れたカーペットを確認して、おもわず嘆きが口をついて出た。
 繊維にこびりついた茶色は、ようやく固まりが取れたとはいえ、しみになってしまっている。
 焦りがイライラを加速させてく。
 だって、この後は瀬伊くんに頼まれてることがあるんだもん。
 かぶせてある雑巾をめくったら、パッと元通りって訳にいかないかな。
 叩く拳に気持ちをぶつけても、少し薄くなるだけで元の色には戻らなかった。
「汚れが目立たない色だったら良かったのに」
 それか、洗濯機で丸洗いできる素材だったら。
 同じ年の子が聞いたら、オバサンくさいと笑われそうな呟きと考えに、力の抜けたため息をついた。
 そりゃあ、我ながらちょっと波乱万丈な人生かもって思うけど、あたしだって、それなりに……普通の女の子と同じ……恋したりとか、してるのに。
 いま優先させなくちゃいけないのは、誰かの後始末だなんて。
「うーん」
 座り込んだまま、次の予定と目の前の汚れを天秤にかけた。
 このままでも、指摘しなきゃわからない程のしみだけど……確認するのはアノ一哉くんだし……。
 あとは寝るだけだと寛いでいる時間に、部屋までやってきてお説教されるのは勘弁だ。
 かといって落とすのに予想外に時間がかかって、瀬伊くんに頼まれてた時間に遅れるのもイヤだし。
 頭をフル回転させて大雑把な計算をしながら、視線を時計に向ける。
「まだ20分ある」
 大丈夫、ゼッタイ大丈夫だと自分に言い聞かせた。
 瀬伊くんに頼まれた飲み物を買いに、駅前のコンビニまで全速力で走れば往復10分。
 掃除道具をしまってある場所にアルコールがあったから、それを持ってきて完璧に落としてからでも間に合う。
 あたしの腕にかけて、何が何でも間に合わせてみせる。
「……そうと決めたら」
 急いで片付けてしまおう。
 心の中にタイマーをセットして、小走りになった。





「あれ?」
 確かにあったはずの物が消えている事に気がついた瞬間、収まった焦りがまた湧き上がってきた。
 ここにあったのに……探してる時間も惜しいのに、どうしよう。
 誰か持っていっちゃったのかな?
「どうしたんだい、お姫様。なにか探し物?」
「きゃっ」
 背後からかけられた言葉に驚いて振り向くと、焦るあたしと対照的に、常に余裕を絶やさない笑顔と向かい合った。
「ね、依織くんっ、アルコール持ってない!?」
「アルコール? お姫様にはまだ早いと思うよ」
「違うってば、掃除用の!」
「そんなに慌てて否定しなくても大丈夫だよ」
 くすくすと笑う様子で、かわかられていたのだと悟る。
「……うぅ」
 いくら瀬伊くんとの約束に遅れたくないからって、今のあたしの態度、ちょっと、子供っぽかったかな?
 理由を知らないとはいえ、焦りすぎている様子をみて、意外とお茶目な依織くんがからかいたくなっても仕方ない程だったかも。
 けど、気持ちは止められないんだもん。
 瀬伊くんがにっこり笑って、ありがとうって言ってくれることだけを期待して焦っちゃう。
「アルコールか……確か、麻生が使っていたのを見たよ」
「ほんとっ? 助かったよ、依織くん。ありがとう」
 ほっと息を吐いてドアを閉めると手を振って、次の目的地へとまた小走りになった。





 ガレージの隅で人影が動くのをみて、駆けていた脚に自然とブレーキがかかった。
「いた……麻生くん」
「うわっ、驚かすなよ。おまえ何で、んな息きらして」
「はは、ちょっとね……それより、掃除用のっ、アルコール知らない?」
「アルコール……?……あぁ、悪ぃ、これの手入れすんのに持ってきて、そのままだった」
 鈍く光を放っている車体ごしに受け取って、ようやく目的が一つ達成された。
 深呼吸をして暴れる呼吸を落ち着けて、大きく息を吸い込む。
 少し時間をロスしちゃったけど、これでカーペットをキレイに出来る。
 そしたらすぐに瀬伊くんのために、コンビニまで……。
「そういや、おまえ一宮と約束してたんじゃねぇの」
「へ?」
 のんびりした口調で告げられた思いもかけない言葉と、心の中で求め続ける名前に、深呼吸の途中の口から、息と同時に間抜けな声が出てしまった。
「な、なんで?」
「だってよ、さっきあいつここに来て、おまえのこと訊いてったぜ。見てねぇって言ったら、探しに行くって出かけたから、俺はてっきり」
「えっ!?」
「遅いから迎えに行くとか、言ってたような」
 遅い……って、まだ頼まれてた時間じゃ……。
「ああっ」
 なにげなく開いた携帯電話の中で、ぼんやりと浮かび上がった時間に、汗が一気に冷めていった。
「もうこんな時間っ。なんで? だってリビングで時計みた時は、まだ余裕あったのにっ」
「あぁ……そういやリビングの時計このごろよく遅れるとか、御堂が言ってたなぁ」
「そんなぁ、嘘でしょ!?」
 悪い夢だと思いたいのに、デジタルな数字は無情にも、約束してた時間をとっくに過ぎたと知らせている。
 ……おつかい失敗しちゃった。
 瀬伊くんにガッカリされちゃう、それに、約束も守れないと思われるかも。
 自分のことを良くみせたい訳じゃない。
 ただ、悪く思っては欲しくなかった……好きな人には。
「ま、そのうち帰ってくんじゃねぇの?」
 ここが家なんだもん、待ってれば瀬伊くんは帰ってくる。
 でも。
 遅いからって探しに……あたしを迎えにいってくれたのに、どんな顔をしておかえりって言えばいいの?
「ごめん……麻生くん、これ預かってて」
「あ、おいっ」
「あたし、瀬伊くん追いかけてくるっ!」
 ガレージから直接エントランスに出る。
 街路灯がかろうじて照らす夜の道を、前だけ見て精一杯はしった。





「あっ」
 このまますれ違ってしまって、もう追いつけないと思いはじめた背中が見えた瞬間、小さく叫んだ声に導かれるよう目が合った。
「……よ、かった」
「むぎちゃん、そんなに必死に走ってどうしたの」
「だ、って……瀬伊くんと……あたし瀬伊くんに会いたくて」
 先走った感情のままに口から出たセリフは、本音を隠すことなく表していた。
 これじゃ好きって言ってるようなもんじゃない。
 うっかりして時間を守れなかったけど、ちゃんと説明してわかって欲しかったからって伝えたかったのに。
「うん、僕も会いたかったよ」
「えっ」
 心臓がどきっと跳ねる。
 それって……どういう意味? あ……お風呂上りの飲み物をわたす約束だったんだから、それでか。
 ぜえぜえと荒い息を落ち着かせながら、赤く熱くなる顔が暗闇にまぎれる事を祈った。
「あの、ね」


 言い訳じゃないと信じて欲しい説明を、頭の中で何度も練習した説明をくり返す。


「なぁんだ、そうだったの。ふふ、むぎちゃんらしい」
 納得して微笑んでくれた瀬伊くんに呆れた様子はなくて、そっと胸をなでおろした。
 良かった、好きな人に誤解されたままにならなくて。
「そうだ……むぎちゃん」
「な、なに」
「せっかくだから一緒に買いに行こうよ」
「あ……う、んっ?」
 すっと手を握られて、跳ねた鼓動と一緒に語尾まであがっちゃった。
「リビングの時計に感謝しなきゃ」
「あ、あのっ」
「買ったらさ、公園まで遠回りしてから帰ろうね」
「な、なんっ」
「むぎちゃんと夜のお散歩できるなんて、ラッキー」
 繋いだ手を軽く引っ張られる。
 楽しそうな瀬伊くんの横顔をまともに見れないほど、心臓がばくばく鳴りはじめる。
「ね、僕がおつかい頼んだ理由……本当はほんの少しでも、むぎちゃんを独占したかったからだって言ったら、信じる?」
 探して走り続けていたときとは違う甘い動悸に、頭から言葉が出てこない。
 心の中に溢れるのは、信じたい……その強い気持ちだけだった。

(拍手公開時の)プチあとがき…帰宅後、掃除が途中だと御堂様からお説教

追加あとがき

他の拍手御礼創作には、むぎ×○○しか出ていないのに
松川さんと麻生を登場させたのは……
趣 味 で す!!
だって私、自分の欲望にまかせた創作しか出来ないんです
ぶっちゃけると、麻生を登場させたかった!
瀬伊Ver.拍手なのに、最後しか出番なくて申し訳ないっす