妖精の企み


 ───こんな理由で、これを使うとは思わなかった。
 押し殺したため息をつきなら、手の内の鍵を見つめる。
 自宅を出たときからずっと握りしめている鍵は、体温を吸い込んでほんのりと温かいのに、硬質な銀色があたしの視線を冷たく突き放した。
 まるで、こんな理由で使われるのが不本意だと言っているみたい。
「あたしだって、こんな気持ちで使いたくないわよ」
 無機質にモゴモゴと言い訳している姿を誰かに見られたら、変人……ううん、もしかしたら通報されてしまうかも。
 慌ててマンションの外廊下を端から端まで見渡して、自分以外に人影がいないことを確認すると、今度は盛大にため息をついた。
「もっとこう、幸せな気分でさ」
 たとえば二人で、その……夜を一緒に、とか?
 瀬伊くんが帰るより先に着いたら、それで勝手に入っていてね……、なんてシチュエーションなら喜んで使うのに。
 一哉くんと依織くんの卒業で同居を解消してから、必然的に瀬伊くんと一緒にいれる時間は減っちゃったし、想像したような理由なら合鍵の存在も嬉しいのに。
 ……なのに。
「もうっ! 今日こそはしっかり瀬伊くんをとっちめなきゃ」
 あたしが今からこの合鍵を使おうとしている理由は、かわいいイタズラ、ってレベルじゃないだもん。
 いくら瀬伊くんがイタズラ好きで、不思議なものを集める癖があるにしても、限度ってものがある。
 彼女のあたしが一言いわないと、他に諌める人なんていないんだから。
 祥慶の、特に白崎さんとかは、まぁ瀬伊さまらしいお茶目ですこと、なーんて頬を染めて見逃してしまいそうじゃない。
「みんな騙されてるんだから……まったく」
 見た目、はかなげな美少年。
 性格、繊細。
 ……ただし、どちらも表向きだけ。
 一哉くんちに住み込むようになった当初は、あたしだって現実離れした容姿にドキドキしたりした。
 急に抱きついてきたりするのも、音楽家の繊細な性格なら人肌恋しくなって、なーんて理由でアリなのかもって思ったりして。
 勘違いだって、すぐに嫌ってほど思い知ったけど。
 反応を楽しんで次々イタズラを仕掛けては、主に麻生くんが被害を受ける、そんな光景を毎日見ていればね。
 抱きついてくるのも、あたしの反応を面白がってるんだろうって事も、すぐわかった。
 悔しいことに、それでもふいの抱擁の度にうろたえて、そのうち何でこんなにドキドキするのか理由がわかっちゃったんだけど。
 けど、瀬伊くんもあたしの事を好きだって言ってくれてからは、勘違いが、さらに勘違いなんじゃないかって思いはじめてる。
 気まぐれじゃなくて、やっぱりあたしが好きだからこそ、抱きしめたりとか……キスとかしてくるんじゃないか、って。
「いつか、ちゃんと訊いてみよっかな」
 さりげなく訊いてもはぐらかされちゃうから、何となくそのままにしてたけど。
 思ってることをハッキリ言葉にしてもらえるだけで、安心したり嬉しくなったり出来るじゃない。
 相手が特に瀬伊くんの場合は。
「その前にっ」
 あのイタズラの件だよ。
「もぅ、おかげで朝っぱらから来るはめになったんだからね」
 よし! っと、気合を入れなおして鍵をかかげた。
 電話に出ないからまだ寝てるんだろうけど、留守電にはちゃんとメッセージを残してあるから、勝手に部屋に入るのは問題ない、ってことにしておこう。
 絶対に、ここにあるはずなんだから。
 不法侵入じゃなくて、正当な要求のはず。
 おそるおそるドアへ鍵を差し込むと、金属音がやけに大きく無人の廊下に響く。
「じゃ、じゃあ……おじゃましまーす」
 一応、小声で挨拶をして、ゆっくりと捻った鍵を引き抜こうとした瞬間、目の前を覆っていたドアが消えて、変わりに……。
「お、は、よ」
 満面の笑みを浮かべた瀬伊くんが立っていた。


「ふふ、すずの百面相、おもしろかった」
「悪趣味だよ、黙ってモニターで見てるなんて。それになんでわかったの? あたしが来たって」
「やだなぁ、僕の耳は特別製だって知らなかった?」
 思い出させるようにポーンと一つ鍵盤を抑えると、寝起きの柔らかな雰囲気を纏った瀬伊くんが振り向いた。
 あっさりと種明かしをして、朝日の中、ゆったりと微笑む顔に魅入ってしまいそうになる。
「すずの足音なら、すぐにわかるよ」
「そっか、それってなんだか嬉しいかも……って、違うっ!」
「どうしたの?」
「これ! 瀬伊くんの仕業でしょ」
 朝も早くから、瀬伊くんの家まで電車に乗ってくるはめになった理由、後ろめたく思いながら合鍵を使おうとした理由、すべての原因になった物をバッグから取り出して突きつけた。
「あれぇ、持ってきちゃったんだ」
「あたりまえですっ。こんなのが家にあったら、怖くて夜一人でいられなくなっちゃうじゃない」
「こんなにかわいいのに、ねぇ? マイケル」
 グロテスクなキャンドルへ魅力を振りまく姿に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
 あれをカワイイと思えるのは、瀬伊くんだけだよ。
 朝、カーテンを開けようとして、ひな壇の一番上に飾ってあったアレに気がつき、あたしがどれだけ驚いたか。
 昨日、瀬伊くんがうちに遊びに来て、それから帰るまでは、確かにちゃんとしたお雛様とお内裏様だったんだから。
「あたしのお雛様たちは、どこっ!?」
「うん、それならあっち」
 けろっとした声で指差す方向へ視線をむければ、丁寧に飾られたお雛様たちが、変わらない柔和な笑みを浮かべていた。
「大事に扱って……は、くれてたんだね」
「もっちろん。すずが大切にしてるの知ってるし。けど、案外気がつくの遅かったね。てっきり昨日のうちだと思ってたのに」
 だから何で、人形とキャンドルを取り替えるなんてマネをしたの? と目で訴える。
 受け止めた瀬伊くんは、くすっと笑ってキャンドルを弄ぶ。
「瀬伊くーーーーん?」
「あぁ、怒鳴らないで。僕、寝不足だから頭に響くんだよね」
「じゃあ、今すぐ説明して」
 今日こそは、一歩も引き下がらないんだから。
「ねぇ、すず。さっき、夜なら怖いって言ったよね」
「う、うん。いくら瀬伊くんが気に入ったものでも、ちょっと不気味だから」
 口を開いた瀬伊くんが、理由を話してくれるのかと期待したのに、返ってきたのは意外なセリフで思わず普通に答えてしまう。
「だったらさ。もし、だよ? 昨日の夜に気がついてたらどうしてた?」
「そりゃ……」
 ちょっと考えて、あたしならどうしたのか考える。
「すぐに瀬伊くんに電話かメールしてた、と思う」
「そのあとは?」
「……うーん」
 あたしだったら。
「電車があれば、取り返しに来てたかも」
「うん。正解」
 なにが正解なのか、なんで一人嬉しそうにしているのか、さっぱりわかんない。
「僕が帰ったあとにすぐ気がついたとして、すずがうちまで来てたら終電なくなっちゃうけど、そしたら?」
「タクシーか、瀬伊くんさえよければ泊めてもらっ……あ」
「ふふ」
 全部、計算してたイタズラにくらりと眩暈がしそう。
 ただ一つ、瀬伊くんの計算外だったのは、あたしが気がつくのが遅かったってだけで、他はまんまと手の平で踊らされている。


 ハッキリ言葉にしないだけで、これって、もっとあたしと一緒にいたいってことだよね?
 ズルズルしちゃうのが嫌だから、お互いの家にちゃんと帰ろうってあたしが言ったから?


 はぐらかされないよう問い詰めたいのに、抱きしめられて言葉が消えてしまう。
 次こそはと思うけど……、きっと同じことを繰り返すんだろうな。
 それがそんなに嫌な想像じゃなくて、いつの間にか笑ってしまっていた。

(拍手公開時の)プチあとがき…いつむぎが気がつくかドキドキしてて寝不足

追加あとがき

あまり一緒にいたがる素振りを見せないむぎ(本当は恥ずかしくて言い出せないだけ)に
「おもしろくなーい」な瀬伊が、こんなイタヅラ仕掛けたらどうよ?
な、話。

いつ気がつくか、結構ドキドキして結局夜中までピアノ弾いてたり
もう電話してネタばらししちゃおうかな? なんて考えたり
風呂上り、真っ先にケータイチェックして
「なんで気がつかないわけ? そこがすずらしいんだけど」
なんて軽いため息ついちゃったり……なんてね!