告解はキスと共に


「プレゼントを選ぶのを、手伝って欲しいって……あたしに?」
「おぅ」
 頼むから、詳しく追求すんなよ?
 首を傾げて繰り返すすずに、内心の動揺を押し殺しながら頷いた。
「いいよ。けど……相手の趣味とか、せめてどんな感じのものが好きかくらいわかんないと」
「それは」
 何度も頭の中で練った言い訳を、もっともらしく聞こえるよう祈りながら唇を動かす。
「おまえと同い年で、料理したりすんの好きだってから、すずのセンスにまかせるって」
「へぇ、そうなんだ」
 まだ納得していない顔で呟く顔を直視できなくなって、目に付いた雑誌を読み始めるふりをして視線を逸らした。
「ジョージさんの知り合いの子、かぁ……。麻生くんは知ってる子なの?」
「ん? あ、あぁ」
 知ってるもなにも。
 目を閉じたって、はっきりと思い浮かべること出来る。
「どんな性格の人?」
「……なんつーか、いつも元気なやつ。前向きだし」
 読んでもいない雑誌をめくりながら、あからさま過ぎたかと後悔した。
 そもそも嘘は苦手っつうか、嫌いな性分だ。
 手先が器用だといわれることはあっても、せいぜいビリヤードやバイクの手入れに役立つだけで、これが人相手だと器用に振舞えない性格なのも自覚してる。
 こんな思いするくらいなら、はじめから素直に理由を話せば良かった。
 思いついた時は、すげぇいいアイディアだと思ったんだけどな。
 新たな後悔をしていると、手から雑誌を取り上げられた。
「もうっ、頼んできたのは麻生くんでしょ」
「お、おぅ」
「もっと真剣になって」
「わかった」
 逸らしていた視線をあえて覗き込むよう顔を近づけてくるすずに、心臓がうるさく跳ねだしちまう。
 すぐ目の前にある唇に意識を奪われそうになって、大きく頷いた拍子に無理やり視線を外した。
「えっと、確認するね」
 真剣になったと判断したのか軽い音をたてて隣に座ると、指を曲げながら俺が生み出した架空の人物についてまとめはじまた。
「あたしと同い年で、料理が好き……」
 “そいつ”が料理や家事が得意じゃなきゃ、知り合うことすらなかったもんな。
「で、元気で前向きな子……」
 いつだって明るくて、どんなことがあっても逃げ出さずに立ち向かうし。
「もっと他にヒントないの?」
「他にか……」
 とっさに思いつくことはいっぱいある。
 良いところをあげたらキリがない。
 けどあまり詳しくヒントを出してバレたら、いままでの会話と企みが無駄になる。
「けっこう女らしいもんが好き、みたいだぜ」
 これなら、大丈夫だろ。
「ぬいぐるみとか、アクセサリーとか?」
「ぬいぐるみはどうか知らねぇけど、アクセサリーは……好きかも」
 顎に手を置いて考え込みだしたすずの指で、姉とお揃いだという指輪が光を反射して一瞬輝いた。
「なんだか、あたしと似てるかも」
 ぎくりとして顔が強張ったけど、探偵のようにポーズ決めこんで悩んでいるすずの目には入らなかったらしい。
「うん、だったら協力できそう。じゃ、さっそく探しに行こうか」
 すっかり板についた割烹着を脱ぎながら、くったくなく笑うすずに聞こえないよう、静かに息を吐き出してバイクの鍵を持ち上げた。





「ね、あそこのお店なんていいんじゃない? いってみようよ」
「よし、了解」
 十二月最後の連休、最終日には年末最高のイベントのクリスマスを控えた連休は、どこもかしこも人で溢れててぶつからないよう歩くだけで精一杯だってのに、目当ての店をみつけたらしいすずは楽しげな声をあげた。
 手をつないでなけりゃ、見つけたとたんに駆け出してしまうんじゃねぇかってくらいイキイキとしてて、いつも以上に元気でまるでガキみたいだ。
「はやく、はやく」
「ちょ、っと待てって」
 妙に急かすすずに引っ張られながら辿り着くと、女で埋め尽くされた店が派手な光を撒き散らしていた。
「日本じゃクリスマスは祭りみたいなもんとはいえ、なにも、ここまで徹底的にしなくてもいいのにな」
 店先に所狭しと飾りつけられたイルミネーションと俺の顔を交互に見比べて、驚いた表情になると繋いだ手がまた引っ張られる。
「だから、いいんじゃん。イルミネーションも、ジングルベルも、この時期しか楽しめないんだから。ね、ここならぴったりの見つかると思うよ」
 すずにそっくりの性格をした女のために、すず自身が選んだ店なんだから、思惑通りいくんだろうけど……。
 一つ一つは大したことなくても、キラキラした小物で埋め尽くされた店の中は、目に悪いんじゃねぇかってほど凶暴な輝きを放っていて脚をためらわせる。
「ここね、すごく人気あるんだよ。お値段は手ごろなんだけど可愛いのがいっぱいあるの」
「……そっか」
「アクセサリー好きだったら、絶対に気に入ると思うな」
 絶対に気に入る、その一言が背中を押した。
 わざわざ小細工までして、こうなるよう仕向けたんだからな。
 覚悟を決めるか。
「おまえに任せるから、これって思うもん見つけてくれ」
「うんっ」
「けど……できるだけ早く頼む」
 覚悟を決めて踏み出したってのに、ドアを開けたとたんあちこちから注がれる視線に辟易して、言葉を付け足した。





「ねっ、こういうのはどうだろ」
「なんかガキっぽくねぇか? それ」
「じゃあ……これ」
「うーん」
 早く選んでくれと急かしたのは自分なのに、すずが見つけた品を見ては首を横に振り続けていた。
 その度に、すずが少しずつ不機嫌になっていくのを察していても、妥協はしたくない。
「まかせるって言ったくせに」
「確かに言ったけど、もっとこう」
 貰って喜ぶようなもんがいいんだよ。
 クリスマスプレゼントの中でも、ダチと同じレベルじゃなくて特別な位置になるような。
 俺の……彼氏からのって、特別に思ってくれるようなもんが。
 卑怯な手だとは思うけど、散々悩んでもすずが何を貰って喜ぶのか見当つかねぇから、まわりくどい方法で訊いてんだろうが。
「もっと、真剣に選んでくれよ。例えばさ、……その自分だったらって」
「あっ、このヘアピンかわいい」
 きょろきょろと見渡したすずが一点を見詰めて声をあげた。
「それがいいのか!?」
「……え?」
「あ、イヤ何でも……。貸してくれ」
 見る見る間に怪訝な表情になっていくすずからひったくるように奪うと、手の中で光を反射し続けるものをしげしげと見つめた。
 いろんな種類の赤やピンクがぐるりと回って、ハートの形になってる。
 こういうのが、いいのか。
 やっぱ女ってわかんねぇや。
 髪を留めんなら、こんなに飾りがついてなくても十分じゃねぇの?
 すずだって、普段はシンプルなゴムとピンで留めてるのに。
 そういう飾り気のないとこも好きだけど、まぁクリスマスだから普段と同じじゃおかしいか……。
 傍で待つすずの髪に位置をあわせてみると特別に思えてきて、知らず知らず詰めていた息を吐き出した。
「じゃあ、これ買ってくるな」
「……だめ」
 やっと居心地の悪いこの店から出れると安堵したのに、強張った声音が体を引きとめる。
「やっぱり、それじゃないと思う。なんか違うかな。……出よ」
「あ、おいっ」
「このお店には無かったみたい。他のとこ行こ」
 あとはレジで包んでもらうだけのヘアピンが、さっきの俺より素早い勢いで取り返される。
 唇を真横に引き結んだすずは元の位置に戻すと、俺の声も聴かずにさっさと店を出て行った。





「どうしたんだよ、いきなり」
 早足で進む背中に問いかけると、無言のまま更に歩みが速くなった。
 いくらあちこちからいろんなクリスマスの曲が流れ、雑踏の騒々しさを増しているとはいえ、声が届いてねぇわけじゃなさそうだ。
 なのに何も言わないってことは、あえて無視してんだな。
「なぁ、すず」
 気持ち声を強めて呼びかけると、ほとんど駆け足近くまで速くなった。
「さっきも言ったでしょ。なんか違うって思ったの!」
 振り向きもせず乱暴な口調で返されて、納得できねぇ思いが膨らんでいく。
「なに怒ってんだよ。俺がなんかしたか?」
 軽く地面を蹴って追いついた拍子に腕を掴むと、とたんに振り払われる。
「……なにも」
「だったら何で」
「なにも……なにもしてないのが問題なんじゃない!」
「落ち着けって、わかるように説明してくれよ。な?」
 また振りほどかれやしないかと少し恐れながら手を伸ばす。
 やっと完全に脚を止めたすずは、唇をかみ締めて俯いてしまった。
 困惑を抱えたまま繋ぐ手にかすかな震えが伝わってきて、つい抱きしめてやりたくなるのを抑えるのに苦労する。
 後ろから追い越してく何人もが、通り過ぎざま喧嘩だと囃すのを一瞥して追い払うと、冷えた指先をしっかりと掴んで歩き出した。
「ここじゃ寒ぃし、なんかあったかいもんでも飲みに行こうぜ」
「帰りたい」
 消え入りそうな声で呟くすずは相変わらず俯いたままで、目も合わせてくれない。
「わかった」
 なにがどうなってんのか、さっぱりわからない状態でもそう答える事しか出来なかった。





「……ほら、すずの好きな紅茶、飲むだろ? 体あったまるぜ。外すっげぇ寒かったもんな。俺も同じのにした」
「ありがと」
 気まずい雰囲気を拭えればと努めて明るい声を出したのに、すずの声は相変わらず凍りついていた。
 途中まではうまくいっていた今日を振り返って、どこで狂ったのか考えても、これだと思う答えが見つからない。
 互いに手にした飲み物を傾けるだけの沈黙が、見えない壁になって押し迫ってくる。
 あっという間に空になったカップを脇へ置いて、急に機嫌が悪くなったすずに視線を戻した。
 ソファーの隅で小さくなっている様子が、華奢なすずを更に小さく見せているみたいで胸の奥が苦しくなる。
 こういう時、何を考えてるのかわかる方法があればいいのによ。
 女なんてと切り捨ててきた過去が、やっと見つけた大切なたった一人を見えなくさせていた。
 すずと知り合ったばかりの俺なら、とっくにキレて部屋に閉じこもっていただろう。
 はっきりしねぇのがイラつくって、酷い言葉をかけていたかもしれない。
 自分の求める態度と違うからって拒絶すんのが、どんなに幼稚で意味がないのか……、すずは俺に教えてくれた。
「……ごちそうさま」
 それまで何も喋らないまま飲み干したカップと、俺が置いたままにしてたカップを当たり前のように持って去ろうとする体から、静かにカップを取り上げてテーブルに置く。
 かつんと響いた音にびくっと体を振るわせたすずを、壊れ物でも扱うように抱きしめる。
「教えてくれ、おまえが今どんな気持ちなのか。俺の何に腹立ててんのか」
 最後に頼むと呟いたとたんに、腕の中で大きく首が振られる。
「違う、違うの。麻生くんは悪くない」
 久しぶりの声はすごく苦しそうで、問いかけた事を後悔するほど痛々しい。
「なんで、おまえのせいなんだよ。おまえは何もしてないだろ」
 自分のセリフで、すっかり忘れていた帰り際のすずの言葉が、俺がしなかった事の中身が気になりはじめた。
「俺が何かしなくて、なんだろ?」
「ごめん」
「だから、すずが謝る必要は」
 激しく首を横にふられて、言葉が口の中で消えていく。
「あたしが……勝手に。だって嫌だったの、他の女の人のために一生懸命な麻生くんが。あたしには何も聞いてくれないのに……って我がままな嫉妬したの」
 背中に回った腕が、まるで縋るようにきつく服を掴んできた。
「友達のためってわかってるのに、すごく大切そうに選ぶから。あたしがいいなって思ったのを、すごく優しい顔で、見てた……から」
 断片さえも見えなかったパズルのピースが、あっという間に当てはまった。
 すずにバレないよう欲しいものを聞き出そうとした小細工が、こんなに苦しませちまってたのか。
「他の人に渡すんだったら、さっさと選んじゃえって考えた自分が嫌になって」
「違う、何もかも違うんだ。……悪かった」
「な、んで」
 情けなさと後悔で締め付けられる喉から、理由を搾り出す。
 胸に押し付けられたすずの顔が、どんな表情になってるのか想像するだけで恐怖さえ浮かんでくる。
 独りよがりな思いつきで生まれた誤解を解く間、縋りついてたのは俺の方だった。
 一番大事にしたかったから、なのに。
 大切に思ってるのは、すず一人だってのに。
「……そう、だったんだ」
 話し終えるまで静かに聴いていてくれたすずの、ぽつりと零れた言葉に背中が震えた。
 ほんと情けねぇな、感覚がなくなるほど指先まで冷え切ってる。
 さっき熱い紅茶飲んだばっかだってのに。
 すずは、こんなに温かいってのに、よ。
「でも、嬉しい」
「え……?」
 驚きが全身を駆け抜ける間もなく、すずが強く強く抱きしめ返してきた。
「そんなに、あたしのこと考えてくれたんだ」
「けどっ」
「どうしよう、すっごく嬉しい。ごめんね、勝手に勘違いして機嫌悪くなって」
「おまえはなにも悪くねぇんだから、なんで謝るんだよ。紛らわしい真似すんなって怒鳴りつけてくれよ、な?」
「出来ないよ。だって、あたしの為に一生懸命、考えてくれたのに」
 穏やかに赦すすずの言葉が、凍り付いていた心の奥から染み込んで体中に炎を延べていく。
「かっこつけようとして、もっとかっこ悪ぃな俺。はじめからおまえに何が欲しいのか聞きゃよかった」
「ううん、早とちりしてゴメン」
「ほんとゴメンな」
 同じタイミングで重なって、思わず軽い笑いが漏れる。
 ほんのわずかな沈黙の後、お互いにきつく抱きしめあいながら大声で笑い出した。
「おまえが選んだやつさ、似合うと思うぜ」
「明日、もういっかい一緒に行ってくれる?」
「もちろん」
 顔をあげたすずが、すげぇ幸せそうに笑うから……。
 頭で考えるよりも先に、唇を重ねていた。

あとがき

ピュアで真っ直ぐな麻生に嘘をつかせてごめんなさい
オトナになると相手の事を想って嘘をつかなきゃいけない場合もあるじゃない
だから麻生も少しオトナになったってことで……

言い訳はした
さあ、思いっきり石をぶつけてくれぃ!!

なにはともあれ
メリークリスマス麻生&むぎ!