背中ごしのありがとう
クリスマスだってのに色気なさ過ぎじゃない? と面白がる声音で軽く咎めたジョージをようやく追い払うと、ジョージの置いていったハウスキューをしげしげと眺めていたすずは俺の視線に気がつき笑みを浮かべた。 「クリスマスにビリヤードってあたし達っぽくていいじゃない」 「だよな。んじゃ始めっか」 「うんっ」 クリスマスをどう過ごすか、話し合ったとき互いの第一声は「むぎの行きたい場所」と「麻生くんが行きたい場所」で、なら……と速攻でビリヤードに決まった。 ジョージや誰が何と言おうと、俺たちらしい等身大のプランに満足してるんだから余計なお世話だっつうの。 実はそれなりのレストランや、それっぽいデート先はいくつかチョイスしていた。 ただどれもイマイチ違うような気がして、本人の希望に合わせるという体裁ですずに委ねたのは隠している。 すずの方は純粋に俺のためを考えてだろうな。 「早く! あたし並べちゃうよ」 男としてかっこつかない気持ちはあるけど、楽しそうなすずの様子に内心でほっと息を吐いた。 「えっと、真ん中にナインボールで、っと」 「様になってんじゃん」 「ありがと。これだけは自信があるんだ」 ラックに的玉をセットしながら胸を張ったすずは、何回かテーブルの上を滑らせ定位置に合わせるとそっとラックを取り外す。 枠がなくなっても、どの玉もぴたりとその場から動かなかった。 ラックを外しても玉一つ微動だにしないのは、素人が見様見真似でやっても無理だ。 隙間なくセットしないとブレイクでうまく散らない上、団子になってしまいその後の難易度は桁違いに上がる。 はじめたばかりの初心者が「ビリヤードってあまり面白くない」となってしまう原因をすずには思って欲しくなくて、かなりの時間を割いた。 これから先、こうして二人でビリヤードをするために。 すずが無理しないで純粋にビリヤードが楽しいと思ってくれるように。 「どう? 大丈夫?」 それでも不安そうに確認を求めるすずに、俺は「完璧」と返してブレイクキューを手にした。 「俺が先でいいんだよな」 すずもキューを持ったから訊ねると、舌を出して笑った。 「もちろん。あたしブレイクショットってうまく出来ないから、麻生くんの真似してみようかと思っただけ」 「力の差もあるからな……。女でもコツ掴めばうまいこと出来んだけど。じゃあ今日はゲームじゃなくてブレイクの練習すっか?」 「そしたら麻生くんが楽しめないじゃん」 いや、俺はおまえと一緒なら何だって楽しいけど。 その言葉は口にするまでもなく消えた。 照れくさくて飲み込んだせいじゃない「アサキって、まさかやっぱり本物の羽倉麻生!?」と不躾にフルネームを呼ばれたせいだ。 振り返ると、同じ歳くらいの女が隣のテーブルごしに目を見開いて俺を凝視していた。 「そうじゃないかなーって思ってたんだけど自信なくって。名前はばっちり覚えてたから、いま聞こえてやっぱりーって」 知り合い? と小さな声で訊ねてきたすずに、まさか全然知らねぇと答える間にその女は目の前までやってきた。 「どちらさま?」 「プレイしてるとこ見たことあるのよ」 へぇと興味を引かれるのと同じタイミングで、すずが一歩下がって手にしていたキューをそっとラックにかける気配がする。 「あたし先月までアメリカに居たんだけど、あっちで友達から面白いゲームしてる日本人がいるってビデオ見せられたのよ。ねぇ麻生クン、あなた何年か前にあっちでゲームしたでしょ? それをオーナーが撮ってたらしいのよね。結構ウワサになってたのよ?」 見ず知らずの女が俺を知っていたわけを思い出した。 確かに二年のときの夏休み、俺はアメリカへビリヤードしに行っていた。 すずが御堂家に同居するようになった年、そして帰国した俺とすずが付き合いだした年。 昔の話をいきなりほじくられた驚きと、そんなビデオが残っていて、しかもビリヤードをするヤツの中で噂になっていると聞いてますます興味を引かれる。 確かに引かれる、それは認める。 けどよ……。 「ねぇワンゲームでいいから付き合ってくれないかな? 日本に一緒に撞く仲間いないし、一人で撞くのも飽きちゃった」 「……麻生くん、あたしあっちで何か飲んでるね」 「じゃあオッケー? あたしあっちの仲間内じゃそこそこだから、退屈はさせないよ」 俺が何か言う前から勝手に話を進める二人に、とりわけすずに対して妙な苛立ちが浮かんだ。 「終わったら声かけてね、それじゃ」 「おい待てって」 勝手に完結して離れようとするすずの腕を掴む。 そのまま女の方を向いて、悪ぃけどと前置きした。 「今日はこいつ以外と撞くつもりねぇんだ」 「えっ」 驚いたのはすずで、女は納得した顔になる。 「そっか、残念。お邪魔してごめんね」 「えっ、っと。いいの!?」 手を振って隣のテーブルに戻る姿を確認してから、掴んだままの腕を放そうともがくすずに向き直った。 「いいの? じゃねぇだろ。気ぃ遣ってくれたのは分かんだけどよ、今日がどういう日かくらい俺だって忘れてねぇよ。彼女ほったらかして他の女に付き合うような男だとでも思ってんのか」 捲くし立ててから喧嘩ごし過ぎたかと感じて、手から力を抜いた。 「俺がうまいヤツとゲームすんの好きだって知ってて、なのは分かる。分かるけど、なんつうかな……」 そこまで女ごころってやつを理解してない男だと思われて面白くない。 妙な苛立ちは自分が普段すずにそこまで思わせてるのかと感じたせいだと、やっと思いついた。 「俺が言える立場じゃねぇのかもしれねぇけど、大事なのは嘘じゃないからな。おまえとビリヤードを比べてなんかないぜ」 好きだと人前で言える性格じゃないけど、それですずには伝わったらしい。 すずは傍から死角になる位置にそっと動いて、俺の背中にとんと額をつけた。 「ありがと。ごめんね。嬉しい」 何が、何に、何で、がなくてもすずの気持ちが俺にも伝わってくる。 事を見ていたらしいジョージが親指をあげてウインクしてくるのをしかめた顔で追い払って、しばらくその場から動かなかった。 |
あとがき
ここで他の女を選んだら
むぎが許しても猫百匹が許しません。
他の女に名前をつけようかと思ったけど
自分で考えたキャラのくせに
「空気読めよ! クリスマス! 女連れ!」
と本気でイラッとしたのでやめました。