真夏の記憶
長雨が続いた後、ようやく出番がきた太陽が張り切っているらしい。 カーテンを閉めていても夏の日差しは容赦なく室内の温度をあげていた。 「うぅ〜〜〜、あちぃ」 今日は夜にジョージとゲームをする予定くらいしかなかったから、昼過ぎまで寝ているつもりだった。 意地でも起きるかと寝返りを打つと、足に絡んだタオルケットを蹴り飛ばす。 うつ伏せのまま手だけ伸ばしてエアコンのリモコンを探した。 指先がそれらしき物を探り当てたと同時に何かが落ちる音がする。 寝る前に読んだ雑誌とかを積み上げているからな……寝ぼけた頭でそんな事を思ったけど、確認するよりも今は一刻も早くスイッチを入れることしか頭になかった。 ピッと音がして涼しい風が体の上を通り過ぎていく。 「これだよ、これ」 気持ちよさに満足するとまた寝に入った。 「あっちぃ!」 再び襲ってきた寝苦しさに耐えかねて飛び起きると、パジャマ代わりのTシャツを脱ぎ捨てる。 「んだよ……故障か?」 うんともすんとも言わないエアコンを見上げると、リモコンを連打してみる。 軽い機械音がしてゆっくりと口が開いていくと、自分のせいにされるのは不本意だとでもいうように、勢いよく冷風を吐き出し始めた。 そういえば、とこないだの記憶がよみがえる。 すずが体に悪いからとか何とかいっていじっていたような。 リモコンをよくよく見るとタイマーの文字が浮かんでいた。 「仕方ねぇ」 大きく伸びをするとカーテンを開ける。 ギラギラとした夏の太陽が、景色がゆがんで見えるほど街に降り注いでいた。 その光景を見ているだけで喉が渇いてくる。 エアコンの風が届かない蒸し風呂のようなキッチンの中で、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと一気に飲み干した。 喉から落ちていく冷たい感覚も一瞬で、すぐに汗が噴き出してくる。 シャワーを浴びながら、ジョージと約束の時間まで今日一日どうやってヒマをつぶすか考えるか。 つぶしたペットボトルをバスケのシュートのように投げると、きれいな放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれていった。 よっしゃ、今日はいい事がありそうだ。 出かけようとして手にした時、携帯がチカチカ光っている事に気がついた。 誰からのメールだ? 鍵と財布を捜して部屋の中を歩きながら読んでいく。 着信時間は今日の午前0時0分、タイトルは…… 「誕生日おめでとう!?」 はっとしてカレンダーを見ると、確かに今日は俺が生まれた日だった。 慌てて本文を確認する。 やけに遅く感じるスクロールに苛立ちながら、視線を左右に動かしていく。 「……すず」 我に返りメットを二つ掴むと、掛け慣れた番号を押す。 「ジョージ? 悪ぃ、今日の予定キャンセル……」 “そうだろうと思ってたから気にするなよ” 「は?」 “だってバースデーだろ? 約束したとき麻生は忘れてたみたいだけど” 「あ、あぁ」 “いつテルしてくるのかと思ってたら当日とはねぇ” 「俺もいま気づいたんだって」 “カノジョ、何もいわなかったのかい?” 「それがさ、こないだ聞かれたんだよ。6日は空いてるかって」 “ハハハ、読めたぞ” 「おまえと遊ぶ予定だって言ったら、そう、わかったって」 “アーサキ、女の子はそういうイベントを大事にするんだよ。大事にしないと捨てられるよ?” 「……わかってるよ」 いや、わかってねぇからすずに我慢させてばかりなのか。 後で埋め合わせはするからと電話を切ると家を飛び出した。 アスファルトの焼けた匂いがする道を走り抜けながら、メールの内容を思い返す。 『直接おめでとうって言えないのは残念だけど、予定があるなら仕方がないよね。 麻生くんビリヤード大好きだし。それにお友達を大切にしてる麻生くんが好きだよ。 なーんて、えへへ。 プレゼント渡したいから時間があるときメールしてね。 むぎ』 俺はそういうお前が好きだよ。 カーブに差し掛かると車体をぐっと傾ける。 すずの家まではもう少しだ。 “はい、どちら様ですか?” 機械を通した声がすぐ脇から聞こえてくる。 「俺。……麻生」 “麻生くん!? ちょ、ちょっと待ってて“ 足音がだんだん近づいてきたかとおもうと勢いよくドアが開いた。 「よぉ」 「どうしたの? ……今日は予定があるって」 「キャンセルした。お前さえ良かったらだけど、今から出れるか?」 ハンドルにかけた二つのヘルメットを指差す。 すずは俺とバイクを交互に見比べながら、わけがわからないという顔をしていた。 太陽は相変わらず全てを焼き尽くすような勢いで燃えている。 けど俺の体が熱くなっているのは日差しのせいじゃなかった。 背中にあたるすずの体と腰に回された腕を意識しながら、控えめにスピードを調節する。 目の前にキラキラと輝く海が見えてきた。 「気持ちよかった〜」 そう言いながらすずがヘルメットを脱くと乱れた髪が風に舞う。 「こんなところがあったんだね」 適度に茂った木と通り抜ける海風が心地いい小高い丘は、ライダーこそ知る穴場中の穴場だった。 「あ、ほらほら! 人があんなに小さく見える」 楽しそうな様子のすずの隣に立つと指差した方向を見渡した。 海岸にひしめきあった海水浴客が群れを成している。 直線ではたいして離れてないはずなのに、その様子はここと正反対だった。 すずの頭に向かって話しかける。 「悪かったな。自分の事ばっか考えて、お前に気を使わせて」 見上げようとする頭を胸の中に抱きしめる。 「野郎ってあんまそーいうの気にしねぇからさ。今日が俺の誕生日で、お前が覚えてくれてるなんて思わなかったんだ」 「……恋人の誕生日を忘れる女の子なんていないよ」 「ジョージと遊ぶ予定だっていったとき呆れただろ?」 「そんなことないよ。先に約束してたなら仕方がないし……」 仕方がない。その言葉でどれだけ無理をさせていたんだろうか? “女の子はそういうイベントを大事にするんだよ”というジョージの言葉が改めて胸にひびく。 「本当に悪かった。お前をないがしろにしてるつもりはなかったんだよ」 腕の中の体がきゅっと固まる。 「ダチが大切なのは変わりはねぇんだけどさ、それ以上にお前が大事なんだって」 返事がないままのすずに、少し不安になりながらも言葉を続ける。 「そういうふうに思ったのって初めてだから……どうして欲しいか言ってくれねぇとわかんねぇんだ」 情けねぇとはわかっていても、それが今の俺の本心だった。 「たまにでいいから……好き、って言ってくれるだけでいい」 実際には数秒だろうが永遠とも感じる沈黙の後、ようやく小さな声ですずが答えたとき自分の不甲斐なさとどれだけ甘えてきたかを痛感した。 言わなくてもわかってるだろうと高をくくっていた部分があったのかもしれない。 けど、すずはその言葉だけを待っていたんだ。 「好きだ」 今なら何度でも言える。 「すげぇ好き」 そんな言葉だけじゃ表せない。 顎に手をかけるとキスをした。 「どこか行きたいとことか、したいことあるか?」 「ふふっ、麻生くんの誕生日なのに」 「お前が楽しんでくれんのが、最高のプレゼントだよ」 「あ、忘れるところだった!」 バイクに置いたバッグの中から何かを持ってくると俺に向かって差し出した。 「はい、誕生日おめでとう」 丁寧に結ばれたリボンをゆっくりと解く。 小さな箱の中から取り出したソレは、涼やかな金属音をたてて揺れている。 スカルチャームがついたキーホルダーの先には、見慣れない鍵がぶらさがっていた。 「これ……」 「見た瞬間に麻生くんが好きそうだなって思って」 「あ、うん、すげぇ気に入った。けど、この鍵」 「それは……オマケ。……うちの合鍵」 すずの体を強く抱きしめた。 「一生、大事にする」 初めて恋人とすごした誕生日を、俺は一生忘れないだろう。 「いい事がありそうだって予感あたったな」 「えっ?」 「いや、こっちの話」 照れ笑いでごまかすと、もう一度キスをした。 |
あとがき
むぎに振り回される麻生が好きなのですが
誕生日くらいは振り回す側にしてあげようと思いついた話。
おめでとう麻生!