モノより何より欲しいモノ
何かと物騒な時代に、こんなに無防備でいいのかと心配になるほど、クローズと札のかかったドアは簡単に開いた。 灯りのない店内は昼だというのに薄暗く、いつもは耳に残るほど大きくかかっているBGMもない。 入っていいと言われていたし、だから鍵がかかっていなかったんだろうけど、いつも──麻生くんと来たときにはない店の雰囲気にちょっと気後れしてしまう。かといって、いつまでもここでこうしている訳にいかないし。 勇気を出して「あのう」と声をかけて見るけど、誰も出てくる気配はない。そのまま耳を澄ませていると奥の方から何やら物音と陽気な鼻歌が聞こえてきた。 「すいませーん、鈴原ですけど。ジョージさんいますか?」 今度は少し大き目に声をかけてみる。すると鼻歌が止まって「ハーイ」と声が返ってきた。 ネイティブだからかな“はーい”じゃなくて英語の“Hi”に聞こえる、なんてどうでもいい感想を抱きながらドアの内側に滑り込むと次の言葉がかかった。 「ソーリー、ちょっと手が離せなくてさ。奥にいるからまっすぐ来てくれる? わかるよねー」 やっぱり無防備な誘導に従って店の奥まで進む。待ち合わせの相手は、バーコーナーになっているカウンターの裏で重そうなビールケースを片手と腰で支え、瓶をひょいひょい冷蔵庫にしまっているところだった。 「そこ、座って座って。これ入れたら準備終わりだからねー。っと言ってる間に、ラスト! ハイおまたせ」 いまビールをしまったばかりの冷蔵庫からジュースの瓶を出したジョージさんは、慣れた手つきで栓をあけ半分をグラスに注いであたしの前に置く。そして自分は瓶に直接口をつけ、一気に流し込んで「ウマイ」と笑った。 これは、あたしにもどうぞってことだよね? 今のあたしはお客さんじゃないのに、店の冷蔵庫から出されたものを素直に頂いていいのか葛藤していると、再び「ウマイから」と子供みたいな笑顔で勧められる。 「じゃあ、遠慮なくいただきます」 「そ、遠慮はニホンジンの悪いクセ」 飲むと、ほどよく冷えているオレンジ味が喉にさわやかで確かにおいしい。 「オレンジっていうよりミカンっぽいかも」 思わず呟くと大げさに驚かれてこっちが驚く。 「そうそう! よくわかったネ。アサキに聞いてたとおり、舌スルドイねー」 「ミカンは日本人に馴染み深い味だから」 だから分かったのはたまたまで、と意味を持たせてからそれが通じるか心配になって伺う。 ジョージさん日本生活長いって聞いたけど、ニュアンスどこまで大丈夫なんだろ。見た目は思いっきり外国人だし。 「オレ、こんな見かけだけどガイコクのスイート過ぎるジュースってダメなんだよね。だからこれは結構がんばってさがしたヤツ。アルコールじゃなきゃドリンクはわりと自由に飲んでいいことになってるから。マカナイ、っていうんでしょ日本語だと。どうせなら自分好みのがいいじゃん」 伝わっていないのか、それとも気にしていないのかは笑顔に隠れて分からなかったけど、自分が気に入った味を褒められて機嫌がよくなったらしい。もう一本どう? と冷蔵庫のドアを開けようとするのを慌てて止める。麻生くんに連れられて何度か遊びに来ているうちに自然とわかったけど、ジョージさんは仲間のカテゴリーに入れた人に甘い口らしい。 麻生くんと付き合っているからあたしも仲間、というのがくすぐったくて嬉しいけど、だからといって今日はもうすでに無理を言っているのにこれ以上甘えられない。 「できれば早速ですけど商品を見せてもらいたいです」 「オーケイ、こっちだよ」 「はいっ」 バーカウンターを抜け、店のさらに奥に進む。いくつかのビリヤード台があって、その一角にここで販売しているビリヤード道具が整然と飾られていた。何度か来ているのに、てっきりディスプレイだと思って景色の一部と思ってしまっていたのを、最近、売り物だと聞いて驚いた。 今日の目的はこれを見せてもらうこと。 もうすぐ麻生くんの誕生日だ。やっぱり麻生くんが喜んでくれることを考えるとビリヤードかバイクで、両親他界、姉別居、この歳で自活を余儀なくされている身で手の届くものをと思うとバイク関係は自然と却下になった。車体はもちろん無理だし、かといって小物類も今更あたしが買わなくても揃ってる。出せる額分のガソリンスタンドプリペイドカードってのも、交通費支給じゃないんだから。 必然的にもう一つの選択肢になって、どこで? と捻ったときに真っ先に浮かんだのはここしかなかった。 ただビリヤード道具を扱う店なら家の近所でもさがせば見つかったと思う。でも、麻生くんのビリヤードの癖とか趣味をわかってて、アドバイスつきとなると縋れるのはジョージさんしかいない。 麻生くんに訊けば一発でわかる店の番号をわざわざ調べてから電話をかけ、内緒で誕生日プレゼントをさがしていることを相談すると喜んで協力してくれることになった。さっき「遠慮は悪いクセ」と言われたけど、オープン中はアルコール入ってる客もいるから一人で来させるわけにはいかない、かわりにオープン準備の時間ならいつでも、という言葉に甘えてさっそく次の日に来るあたしは遠慮と正反対の存在だと思う。 麻生くんのためといいながら、自分のせいで無理を言ったのにダチのためならと快諾してくれるジョージさんは優しい人で、麻生くんがどれだけ友達から好かれているかわかって何故かあたしが誇らしくなる。 バッグの中にはこの日のために貯めておいたお金を入れてきた。 麻生くんが負担に思わないだろう額と、自分が出せる額の擦り合わせはあってるかな。そもそもビリヤードの道具ってどのくらいするのか分からないんだけど。 まずは見せてもらわなきゃ、話が進まない。 「キューにするつもりだったかい? だったらコレとか、アサキもまだチェックしてないからどう? 入ったばっか」 差し出されたビリヤードのキューは持ち手の部分に細かい模様が入っていて、くるくると回すと光の加減で不思議と色味が変わって見えた。その模様は麻生くんの持っているものと雰囲気が似ている。 これは気に入ってもらえるかも。 真っ先にこれを提案してくれたジョージさんは、やっぱりさすがだ。 「バットの細工、すごいですね」 麻生くんと付き合いだしてから自然と覚えた用語が口から出て、にやけかけた頬がはじっこに貼られた小さなプライスタグを見て固まった。 「でしょー? もっとシンプルなのが良ければ、これもオススメ」 次に渡されたものは、はじめのより模様が少なく値段も控えめになっていた。それでも予想外の値段だ。細工の凄さは値段の凄さ、一瞬で頭に叩き込まれる。 それに、そんなのがゴロゴロしてる麻生くんの部屋って……やっぱりお金持ちだ。 そこであたしが絶句しているのに気づいたジョージさんが、軽く肩をすくめて気の毒そうな表情を浮かべた。 「キューってハギとインレイ、あー、その模様ね、それでプライスが決まるようなもんだから、プリントのメーカーのはオテゴロだけど……。アサキのプレースタイルにはバランス悪くてオススメできないね」 「そう、ですか」 プレゼントするからには喜んで欲しい、気に入って欲しい。出せる範囲の値段のものをあれこれ見せてもらったけど、はじめに見てしまったのに比べて確実に見劣りがした。素人のあたしが分かるのだから、本気でやってる麻生くんにはバレバレだろう。 てことは、ビリヤード関係で考えていたのがそもそもの間違い!? そこで勝手に肩が落ちて、露骨にがっかりした空気がジョージさんにも伝わってしまった。 「……チョークなら一コ五百円くらいだけど?」 「そこまでは、さすがに」 別の棚に向かって、新たに何か探している様子の彼の背中にぼそぼそと言い訳をする。 「手ごろなの考えてくれたのは嬉しいんですけど、形の残るのがいいかなーって」 「…………どうして」 「誕生日のプレゼントは、その」 チョークが見つからなかったのか、何か考え込む風情で少し口ごもったジョージさんに理由を説明しはじめたけれど、恥ずかしくて俯き気味になってしまう。 「特別、だから。やっぱり喜んで欲しいし。それにちょっとワガママっていうか恥ずかしいんだけど、道具とかだったら麻生くんがビリヤードしてるときに少しはあたしのこと思い出してくれるかなー、って。チョークだと使っちゃったら、なくなる、し。さっきくらいの予算で買えるものって何かないですか」 麻生くんが喜ぶならなんて大義名分を掲げていたくせに、口から出てくるのは結局、自分のことばっか。 身勝手さにいたたまれなくなっていると、頭上からハァと深いため息が降ってきてますます身が細る。 「こんなにイイ彼女に、こんなにサミシイ思いさせて、アサキは悪い男だねー」 「違いますっ! ビリヤード好きなのも含めて好きになったんだから、麻生くんは悪くないんです!」 自分のせいで麻生くんが友達に誤解されたら顔向けできない。 考えるより先に唇が動いていた。 「ジョージさんのこととか、楽しそうに話してくれるのも嬉しいし。あたしのせいでビリヤードとかバイクとか友達付き合いを我慢される方が嫌なんです。そりゃたまにはもっと会いたいと思う日もあるけど会ったらちゃんと大事にしてくれてるので好きだからいいんです!」 言っている途中で頭に血が上って、最後は息継ぎなしでまくしたててしまった。 ジョージさんはというと、もちろん目を丸くしている。 いつか一哉くんに無鉄砲さを呆れられたことがあったけど、今は自分で自分に呆れてしまう。なんか、とんでもないことを言ってしまったかも。彼氏の友達に彼氏の惚気する? 普通。 「……くっ」 鳴った音は笑いを堪える喉の音だったらしい。 堰が切れたのかジョージさんは肩を揺らして笑いながら、あたしの横を通り過ぎる。 絶対おかしい子だと思われてる。 頬の熱がおさまってから追いかけようと、つま先を見つめていると「だってさー」と歌うような調子の声がした。 「え……?」 慌てて振り向くと、ジョージさんはバー方向へ角を曲がる背が消えるところで……。 だってさぁ何? あたしに声かけたんじゃ……? 視線がずるずると下った先には、長い脚の間に頭を落としてしゃがむ良く見知った姿があって。 「ごちそうさまー、アサキ」 テレくさそうに顔を赤くして口元を押さえて立ち上がったのは、間違いなく自分の恋人で。角の先からかけられた声に一斉に金縛りが解けた。 「えぇぇぇ! なんで、なんで麻生くんがいんの!?」 「はぁ!? なんでって、そろそろ新しいキュー入るってジョージが言ってたの思い出して寄ったら、おまえがいるとか想像してなかったっつうの!」 「でも、どっから入ってきたの? いつ?」 「ふつーに入口からだし、ジョージはさっきすぐに気付いたぜ? クローズの札がかかってる時はドア閉まってても鍵開いてるって合図なんだよ」 「そういえばあたしも鍵開いてたから入れたんだった。でも不用心な!」 「物の搬入とかウラよりあっち使った方が早ぇとき、いちいち鍵かけんのめんどくせーんだと。ってんなことどうでもいいだろ、昨日誘ったら用事あるって言ってたじゃねぇか」 「これがその用事だってば。それに麻生くん、行き先がこことか言わなかったじゃない、ただ“出かけよう”だけで。言われてたら今日じゃなくて別の日に来た!」 「別の日に来てもキューの値段にヒくことにはかわりねぇだろ」 「それはっ! ……」 一気に言葉につまった。 情けないけれど、確かにその通りだ。 それに一緒に来てこっそり覗き見すれば、わざわざジョージさんに無理を言わなくても値段を知って一人落胆するだけで済んだのに。 「いや、悪ぃ。おまえ責める筋合いはねぇよな、でもその気持ちはありがたいんだけど、おまえにそこまでされたら俺が情けなさすぎだろ」 「なんで?」 「少なくとも、おまえって俺にビリヤードすんなって文句言わねぇじゃん。言わないのに甘えてたし、甘えてんのに気づきもしなかった。さっきの聞くまで」 「……」 「なのにさ、俺がビリヤードすんの……おまえほったらかしにすんの前提で、これら見に来てくれたんだろ? 面と向かって責められるより効いた」 「ごめん」 「責めるわけじゃ……くそ、どう言えばいいのか難しいな。……俺の方こそ、ごめん、いままで。今更だけど誕生日祝い、リクエストしていいか?」 「うん、もちろん。あ、でもいま予算が」 財布を開けようとバッグにかけた手に、手が乗って引っ張られる。 麻生くんはせっかく見にきた新商品を手に取ることなく、あたしを連れてたぶんドアに向かいはじめる。 「モノじゃなくてさ。俺がおまえに会いたいって思ったとき、会える時間を俺にくれ」 「それ、あたしが嬉しいだけだよ?」 「今日明日だけじゃなくて、この先しばらくだぜ。つうわけで今から遊びに行こうぜ」 「でもビリヤードは」 「まるっきり止めんのは無理だけど、おまえより優先させんのは止めるから。それにどうせしばらく顔合わせづれぇ、絶対冷やかされる。今度からああいうのは俺に直接言えって」 誰のことを言っているのか麻生くんは口にしなかったけれど、ビリヤード台を抜けた先のカウンターの上には、クーラーに山ほどの氷、そして二本のジュースが刺さって置いてあった。 |
あとがき
フルキス創作が久しぶり過ぎて、文体がなかなか思い出せなかったので
違和感をもたれたら申し訳ないっす
しかも麻生BD話なのに、ジョージ出番大過ぎ
ジョージのキャラ好きなんですよ
もちろん一番好きなのは麻生、っていうか愛しちゃってますけどね!