来年の誓いをしよう



「? ……開いてるぜ、入って来いよ」
 これが他のやつなら、ノックして俺の返事も聞いてるくせになかなか入ってこねぇのは、何か企んでる……とまではいわねぇが十分警戒する理由になんだけど。
 廊下にいるのがすずだと声で分かっていたから、迎えに行って何も考えずにドアノブを捻る。
「あっ!」
 その途端、短い悲鳴と共に脚元へ色の洪水、じゃなくてカラフルな本の数々が降ってきた。
「ごめんっ、痛くなかった!?」
「全然平気。それより、どうしたんだよコレ」
 慌ててしゃがんだすずと一緒に中の一冊を手に取ってみると、本屋でもコンビニでもよく目にする普通の旅行雑誌で、他にも見れば、散らばった本の全てが旅行雑誌やパンフレットの類らしい。
「一緒に見て欲しいなぁと思って、手元にあるの全部持ってきたら最後の最後でバランスくずしちゃった」
 しゃがんだまま見上げて照れ笑いをするすずから取り上げたのは半分そこそこだったが、それでも結構な重さがする。
 それに柔い表紙が多い旅行雑誌はそれぞれがつるつると滑って、重ねた状態でここまでこれだけ運んできたのが奇跡な位だ。
「とりあえずここに置くぜ?」
 部屋の真ん中にあるテーブルにどさりと置くと、一番上にあったのを何となく捲ってみた。
 見て欲しいって言われてもな……。
 横浜をメインにしたガイドブックは定番の情報がほとんどで、よくバイクで流す俺には少し物足りない。
「マジでこれどうしたんだよ。俺にも見て欲しいって、俺もおまえも良く行くじゃん、横浜」
「あ、それは昔買ってそのまま捨てれなかったやつで。見て欲しかったのは他のなんだ」
 他、とすずが何冊か広げたのはいくらバイクが足でも日帰りには少しきつい観光地の本だ。
「日光、軽井沢、伊豆……渋いな」
 思った事をそのまま口にした途端、効果音をつけるなら“ずしん”とか“どんより”がお似合いな程、目に見えてすずが落ち込む。
「やっぱそのへんはそうだよね、うん。あたしもそうは思ったんだよね、あはは」
「いや、あのさ。そもそも理由教えてもらっていいか?」
 乾いた笑い声をあげて独り納得しているすずを半ば強引にソファに座らせ、自分はその向かいに陣取って顔を覗きこむ。
 視線に気付いたすずは弱弱しく微笑んでから、片手を彷徨わせてあれこれページを開いては閉じるを繰り返しはじめる。
「……がっかりしないでね?」
 前置き付きで語りはじめたのは、がっかりどころか素直に嬉しい、すずらしいものだった。

 ──そろそろ麻生くんの誕生日だから、どっか一緒に出かけたいなって思ったの。
 ──あたしの誕生日、麻生くんいろんなとこに連れていってくれたじゃない?
 ──すっごく嬉しかったから、あたしも……って思ったんだけど。
 ──でも! 見れば見るほど分からなくなっちゃって。

 その結果が、次々と増えていった本の山ってわけだ。
 ぽつぽつと語るすずの顔は一言ごとにグラデーションを増して赤くなっていた。
「内緒にしてて喜んで欲しいって思ったり、ここで喜ぶのは麻生くんじゃなくて自分だけなんじゃないか、とか思ったり……」
 付箋や折り目がついた雑誌を見ながら聞いていると思ってるだろうすずの様子を窺うと、ぱっと表情が輝いたかと思えば眉が下がったりと忙しい。
 忙しいといえば、家事全般をこなしながらこれ全部に目を通すのはかなり大変だったはずなのに、自分の疲れには無頓着な辺りもすずらしい。
「もう時間もないから、ええい本人に聞いちゃえ! って」
 そこでふいに声が小さくなって、ごめんねと無声音に近い声が聞こえた。
「ごめん……ラクしちゃって」
 呟いたすずに向かって身を乗り出す。
 驚く声も、吐息も、まるごと飲み込んでキスをする。
 二人の間でよじれた雑誌が抗議のように乾いた音を立てていたが無視をした。
「あさ……く……」
 やがて小声でいられないくらい息を乱してから、どこがスイッチだったのか分からないでいるすずの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「謝ることじゃねぇじゃん。俺はすっげぇ嬉しい」
「でも、でもっ!」
「何より俺に訊こうとしてくれたのがさ、かなわねぇなって」

 少し前のすずの誕生日。
 今年はとことん遊び倒そうとバイクであちこち連れまわして、夏休み最中のショッピングモールにも行ったし、新しい観光名所にも行った。
 晩飯は最近人気のレストランに行って、味を覚えようとするすずを見て笑っていた。
 すずが喜んでくれたのは、全部こういう本やネットを駆使したお陰だ。
 どこかで見た事ある本ばかりなのも当然、すずが開けないクローゼットの奥には今もそれが眠ってる。

 俺はそれをすずに言えなかった。

 御堂や松川さんみたいに、相手に合わせてエスコートが当たり前に出来ないのを恥ずかしいものだと思ってたし、なによりかっこ悪くて本人に訊ねるなんて考えすらなかった。
 それを、すずは自分にがっかりされるんじゃねぇかとか不安になりながら、でも俺が喜ぶ方を優先して訊ねに来てくれた。
 自分が出来なかったからこそ、どれだけ勇気がいったのかが良く分かる。
「サンキュ」
 短い礼に想いを込めた。
 絡んだ視線の先ですずの瞳がじわじわと光りはじめる。
「……うん、あたしこそありがと」
 もう一度、どちらからともなく唇が引き寄せられた。
 ついた手の下でちょうど開いたままのページには、大小ハートで囲まれた観光地があって、そのどれもが今までに二人で行った場所だと気付くのはキスが終わってから。
 今はただ、来年はどの記念日も二人で一緒に考えようということしか頭になかった。

あとがき

今年も麻生誕生日創作ができて
猫百匹はそれだけで幸せです。
これだけ長い事一人のキャラを好きになった事はありません。
麻生が幸せならイイ!!と、どんだけピュアピュアカップルに
してしまっても後悔なんぞしちょりません。