きっと一生サプライズ
一方的に切れた電話をまじまじと見つめて肩を落とした。 切れた電話の相手は、かつての雇い主。今は世界を飛び回る青年実業家の御堂一哉。 その忙しい彼が久しぶりに掛けてきたと思ったら、開口一番「明日帰国する事になった」ついては食事を一緒にどうかという誘い、もとい決定事項の連絡だった。 でも明日は、というこちらの声は「詳しい場所と時間はあとでメールする」という、これまた一方的な声でかき消され切れてしまった。 「あいっかわらず、強引で俺様だよ……一哉くん」 駄目元で折り返してみる。 けれど留守電になるばかりで繋がる気配は一向にない。 時計を見上げ、時差を計算する。あっちは夜中でも、五人で同居生活していた時だって、いつ寝ているのか分からないほど学生と社長業を両立させていた位だから、今だって何か忙しくしてるんだろうけど。 「……どうしよう」 明日は……明日は麻生くんの誕生日で。 デートする約束で、もうプレゼントも用意してある。 一緒に暮らしていた時と違って、それぞれ別の生活をはじめてからはより記念日が大事になった。 メールや電話でまめに繋がってはいても、待ち合わせて、顔を見て、同じ時間を過ごす事には敵わない。 未成年の男女が同じ屋根の下で集団生活、というのがフツウじゃなくて、今の日々が一般的なのは分かっている。分かっているから、こんな無茶ぶりも無碍に出来ない。 あの日々がなければ、彼らがいなければ、自分がいま生きていられたのかすら怪しい。 いろんな事を乗り越えて、すごくすごく大切な存在になった麻生くんと今こうしていられるのは一哉くん達のお陰だから。 メールっていつ来るんだろう。 早くに場所と時間が分かれば麻生くんに訳を話して、って。 「あっ!」 もしやと思い携帯電話のアドレス、一番上を開く。 あたしに連絡が来たってことは、きっと。 麻生くんや、みんなにも連絡が来てるに違いない。 「あ、麻生くん。あのね、連絡来た?」 コール二回で繋がって急かされるように訊くと、少し疲れた声が「あぁ」と返事をした。 「いま切れたとこ。ってことはすずんとこにもあったのか?」 「うん、やっぱり麻生くんにもあったんだね。あたしもさっき電話きて、だいぶ強引だったけど」 「あいつらしい……って、さっき?」 「うん、さっき。ほんの数分前だよ」 「ちょっと待て、俺もさっきまで話してたんだぜ」 「ん?」 何かがかみ合わない。 互いに“さっき”まで連絡があって、って事は通じているはずなのに。 「一哉くんから帰国するからって話しだよね?」 「御堂!? いや俺が話してたのは一宮だけど」 「瀬伊くん!? え、あ、あれ?」 揃って驚きの声をあげて首を傾げた。 「あたしはてっきり一哉くんが麻生くんにも連絡したんだとばっかり。急きょ帰国する事になったから食事しようって」 「俺もてっきり一宮がおまえんとこにも電話したんだと……。なんかあいつすげぇ曲できたとかで聴かせてやるから明日時間とれって。明日は無理だっつってんのに」 明日。電話。それぞれにかつての仲間からの誘い。 「ね、あたしの想像に間違いがなければ」 「いや……たぶん同じこと考えてる」 「何か企んでる」 最後のセリフは声が被った。 しかも携帯電話まで受信を知らせる音をあげる。 「一哉くんかも。一回切るね」 待っているという声を聞いてからメールを開く。 詳しい場所と時間だろう。 なにを企んでいるのかも書いててくれなきゃ速攻で電話してやるんだから。 急いで開いたメールは、けれど意外といえば意外、当然といえば当然の人からだった。 「麻生くん、おまたせ」 「どうだった?」 「依織くんだった」 「松川さん!? あの人までなんだってんだよ」 「明日、とびっきりの舞台を用意するから楽しみにしててだって」 明日、を強調したのが通じたらしい。 はぁと溜息をつく音が耳に落ちる。 「これで何か企んでんの確定だな」 「うん、思いついちゃったんだろうね」 思いつきをすぐ実現できる人達だ。 それに振りまわされるのは主にあたしと麻生くんと決まっている。 「仕方ねぇ。乗るしかねぇだろ」 「あたしはいいけど、麻生くん……せっかく誕生日なのにいいの?」 「俺はお前と一緒にいられればいいから」 付き合いも長いのに、未だにさりげない言葉で赤くなってしまうのは、言った本人がその威力を意識してないから。 「じゃ、じゃあ明日。待ち合わせは前に決めた通りでいいのかな?」 あの三人が何をしようとしているのかまだ分からない。 場所も時間も。 「いんじゃね? そんくらいこっちの好きにさせて貰っても。どうせあいつらがやると決めたらこっちの都合なんか気にしねぇんだし」 詳しい事がわかったら、その時点で予定を変更する。それまでは普通に誕生日デートをする。 そう決めて電話を終えると、妙にわくわくしていた。 振りまわされるのも、結局それを楽しんでしまうのもずっと変わらない。 きっと麻生くんも。 ◇ いつどうなるか分からないから、時間を縛られる映画や、足を伸ばさなきゃならないレジャー施設は抜きにして横浜に来ることにしたのはいいものの。 「何も起こらないね」 「普通にデートだよな」 朝、起きてすぐメールの確認をしても一哉くんからは届いていなかった。電話も相変わらず留守電だ。 麻生くんも瀬伊くんに連絡取ろうとしたけど捕まらなかったらしい。 それどころか、インターネットで依織くんが出る舞台があるかも調べてくれたのに、おかしな事になにもなかったらしい。 結局、下手に都内にいると場所によっては移動に時間がかかるから、それよりはすぐ戻れる場所ということで横浜で遊ぶことにしたのはいいものの、何もないと却って不安になってくる。 夏の日差しがオレンジ色を含みはじめた山下公園で、木陰のベンチに並んで休みながら何かヒントがないかと記憶を辿る。 一哉くんの家であたしも暮らすようになって。 初対面の麻生くんに怒鳴られて。 いつの間にか麻生くんを好きになって。 歳を誤魔化して教師をしながら家事やって、いろんな事が起きて、解決して。 「……懐かしいな」 思わずあたしの心の声が漏れてしまったのかと思った。 横を見ると照れくさそうな顔をして麻生くんが笑っている。 「今こうやってんのもさ、あいつらがいるからなんだよな」 「うん、ほんとに」 同じ事を考えていたのが嬉しくて、そっと肩に頭を乗せ……ようとして慌てて背筋に力を入れる。 朝から遊んでるからかなり汗をかいてるはず。 けど、肩に腕がまわって戻されてしまう。 その力強さが心地よくて、安心できて、抗う気持ちなんて吹き飛んでしまう。 「すっげー不本意だけど、昨日からさ、あいつらのこと思い出してしょうがねぇっていうか」 「あたしも」 嫌そうに言う麻生くんの顔が照れ隠しなのはバレバレだ。 「きっと一生みんなからいろんなサプライズされて、でもそれが嬉しくって、ずっと繋がってく気がする、あたし達って」 「一生か、それもいいな。お前と出会う前なら死んでもゴメンだって言ってただろうけど」 絶対に彼らの前では口にしそうにない麻生くんの本心が無性に嬉しくなる。 あたしの前だから、あたしにだけは素直な言葉を隠さない。 心から信頼されているのが嬉しくない女の子なんていない。 「まぁ、あいつらは俺のことオモチャにして遊んでんだろうけどな」 軽く笑いながらのセリフに思わず反論しかけたタイミングで、互いの携帯電話が鳴りだした。 「一哉くんからメールだ」 「こっちは一宮かよ」 それぞれに開いて本文を確認する。 そして昨夜に巻き戻ったのかと思うくらい、揃って首を傾げる。 「指定されたレストランの住所、横浜なんだけど……なんであたし達が横浜にいるって知ってるの? 偶然?」 「わっけわかんねぇ。指が冷えちゃうから早くして、って……あいつの言動が意味不明なんて今にはじまったことじゃねぇけど」 このミステリーの行き先はどうなっているのか、慌てて周囲を見渡す。 オレンジ色が濃くなった日差しの中には、カップルの姿が増えている。そこにあの三人がいれば、ただでさえ目立つのだからすぐに見つかりそうなのに。 「こうしててもはじまらないし、行ってみようか」 「だな」 あぁでもない、こうでもない、一緒に想像を口にしては結局答えが分からないまま指定の店につく。 一見してレストランとは思えないほど瀟洒で落ち着いている佇まいに、本当に合っているのかと不安になるほどだ。 「なんだか、別荘って感じだね」 周囲の木々が喧騒を吸って、しんと静まった入り口の前で躊躇ったのも一瞬。 目と目を交わして頷いてから、いっせーの、で一緒にドアを引く。 次の瞬間。 「うわっ」 「え、な、なに!?」 眩しい灯りと、降り注ぐ紙吹雪、そして懐かしい人達の声。 「おまえら、なにして……っ」 「食事をすると連絡しておいただろう、あぁそういえば誕生日だったな、羽倉。一応祝ってやる」 不遜な笑みは一哉くんで。 「ひさしぶり、むぎちゃん。もう少し遅いかと思ったけど、一哉の読み通りだったね。横浜で貸し切れるとこを用意してって言われた時は驚いたけど」 グラスを掲げるのは依織くん。 「おっそーい」 不満げに手首を回すのは瀬伊くんで、その指が紡ぎ始めたメロディはかなりアレンジされてはいるけど、間違いなく『ハッピーバースデー』 いつの間にか増はじまったコーラスは、一体どれだけ手を尽くしてくれたのか、麻生くんとあたし、それぞれの友人たち。 気がつけば、完璧な誕生日パーティーがはじまっている。 「ねぇ麻生くん」 嬉しくて滲む視界の中で、戸惑った表情だった顔がゆっくりと笑みに変わるのを見ながら、耳に唇を寄せる。 「最強の友達がいるって、最高の誕生日プレゼントじゃない?」 「あぁ」 「一生モノだね」 オモチャに、なんて言うけど。 普通そう思ってる相手の為に、こんな素敵なサプライズ用意しない。 一体いつから準備してくれたんだろう。 みんな卒業して、それぞれに忙しくしているのに。 「一生か、退屈しないのは確かだな。だから……隣にいろよ?」 「え……?」 さりげなく言われた言葉は、歓声に飲み込まれる。 見上げても逸らされてしまったけど、頬がうっすらと赤いのは見えた。 その向こうにケーキが運ばれてくる。 どんなに美味しくても、今の言葉の方が絶対に甘い。 不意打ちのセリフに振りまわされるのはいつもあたし。 それを楽しみながら、麻生くんの手を取って笑顔で待ってくれている友達の輪に飛び込んだ。 |
あとがき
いちゃいちゃしてる二人も好きだけど
周囲に支えられて見守られている二人も好き
麻生なら何でも好き