好き、の代償
……なんだ?。 何か聞こえた気がして体を起こすと、部屋の外に耳をそばだてた。 大声が聞こえたような気がしたけど……気のせいか。 「んーーーー」 欠伸を一つして背を伸ばすと、いつのまにか床に落ちていた雑誌を拾い上げる。 読みながら寝ちまったのか。 時計を見ると一時間分、針が進んでいた。 あいつの仕事が終わるまで後三十分。 いいタイミングで目が覚めた。 「ん?」 雑誌をテーブルに置こうと立ち上がった瞬間、耳に飛び込んできた声に思わず走り出した。 やっぱりさっき何か聞こえたような気がしたのは、間違いじゃねぇ。 声がしたのは一宮の部屋だったよな? 半開きのドアを叩きつけるように開けて部屋の中を見渡すと、隅でへたり込んでいるすずがほっとした顔で見返した。 「あ……麻生くん」 「おい、どうした? 何があったんだよ」 半分、泣きそうな顔で見上げているすずに駆け寄り、散乱している掃除道具を退けて肩を掴む。 「あれ……」 「なっ」 指差した方向を見ると、グロテスクな人形がゴロゴロと何体も転がっていた。 「なんだよ、これ」 「わかんない。掃除頼まれて……クローゼットの扉を開けたら、中から飛び掛って来たの」 「飛び掛るって、生きてる訳じゃねーだろ」 「でも、そう思ったの!」 それであの悲鳴か。 ったく、一宮の野郎……ろくな趣味してねぇな。 「何事かと思ったぜ。すげー声したから……おまえが」 何かされてんじゃねぇか、って。 付き合いだしたと宣言してからも、この家の住人はすずへのちょっかいを止めようとしていない。 御堂の看護は仕方ねぇ、それも仕事だからと言い切られれば反対できなかったし、怪我でふらついてるやつ放っておけなんて言えるわけない。 俺以外の野郎の世話すんなって、嫉妬をむき出しにしても情けねぇだけだ。 松川さんも何かにつけてこいつを誘い出すけど、家政婦さんの負担を減らすために協力してるだけだと言い切られれば、やっぱりそれ以上何も言えなかった。 腹の底で何考えてんのか知らねーけどよ。 ……問題は一宮だ。 あいつがすずに抱きつくのだけは許せねぇ。 こいつの反応を面白がってるだけとは、どうしても思えない。 「麻生くん?」 肩に置いたままの腕を背中におろしながら、すずの体を腕の中に閉じ込めた。 「良かった」 「あ、あのっ……さ、驚かせたのは悪かったと思うけど……別に怪我したとかじゃないし」 慌てた声でもがく体を、さらにきつく抱きしめる。 こいつは気がついてねぇんだ。 付き合ってるっていっても、ふとした瞬間に不安になっちまうって。 何で俺を受け入れてくれたのか、未だに信じられねぇんだって。 「苦しっ」 「あ、悪ぃ」 慌てて力を緩めたが、それでも腕を放そうとはしなかった。 「そんなに心配させちゃった?」 別の意味でな。 思わず出そうになった言葉を飲み込んでため息をつくと、耳の後ろで結わえてある髪が静かに揺れた。 「ま、おまえが無事なら良かったよ」 「ありがと……わざわざ駆けつけてくれて。凄く嬉しかった」 「あんだけ叫ばれりゃ」 「だってほんとにビックリしたんだよ」 恥ずかしそうに抗議する声に、思わず吹き出す。 「あっ、ひどい。笑う事ないでしょ」 「俺の部屋まで聞こえてきたんだぜ?」 「僕の耳にもね」 ふいに飛び込んだ声に慌てて振り向くと、呆れ顔でドアに寄りかかってた一宮が身を起こした。 「んもぅ、僕の部屋でいちゃつかないでくれる?」 「なっ、てめ、いつから」 「んー」 ムカつくほどもったいぶった仕草で記憶を辿る顔と、ギクシャクと体を離すすずの顔を交互に見比べながら、パニックを起こしかけてる頭を落ち着かせようとした。 こいつを抱きしめてたのは、いちゃつくとか、そういうやましい気持ちでって訳じゃねぇんだから……。 「羽倉が抱きついた辺りかな?」 「だからっ、それは! ……大体なぁ、てめぇがこんなもんしまい込んでんのが悪ぃんだよ。なんなんだよ、これはっ」 「何って、キャ・ン・ド・ル」 ほらと一つ拾い上げて、芯が見えるよう目の高さに突きつけてくる。 うっと言葉を詰まらせ顔を引きつらせているすずを、さりげなく背中に回して目の前の代物を見つめた。 ホラー映画に出てきそうな凶悪顔に、白い芯が一本立ってるのは、なんか間抜けっぽい。 「って、そういう問題じゃねぇ!」 「なんで? こんなにカワイイのに、ねぇマイケル? おまけに停電した時にも役に立つんだよ、ふふっ」 「だからって、こんなに必要かよ? それに、ろうそくなら普通のでいいだろーが、ふつーので!」 「まぁまぁ、それでオイシイ思いしたんだから、そんなに喚くことないでしょ」 「……っ」 詰まったのは、今度は俺の方だった。 邪気を隠した顔でその様子を見ている一宮に、何か、なんでもいい言い返してぇのに言葉が出ない。 「あ、あたし……すぐに掃除おわらせるから」 「うん、お願い」 いち早く立ち直ったすずの言葉に、いい口実が出来たと飛びついた。 「てめぇの部屋くらい、てめぇで何とかしろっ、いいな?」 「え? 麻生くっ、きゃっ」 バケツを拾おうと屈んだ腕をとって、引きずるように居心地の悪い状況から抜け出した。 ドアが閉まった音にようやく手を離すと、二人同時に息を吐き出した。 床に投げ出した雑誌をテーブルに放り、そのままぐったりとベッドに倒れこむ。 「妙なところ見られちゃったね」 「あぁ」 「……瀬伊くんの部屋の掃除」 「自分でやらせりゃいいんだよ。あいつらおまえに頼りすぎなんだって」 「でもそれでお給料もらってるんだし」 「おまえのそういう所、マジで凄いと思うぜ? けど、やっぱさ、なんか複雑っつーか」 「なにが?」 きょとんとした顔で立ったままのすずに、そういえば俺の部屋には他に座れる場所がなかったと思い出し、場所をあけた。 少し笑って端に腰掛けると、返事を待っているように覗き込まれる。 「おまえの気持ちを尊重してぇって思うけど、もっと休んで欲しいとかも思うし」 ……それと、出来るだけあいつらから引き離しておきたい。 頼まれれば嫌と言わないのをいいことに、あれこれ用事を作り出すやつらから。 嫉妬してるなんて恥ずかしくて言えねぇけどさ。 「その……体きつくないか?」 「平気、平気」 心配を吹き飛ばすような笑顔になると、証明するつもりなのか袖をまくって力を入れた。 「ほらね、そんなに柔じゃないって」 そんでも強く握ったら折れそうに細いじゃねぇか。 いつも元気に動き回ってるから、そうは意識してなかったけど……華奢なんだな。 「それに麻生くんが、いつも気にかけてくれてるから」 「は?」 「さっきみたいに、何かあったかって飛んで来てくれたり、料理手伝ってくれたり……」 次々と挙げられる例に顔が赤らんでいく。 「だから全然きつくなんかないよ。いつもフォローしてくれてありがと」 「ったりめーだろ、一応……俺たち付き合ってんだし」 付き合って、という自分の言葉に、今すずが俺のベッドに座っているという事実を意識しだした。 見たらヤバイって頭の中で警告音が鳴り始めるけど、嬉しそうに笑っているすずに自然と視線が惹きつけられる。 「……すず」 体を傾けると、ベッドからきしんだ音がした。 カチッと長針が動いた音に、溶けてくみたいな囁きで名前を呼び返される。 少しほつれている髪を耳にかけて、そのまま頭の後ろを支えると、すずの目がゆっくりと閉じていった。 「好きだ」 表情を見られてないという安心感からか、照れくさいセリフもすんなりと言える。 添えた手にほんの少し伝わるくらい頷いて、目を閉じたまま唇が動いた。 「あたしも、好き」 数センチ先で待っている唇から出た言葉も、気持ちも全部、吸い込んで閉じ込めておきたい。 静かな息遣いだけが部屋の中に響いてる。 自分の中から聞こえる心臓の音の方が、よっぽど大きく聞こえるくらいだ。 腕に力を入れると、二人の距離が急に縮まって……。 陽気なリズムが流れ出し、たぁ……? 「なっ」 「あっ」 同時に目を開けると、瞳孔まで見えそうな近さで目があった。 襲ってくる照れくささに同時に体を離すと、真ん中で鳴り続けている正体を見下ろす。 「……一哉くんだ」 「ほっとけよ、仕事の時間は終わったじゃねぇか」 「うーん、後で叱られるから」 想像がつくと言いたげな顔になると、出るまで止みそうにない携帯をポケットから出し、軽く咳払いをしてから耳に当てている。 ……仕方ねぇ。 すずの横顔を見ていると、ときどき頷きながら困惑の色を浮かべはじめた。 パタンと閉じると、首をかしげて唸りだす。 「どうした?」 「大至急コーヒー、だって」 それが唸るほどの事か? いつもと同じじゃん。 タイミングの悪さに唸りたいのは俺の方だ。 「さぼった分、残業だって。どういう事なんだろう?」 さぼっ……た? 言葉の意味を理解しようと動き出した考えが、また鳴り始める音楽にさえぎられる。 「依織くんだ」 「なんで、あの人まで」 無言のまま不思議そうに首を振ると、閉じたばかりの電話をまた開いて、頷きながら話をしている。 「僕もコーヒーをお願い、だって」 僕も? 示し合わせた用件におかしいと思う間もなく、さっきとは別の音が鳴り出した。 「今度は俺かよ」 なんなんだ、ったく。 苛立ちをぶつけるように指で弾いて開くと、浮かんだ登録名に一瞬で答えが閃いた。 「おい、てめぇ! どういうつもりだ」 “いきなり大声で怒鳴らないでよ” 「てめぇが仕組んだのはわかってんだよ」 “やだなぁ、人聞きの悪いこと言わないでくれる?” 「……っの野郎」 黒い羽をチラつかせながら、笑いをこらえている顔が目の前に浮かぶ。 “羽倉が自分で掃除しろっていうから、ちゃあんと頑張っただけ” 「それで、何で、御堂や松川さんが」 “松川さんはどうか知らないけど、ふふっ、一哉なら僕が掃除してるの見て驚いてたからさ、説明しておいた” その説明にどんな脚色がされてたか、想像するだけで目の前が暗くなりそうだった。 御堂のことだから、それを聞いてすぐに悟ったに違いない。 残業だとか、口実つけて邪魔しやがって……くそっ。 まるで見てたようなタイミングも、計算の上かよ。 松川さんまでくだらねー策略に乗るなんて、そんな事する人じゃねぇって思ってたのに。 “羽倉のいう通り、自分で掃除した方が楽しいね” くすくす笑う声に歯軋りしながら携帯を閉じた。 「瀬伊くん……だったの?」 「あぁ、あの野郎マジでむかつく」 「そんなに怒るような事いわれたの?」 理由を知らずに、俺の剣幕に驚いて目を丸くしている。 説明できるか。 あいつら皆おまえに気があって、俺との仲を邪魔しようとしてるんだよ、なんて。 「……なんでもねぇ、気にすんな」 「そ、そう?」 こいつの鈍さで矛先が全部、俺に向けられてる。 「じゃあ、頼まれたコーヒー用意してくるね」 「手伝う」 「え? いいよ、あたしの仕事……」 「いいから手伝うって」 矛先を変えてたまるか。 こいつと付き合ってんのは俺だ。 思わず、ドアに向かいかけてる体を引き止めて、素早く抱きしめる。 「ん……」 唇が薄く染まって、印を刻み込んだみてぇだ。 一度だけのつもりが、その色に惹きつけられて、もう一回と誘われる。 「すず」 これで今日は諦めるから……そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと顔を近づけていくと、すずの手の平が応えるように優しく胸に添えられた。 「……麻生くん」 甘い声で名前を呼ばれて、言い聞かせている心があっさり挫けそうになる。 「確かに僕の部屋でいちゃつくな、とは言ったけどさ」 「んなっ」 「きゃあ」 割り込んだ声に熱湯を浴びせられた気がして、二人同時に飛び退いた。 いつの間にか音もなく開けられていたドアの向こうで、黒々した羽が目に見えるほどの笑顔を浮かべて一宮が立っている。 「瀬伊くんっ」 「勝手に開けてんじゃねぇっ」 「だってあんまり遅いんだもん。あ、鈴原さん、僕はココアね」 こいつは……どこまでも邪魔するつもりか。 「一宮ぁ」 とっさに掴んで投げつけたクッションが、ドアの内側に当たって落ちた。 閉まる直前に、満足げな顔をしていたのが怒りを増幅させる。 「と、とりあえず……キッチン行こうか」 「おぅ」 ただこいつを好きになっただけなのに、なんで、こんなに毎日苦労しなきゃなんねぇんだよ。 「……じゃあ」 それでも頭を抱え込みたくなる手をそっと繋がれて、あっさり怒りが解けていくのが不思議だった。 |
あとがき
あの3人を敵にまわしたら・・・どうなるのかと考えてみた話
かなり邪魔される予想
ガンバレ麻生、負けるな麻生