はじまりはいつも


 屋上へ通じるドアをあけると、一陣の風が体に絡み付いてきた。
 両手でカゴを持っているせいで、抑えられない髪の毛が顔の回りで舞い、一瞬目の前が閉ざされる。
 あまりにも爽やかな風に、暴れる毛先をどうしようか悩むことを止め、顔を空にむけて秋を堪能した。
 シミだらけの雑巾や何故か血痕がついたシャツと悪戦苦闘していたから、首筋に張り付いていた髪が自由になって少し気持ちいい。
 喉をならしながら目をあければ高く澄んだ青がまぶしくて、あっという間に服が乾くかなーなんて計算しながらカゴを置いた。
 無造作に手にしたシャツをパンッと一回鳴らすと、沈んでいた気持ちに渇をいれられたようで自然と背筋が伸びる。
 考えなくても勝手に動く腕にまかせて、次々と洗濯物の山を崩しはじめた。


 一枚一枚、横へ列を伸ばす服がはたはたと鳴るのが、まるで内緒話をしてるみたい。
 さわやかな風の中で、色とりどりサイズもばらばらな服たちの会話を小耳に挟みながら、また一つ仲間に入れてあげる。
 夏の燃えるような暑さの下とは違って、本当に気持ち良さそうにはためいているのを見てると、あたしも嬉しくなってきちゃう。
 本来、秋は好きな季節。
 美味しい食べ物がいっぱいで、今日は何を作ろうかなって考えるだけで楽しくなる。
 そのせいで体重計とにらめっこして後悔する羽目になっても、季節の風物詩と思えば悪くない。
 それをいったら、春も夏も冬だって好きな季節。
 その時期しか味わえない、楽しい事がいっぱいあるじゃない。
 超がつくくらい現実派の一哉くんが聞いたら“幸せな頭だな”なんて、嫌味の一つも言われそうだけど、麻生くんなら……。
「しらないっ」
 とっさに浮かんだ名前を大声で打ち消して、しわが残る洗濯物に感情をぶつけはじめた。
「なんで、あんな薄情な人っ、の事をっ」
 苛立ちを受け取るたびに、悲鳴のような音をたてて舞う服をハンガーにかけ、次の犠牲者を物色すると一枚のシャツが目に飛び込んできた。
「きれいにしてあげたんだから、ちょっとくらい八つ当たりされてもっ、許してねっ」
 胸の中で渦巻く不満をぶつける相手がいないんだから、その人の服が代わりになってもいいじゃない。
 我ながら無茶苦茶な理屈だと思うけど、八つ当たりって行為がそもそも理屈じゃ片付けられない感情のはけ口なんだから、仕方ないじゃない。
 あたしだって、本人に言えれば……言う機会があればちゃんと文句いうよ。
 でも肝心の相手がいないんじゃ、こうして気を紛らわせるくらいしか出来ないんだから。
「まったく! どこでなにやってんのよっ」
 空と同じきれいな青い色のシャツが、また悲鳴をあげた。
 秋は衣替えの季節。
 この制服の半そでシャツも、あとは半年間クローゼットの中で出番を待つだけ。
 次に着るときは、3年生……祥慶最後の夏になってて、進路をどうするかなんて話題でもちきりになってるかもしれない。
 世間一般の感覚からズレてるけど祥慶には祥慶の空気があって、親が決めたお見合いだの帝王学を学ぶための留学だの、皆それなりに進路で悩むんだから。
 まだ1年生の夏実や遊洛院さんだって、将来を真剣に考えてる。
 あえて口にしないだけで、お金や地位があるからこそ悩みが深いって事を、先生として生徒として理事長秘書として……いろんな立場で祥慶に関わったから余計に知ってる。
 あたしみたいな一般人で、もう親に甘えられない人生とは違って、後ろ盾が大きければ大きいほど思い通りにできなくて悩んだり、反発したりするのを目の当たりにしてきた。
 その筆頭が、彼氏なんだもん。
 麻生くんの人生なのに、本人の気持ちよりも銀行や家の思惑が優先されるのはオカシイって、あたしも思う。
 だから応援してきた。
 お姉さんとは和解してきてるって聞いたけど、まだ複雑な問題が山積みになってるみたい。
 みたいとしか言えないのは、全部あとになってから聞かされるから。
 付き合ってるんだから、もう少し途中経過っていうか、これからこうしようとかどう思ってるっていうのを教えてくれてもいいのに、のけ者にされてる気になってしまう。
 あの薄情者の恋人は、アメリカでビリヤードのプロになるってずっと言ってるけど、心の底から応援できないのはなんでなんだろう?
 あたしの方が薄情なのかな?
 でも、麻生くんの向かう未来には、あたしが入る隙間がないんじゃないかって気持ちになってしまうから……。
 応援できない一番の理由は、不安、なんだと思う。
 このまま付き合っていても、いつか二人の道がわかれてしまいそうで、いつかは別れを切り出されそうで。
 だからこそ、少しでも一緒にいて、いろんな事を話して、隙間を埋めていきたいのに。
「どこほっつき歩いてんのよー!」
 秋空に叫び声が吸いこまれて、かわりに呆れたと言いたげな風が返事をかえしてきた。





 収まらないモヤモヤを抱えたまま、空になったカゴと階段を降りようとした耳に、遠くから低い爆音が飛び込んできた。
 見なくても分かる。
 あの音は麻生くんだ。
 少し特徴のあるエンジン音、ギアを変えるときの癖、同じ屋根の下で暮らしているって理由だけじゃなくて、もっと気持ちの深いところでわかってしまう。
「ふぅん、今日も朝帰りですか」
 それが何だか悔しくて、詰る言葉が口をついて出てしまう。
 いくら聞いてもダチと……とか、バイクで流してた……なんて、その場限りの適当っぽい言い訳を繰り返して一週間連続で朝帰りされれば、文句の一つも言いたくなる。
 はじめは、ビリヤードしてくると出かける回数が増えた。
 付き合いだしてから、多分……気を使って回数を減らしてくれてたから、あたしも少し遠慮して笑顔で見送っていた。
 それが、あっという間に週1回が2回になって、いつの間にか晩御飯すら後でと別になっていった。
 いまさら一緒に居てって言い出せなくて、でも、見送るのも辛くなっていくあたしには全然気がついてくれなくて。
 そのうちにビリヤードだけじゃなくて、いろんな理由が増えていって、この一週間は数分でも顔をあわせれば良い方だ。
 挨拶もそこそこに部屋にいっちゃう麻生くんを追っても、もう寝ちゃってたりして、ろくに会話も出来てない。
 麻生くんはそれで平気なんだっておもうと、寂しさよりも悲しさに押しつぶされそうになるから、きっとなにか理由あってのことなんだろうって自分に都合のいいことばかり想像しちゃうけど、確実に一つは断言できた。
 いまの麻生くんは何かを隠してる、それは間違いない。
「あんまり、彼女の勘を甘くみないでよね」
 近づくバイクに今日はどんな言い分を聞かされるのか、燻る不満を噛みしめながら階段を降りる。
 なんで本当のことを話してくれないんだろう?
 どんな事でも、隠されるよりはっきり言ってくれた方が嬉しいのに。
 裏表のない麻生くんが、なにか隠してるってだけで更に胸の奥がモヤモヤしてしまう。
 ──でも、それを直接ぶつけられないのは、疑念より不安が大きいせい。
 やっぱり不安なんだ。
 あたしと付き合いだすまで、麻生くんは女の人を信用できないと公言して憚らなかった。
 あたしだって女なのにね。
 だから、まだあたしも信用できないと思っているのかという恐れが、口を閉ざしてしまう。
 それにもし訊いたとして、その通りなんて言われちゃったら立ち直れないかもしれない。
 付き合ってるのに。
 好きだって、言ってくれたのに。
「なのに、さ」
 なのに……この状態が続くのが不満だなんて、あたしってワガママだ。
 麻生くん本人がハッキリしてくれれば、あたしもこんなに不安にならなくて済むのに。
 自分は待ってるだけで事が解決して欲しいだなんて、更にワガママだ。
 どんな顔で会えばいいのか、どんな顔をしてあたしを見るのか、後ほんの数分でわかるのが少し怖い。
「頑張れ、あたしっ」
 どこまでも落ちて行きそうになる気持ちを鼓舞して、滑り落ちそうになるカゴを持ち直した。





 穏やかに、けんか腰にならないで、何で出かけてばっかりなのかちゃんと訊こう。
 不機嫌な顔しないで、笑って挨拶すれば会話の糸口が見つかるかもしれない。
 出だしが肝心だもんね。
 心の中で拳を握って廊下を一歩一歩踏みしめると、足音で気がついたのか、ふと顔をあげた麻生くんがいつもと変わりない様子で小さくあたしの名を呼んだ。
「おかえり」
「ん、ただいま」
 努めて貼り付けた笑顔の端が、軽く引きつっているのを自覚しながらも、意識して明るい声を出すと 上機嫌な挨拶が返ってきた。
 朝帰りの後ろめたさを、微塵も感じさせないほど。
 笑顔、笑顔……心の中で言い聞かせても、唇の端が引きつっていくのがハッキリとわかる。
「……なんだか、上機嫌だね。いい事でもあったの?」
「いい事っつうか。いや、なんでもねぇ」
「へぇ」
 こめかみがピクリと浮くのまで分かった。
「……出かけてた理由と関係あるの?」
 言ってよ、お願いだから。
「そのうちな」
 また、だ。
 なにも教えてくれない。
 何を考えてるのかわかんない。
 あたしは……ずっと悩んで、さっきまでだってさんざん考えて、なんとか不安を打ち消せれば、って努力してたのに。
 どうして、麻生くんは話し合うって事をしないの?
 いつも自分だけで結論を出しちゃって、あたしには何も……相談すらしてくれない。
「あたしの存在って何なのよ」
「は?」
 問い返す短い言葉に、頭の中の言葉が漏れていたと気がついて息を呑んだけれど、溢れる感情は吐き出す息と一緒で止められなくなっていた。
「なんでいっつもそうなの? 何にも話してくれない! 麻生くんがなに考えてるかわかんないっ」
 目の前にいろんな色がぐちゃぐちゃと迫ってきて、驚いている麻生くんの顔を覆いつくしていく。
「そのうちっていつよ!? 麻生くんがその気になるまで、あたしは何も言わないで待ってなきゃダメなの? そんなのおかしいよ」
「それは」
「今日だって、どこで何してたのか隠さないで言ってみてよ。嘘つかれるのが一番いやっ」
 何かを言いたげに口を開くその顔を鋭い語気で押し込めて、つもり積もっていた鬱憤をぶつけるよう止まらない言葉を一気に吐き出して、剣幕に呆然としている様子から覚めないうちに……背を向けた。
「おい、待てって」
 開きつつある距離の中、背中ごしにかけられる声を無視して駆け出してから、行き先をどうしようかほんの少し悩むなんて、あたしも相変わらず行き当たりばったりだと思いながらドアを叩きつけた。





 カチッと時計の針が真上に戻り、あたしの気持ちも何回目かの堂々巡りへ入り始めた。
 不満と自己嫌悪、苛立ちともどかしさ、悲しさと申し訳なさ、相反する気持ちが入り混じって抱え込んだ膝にため息が染み込んでいく。
 自分でもどうすればいいのか、振り上げた手を降ろせなくなってしまって、閉じこもってドアをあけられなくなってるのは半分意地に近い。
 追っても来てくれない恋人への、意地。
 かけられた言葉を無視して自分がドアを閉めたくせに、いくら待ってもノックの音が聞こえなくて、そのうちかわりに馴染んだバイクの音が耳に届いて、心が凍ってしまった。
 あんなに感情をぶつけたのに、また出かけてしまうなんて本当に薄情者。
 なのに好きで好きでしょうがないんだから、恋愛感情って訳わかんない。
 素直に寂しいって言えばよかったのかな?
 どうせ照れくさがってはぐらかされるからって決め付ける前に、一緒にいて欲しいって言えばよかった?
 言わなくても分かって欲しいって思うのは、勝手な希望にしかすぎない……よね。
「……バカ」
 後からああすれば良かったって後悔しても遅いって知ってるのに、当たり前だと思っていた毎日が、ある日突然、終わりを告げるかもって痛いほど分かってるのに、本当のことを聞くのが怖いからって不満を押し込めて何になるの。


 麻生くんのことで後悔なんかしたくない。


 湧き上がった強い感情に、脚を押さえつけてた腕をほどくと立ち上がって膝を叩いた。
 着歴が夏実たち友達ばかりになりつつあった携帯電話を開いて、一つ深呼吸をしてから勢いよく閉じる。
 電話じゃなくて、直接話をしなきゃいけないって声が、胸の中からするから。
「あたし、彼女だもん。彼女の勘がどこまで通じるか試してみようじゃない」
 ウジウジ考え込むなんて、あたしらしくない。
 ぶつかって、それでダメなら、その後どうすればいいのか考えればいい。
 ドアを開けると、風に押されるようにして駆け出した。





 他にも麻生くんが行きそうな場所はあるのに、どうして一番はじめにここに来てしまったのか、理由なんてなかった。
 ただ必死で走って、気がついたらここに来ていた。
 後先考えない無謀さを笑うか、本能的な感覚を褒めるかは、時間がたってから決めればいい。
 街路灯の支柱に寄りかかって息を整えると、そこかしこで楽しげにしている人の群れをぼんやり眺めた。
 昼間の公園は喧騒に包まれているのに穏やかで、なにも悩みがなさそうに見える。
 何度も来た場所は、いたるところに思い出の影があって、重ねたフィルムのように捜し求めている人影を映し出しはじめた。
 無意識にここへ来ちゃったのは、はじまりの場所だからだったのかもしれない。
 友達だとおもっていた人を好きだと気付いたのが何時かわからなくても、あたしだけじゃなくて麻生くんもそう思っていてくれたと知ったはじまりの場所。
 友達から恋人に変化したはじまりの場所。
 相談しあったわけじゃないのに、それから自然とここに来る回数は増えていった。
 麻生くんを探すスタートに、ここ以上相応しい場所はない。
 塩気を含んだ重い風を吸い込みながら、遠くで響く汽笛と何処からか聞こえる賑やかな音楽に耳を済ませていると、やがて、じゃりとアスファルトを踏む靴音が飛び込んできた。
 振り返って見なくても分かる。
「……すず」
 そう呼ぶのは、一人しかいないから。
「はは、は」
 吐いた息に気の抜けた笑いが乗って、全身から力が抜けて行きそうになるのを必死で抑えた。
「家にいないって知って、真っ先に探しに行こうとおもったのが、ここだった」
 あたしもだよって言いたいのに、喉からは空気が漏れるようなしゃがれた音しか出ない。
「ごめん」
 短い謝罪に、喉の奥から漏れそうになる嗚咽を堪えるのが精一杯になってしまう。
「悪かった」
 重ねて謝られて、ぶっきらぼうなセリフでもそれが心からの物だって、悟る。
 返事をしなきゃと思うのに、探す事に夢中で自分がなにを言いたいのかわからないままだったと今さら気がつくなんて。
 開いては閉じる唇の下で、いくつもの言葉が消えていってしまう。
「自分の気持ちでせいいっぱいで、おまえがどんな想いしてんのか考えてやれなかった」
 とつとつと繋がる言葉は、あたしがずっと望んでいた麻生くんの気持ちなのに、会話にすることができない。
「おまえには笑ってて欲しいのにさ、てめぇで泣かせてりゃ意味ねぇよな」
 そっとかけられた手が、振り向けないでいたあたしを静かに動かして、ばつの悪そうな顔がにじんで見えたとき初めて自分が泣いていると気がついた。
 おそるおそる伸びてきた指が拭った目尻が、風をうけてひんやりと感じるまで、流れ続ける涙はあったかいままだから気付かなかったんだ。
「ほんとに、ごめん」
 拭う指がすごく優しくて、温もりが久しぶりで、どれだけこの手を求めていたのか気持ちが溢れてとまらない。
「さみしかった、んだから」
 もっと伝えたいことはあるのに、張り詰めていた心が……虚勢を張っていた心が解けていくのとあわせて、素直でワガママな言葉がでてしまう。
「あたしは必要とされてないんじゃないかって、不安で」
 添えられたままの指がぴくりと震えたと思った直後、温もりが全身に広がって、一呼吸分遅れて強く抱きしめられたのだと頭が反応した。
 押し付けられた胸の下で響く鼓動に被って繰り返される謝罪は、ほとんど囁きに近かったけれど、直接胸の奥に届いて凍っていた心を溶かす勢いを増していく。
「いつだって、おまえが必要だから」
 だったらどうして? と口にしなくても伝わったのか、だからともう一度ささやいて更に抱きしめる力が強くなった。
「ずっと隣にいて欲しいって、いつも思ってた。言葉じゃなくて目にできる……形があるものにすればいいんじゃねぇかって思いついて、そしたらいてもたってもいられなくなっちまって」
 形、というのが何を指すのか、懐かしささえ感じる麻生くんの香りに包まれて麻痺しつつある頭の中で、ゆっくりと形が姿を成していく。
「親や家に頼らねぇで、どうしても俺だけの力で贈りたかったんだよ」
 話の道筋がどこではじまって、どこへ向かおうとしているのか見えないのに、期待と興奮が入り混じる中ではっきりと輝きを増していく形が浮かび上がってくる。
「照れくさいっつうのもあったけど、おまえが断るんじゃねぇかって不安もあってさ、隠してた。」
 言葉にならない会話の先を切実に望んで、垂れさがっていた腕を強く強く回し返す。
「ビリヤードとか言ってたけど、実は」
 頭一つ分上から注がれる声は少しかすれていて、なのに迷いがないと感じてしまう。
「ダチの店で働かしてもらって……」
 一呼吸おいてゆっくりと体がはなれていき、なにかを取り出す腕が映画のスローモーションみたいだなんて、ぼんやり思っている思いをキラキラと輝く光が貫いた。
 目を瞬いても、いろんな感情をのせた顔の下で、燃えてるんじゃないかってくらい真っ赤な光を宿した指輪は消えることなくそこにある。
「溜まった分で買ったから小せぇけど。今朝、おまえの態度で自分がバカやったって気付いて、さ。給料の3ヶ月分ってわけじゃねぇけど、これでも精一杯なんだよ」
「ルビー……? 7月の……あたしの、誕生石」
「そういうもんなんだろ? こういうのって」
 麻生くんが誕生石がついた指輪の意味を知っているとか、内緒で用意していたとか、驚くことはいっぱいなのに驚きすぎて再び声が失われてしまう。
「もっとマシなのにしたかったけど」
 ぶんぶんと首を横にふって無言の意味が不満じゃないと表現すると、ちゃんと伝わったらしくホッとした笑みが返ってきた。
 細められた眼差しとはにかんだ口元の笑顔が、良く知ってる麻生くんそのもので、あたしまで何だかホッとしてしまう。
「これ買うために、内緒でバイトって」
 大銀行の御曹司なのにという言葉を飲み込んだのは、実家との関係で括られるのを嫌っていると知ってるからよりも、嬉しさで続かなかったから。
 あたしの為にって、嬉しくて嬉しくて……。
「なのに、あたし酷いこと言った」
 自分の不満ばかり、会えない寂しさだけに囚われて見えない物を探そうとしなかった。
 何も話してくれないと文句を募らせても、なぜと考えることをしなかった。
 隠し事してるのを薄情だと切り捨ててたあたしが、一番の薄情者だった。
 麻生くんは言葉より態度で現す人だって、ずっと近くに居たのになんで思いつかなかったんだろう。
「俺が黙ってたんだから、当然だって。言われなきゃわかんなかっただろうし」
「でも」
「そうならないよう努力するけど、これからも俺が間違ってると思ったら、はっきり言ってくれ」
 これからもという言葉をうけて、指輪がまたきらりと光った。
「あたしで、いいの?」
「おまえじゃなきゃ、ダメなんだ俺」
 遠まわしでそっけない、だけど世界一かけがえのない約束の言葉自体が、キラキラと光の束になって胸の中に降り注いで積もっていく。
「だから、受け取って欲しい」
 断るなんて選択肢、今も……これからもない。
 これからもいっぱい喧嘩するかもしれないけど、お互いがお互いの事を想って、気持ちが繋がってればきっと大丈夫。
 差し出した左手の先で、大好きな笑顔が待っていた。

あとがき

書いてる途中で麻生モノローグが発売されたから
猫百匹お得意の『想像していたのと話の流れが変わった』話
またの名を『思いつくまま風にふかれて』話

そして、またむぎを泣かせてしまった
そこまで泣かすの好きか私
いじめっこ理論みたいですが、むぎ大好きなんですマジで

タイトルどうしようかと悩み、いろいろ考えてみましたが
「最初は……違う。はじまりは、いつも……ここから?」
と思った瞬間
「かなしいときーーーーー」が浮かんだので却下
ぶった切って“はじまりはいつも”に落ち着きました
センスないなぁ