落雷センセーショナル -Type pure-


 モニターが黒に戻る瞬間と同時に背中を伸ばすと、知らず知らずのうちに強張っていた体に心地よさが走って口から呻きがもれた。
 時間を確認して、それも無理ねぇなと納得する。
 今日もちょっとだけ、のつもりがこのザマだ。
 浮かんだ欠伸を噛み殺すと、浮かんだ涙で目じりがやけに熱く感じた。
「……いってぇ」
 ごしごしと無造作に拭き取って、まだ強張っている肩を鳴らす。
 そんでも、きっと明日も同じ事をくり返して止められねぇのは、新しく開いた扉の先があまりにも広いからかもしんねぇ。
 なんとなく手をつけた世界だけど、網を通して繋がる先は無限大で惹き込まれちまう。
 限られたバーチャルな世界だとわかっていても、閉塞感や息苦しさがない世界は魅力的で虜になる要素を多分にはらんでいた。
 一見、難解な専門用語も慣れてしまえば簡潔で、物理の方程式にも似た面白さがある。
 生まれ持った性格なんだろうな。
 いくらでも解釈のできる語学なんかよりも、正しい方法を当てはめればただ一つの正解が出る教科のほうが圧倒的に好きだし、自然と成績もいい。
 こういうところは祥慶に放り込んでくれた家族に、素直に礼が言える気がする。
 なにしろ祥慶にはありとあらゆる設備が揃っている。
 それも、本当にココが学校なのかと目を疑う一流のもんばかりだ。
 ま、通っている生徒も世間からはそう思われてんだから、学園側としたら当たり前の対応ってつもりなんだろう。
 それに祥慶に通うほどの生徒だって、整いすぎてる施設もあてがわれた設備もふつーは疑問にすら感じねぇお家柄ってやつだ。
 紹介がなければ門をくぐる事すら出来ないという世界は、いくら季節が変わっても群れの色を変えようとはしない。
 どこを向いても同じで息が詰まる。
「……ってた、だな」
 なにをしてもイライラして、抜け出そうともがいて、それでも結局は毎日同じことの繰り返しで……いつも腹の奥に不発弾を抱えている気がしてたのに、おもわず過去形に言い直すほどいつの間にか捉え方が変わっていた。
 祥慶は相変わらずなにも変わっちゃいねぇけど、前ほど嫌な感じはしない。


 変わったのは俺のほうだ。


 あいつに会って、俺は確かに変わった。
 他の女は未だに苦手っつーか得体が知れない生き物だと思うけど、あいつだけは特別な場所にいる。
 祥慶に通ってなきゃ、すずとも出会ってなくて、いまだに不満ばかり抱えて生きてた。
「……って、なに考えてんだよ、俺」
 はっと我に返り、恥ずかしさで顔が熱くなった。
 こんなん考えてたなんてあいつらに知られたら、何を言われるかわかんねぇって。
 ただでさえ“女嫌いと公言していたのは嘘だったんじゃないか”と、やっかみ半分の嫌味をいわれてんのに。
 邪険に扱っていた相手とくっつくとは夢にも思ってなかったんだろう、まるで俺がズルをしたとでも言いたげな視線が毎日、矢のように突き刺さる。
 特に──すずといる時は。
 あいつら、人格いくつあんだよ?
 祥慶で見せる表の顔と、すずへの態度、俺の扱い……バカにしてんのかってくらい違う。
 この御堂家に入ったとたん仮面を脱ぎ捨てて、偉そうに指図したり、笑顔で脅迫たり、人のことオモチャに……くそ、ムカつく。
 例え誰が相手でも態度を変えないのは、すずだけだ。
 あいつって実はすげぇ大物じゃねぇか?
 あの御堂に平気で言い返す……どころかケータイ投げつけた事もあったよな?
 松川さんを足にしてスーパーに買い物いく女なんて、日本……いや、世界中であいつくらいだろ。
 一宮の悪戯にことごとく引っ掛かるけど、たまに一緒になってこそこそと何かを仕掛けてたりする……それに引っ掛かっちまうのは全部、俺だ。
 一宮の悪ふざけには腹が立つけど、すずが現れる前の家ん中はぴりぴりした雰囲気が充満してて、顔を合わせても互いに挨拶すらしなかった事を考えりゃ、嘘のように平和で落ち着いてる。


 ──そういや、遅ぇな。


 いつもならそろそろ顔だす頃なのに……仕事、忙しいのか?
 口には出さなかったけど、なんとなく習慣になった、寝る前の会話を心待ちにしていた。
「麻生くんっ」
「うわっ」
 今日はなにを頼まれてたのか、キッチンのホワイトボードを思い出しながら様子を見にいこうと立ち上がった瞬間、どこかで視てたんじゃねぇかってくらいのタイミングですずが飛び込んできた。
 確かに、この時間に俺の部屋に来んのはおまえしかいねぇんだから、勝手に入って来いよといった事はあったけど、ここまで派手な登場するとは思ってもなかった。
 いつも小さくノックをしてから薄くドアを開いて顔を覗かせるのに……なにかあったのか!?
「ん?」
 落ち着いてよく見た姿に目を疑う。
「どうしたんだよ、おま……ずぶ濡れじゃねぇか」
「お使いの帰りに急に降られちゃって。家を出たときはいい天気だったのに、すごいドシャ降りでビックリしちゃった。あ、それよりゴロゴロいってたから雷きちゃうかも」
 全身にバケツの水をひっくり返したような格好をしてんのに、それよりと……とあっさり話題を変えて、見えない外の様子を伺うかのように視線が天井をそわそわ彷徨いだしてる。
「まだそんなに近くじゃないみたいだけど……いつ落ちるかわからないし」
「なにそんなに慌ててんだ? それより、早く着替えたほういいって」
「だって!」
 まっすぐに向けられた視線は、やけに真剣な色を帯びていた。
「まえに麻生くん話してくれたじゃない。パソコンに雷は天敵なんだって」
「おぅ」
「だから、もし知らないで使ってる最中だったら大変だと思って! 麻生くんの部屋、窓ないし」
「そりゃ、ここ地下だからな」
「これは大変っておもって、とにかく早く教えないと! って……あ、あれ?」
 説明すんのに一生懸命で、肝心の俺がパソコンを立ち上げてるのかどうか、やっと気がついたすずは口をぽかんと開けたままその場に立ち尽くした。
「なぁんだ……」
「さっきまで使ってたけどな」
「あたし、大騒ぎしちゃったね……あ、ノックもしてなかった、かも」
「んなこと気にすんなよ。心配して駆けつけてくれたの、マジで嬉しかったし」
 気が緩んだのかほっとした顔になったすずが、小さく笑い声をあげた。
 そういう笑い声を、鈴を転がすっつうんだっけか?
 祥慶に通っている女たちみてぇに、本心から笑ってんのか解んねぇ笑い方と違って、すずは感情そのままに笑う。
 本人は気がついてねぇんだろうけど、機嫌がよけりゃ笑い声も大きくなるし、愛想笑いのときは誤魔化したつもりでも口元が引きつってる。
 そういうとこが……すげーいいと思う。
 裏表がなくて信用できる。
 だから、好きになったんだけどよ。
「急に真剣な顔して、どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ」
 今日の俺、どうかしてんな。
 さっきからおかしな事ばっか頭に浮かぶ。
 照れくさくて口が裂けても言えねぇようなセリフを、だれかが勝手に吹き込んでんじゃねぇかってくらいだ。
「あ、もしかして、まーた先走って大騒ぎしたって呆れてる?」
 思わず伏せた視線の意味を勘違いしたのか、拗ねた声で問いかけられた。
「ちげぇって。んなこと思ってねぇよ」
「うん、麻生くんがそういう風に思う人じゃないって知ってる」
「……からかうなよな」


 くすくすと響く、好きな笑い声に釣られて視線が勝手に惹きつけられる。
 そして、すぐに……激しく後悔した。


「麻生くん?」
「べ、別になんでも」
「ふーん……じゃあ、あたし部屋に戻るね。なんか冷えてきちゃった」
「ん」
 すずの全身は雨のせいで服が張り付いたままで、透明度を増したシャツがほんのりと肌色に透けている。
 それどころか、見えてはいけないモノまで浮かびあがってた。
 気が、ついて……ねぇのか?
 いまさら意識すんなと自分に言い聞かせても、目に焼きついちまった光景は容赦なく本能を攻撃してくる。
 喉が鳴っているのをバレないよう慌てて顔を逸らす前に、すずが自分の体に腕をまわして立て続けに二回くしゃみをした。
「あ、あぁ、そうだな。早くしねぇと風邪ひいちまう」
 裏返りそうになる声をなんとか押し込めたけど、平静を装った声は不自然にかすれちまってる。
「着替えたら、また来てもいい?」
「おぅ、もちろん。ほら、早く着替えてこいよ」
「うんっ、じゃあね」
 くるりと振り向いた背中にも、うっすらと──横に線が浮かんでいて、目のやり場に困る。
 普段からけっこう露出が多くて、男だらけのこの家にいんのにまったく意識していないとこを心の奥で苦々しく思ってたけど、よ。
 本人が気にしてないのに、まさか“そういう目線で見ちまうから”とは言えずモヤモヤしてる自分を試されてんのか?
 あいつらも気にしてねぇみたいだし、俺だけ、なのかよ。
 つか、あいつらの場合、気にしてないというよりは……。


 ──……ん?


「ちょ……っと待った!」
「え?」
 嫌な予感に襲われて、開きかけてたドアをすず越しに押さえると、驚いて振り向いた顔が目と鼻の先で固まった。
「ど、どうしたの、麻生くん?」
「その格好で……あ、いやっ、どうせまた俺の部屋に来んなら、俺のシャツ貸した方が早ぇんじゃねぇじゃって思って」
「でも」
「でも、じゃなくて。とにかく頼むから」
 眉根をよせて首をかしげてるすずが、俺の態度を不審がってるのは雰囲気で伝わってきたけど、まさか理由を言える訳ねぇだろ。
 その格好のまま部屋に行く途中で、他のやつらにばったり会ったら……心配してるなんてよ。
「う、うん……わかった」
 戸惑いの色を浮かべながらも頷いたすずにバレねぇよう、シャツを探すために背を向けながら長く息を吐いた。





「これで、いいか?」
 一番初めに目に付いたシャツを突き出すと、腕をさすっていたすずがほっとした顔で受け取った。
 雨で蒸し暑さを増してるとはいえ、濡れた服のまんま突っ立ってりゃ体は冷え切ってるはずだ。
 乾いた服に着替える時間も惜しんで……俺のために。
 じわじわと大きくなる気持ちが、胸の奥を熱くする。
 寒い思いをしてるすずに“悪ぃ”と心の中で謝って、ノブに手を掛けた。
「じゃ、俺は部屋の外に出てるから」
「へ? なんで」
 驚いて振り向く俺を、すずは相変わらず無邪気な顔で真っ直ぐ見詰めていた。
「なん……って、おまえ着替えるのに俺がいたらマズイだろ」
「そうなの?」
 何がマズイのかわからないという表情で首を傾げられると、信頼されてんのか、そこまで考えてねぇのか、俺までどっちなのかわかんなくて頭が痛くなっちまいそうだ。
「ドアの前にいるから、終わったら声かけてくれよ」
 信頼、されてるとしたら……裏切るわけにはいかねぇって。
 同じ部屋ん中で、すずが“俺の”シャツに着替える──想像しただけで落ち着いてらんねぇのに、実際に見ちまったらどうなんのか……自信なんてこれっぽちもねぇ。
「ちょっと、後ろ向いててくれるだけでいいのに」
「そういうわけにもいかねぇんだよ」
 音だけになったら、余計に意識しちまうだろ。
 俺だって男だ。
 好きな女が目の前にいれば触れてぇって思う。
 それだけじゃすまなくなる可能性のほうが明らかだってのに……同じ部屋にいろって、拷問かよ?
「喉、かわいたからついでに飲みもん持ってくる。おまえも体冷えてんだから、なんか温かいのあったほういいよな」
「ありがと、優しいね麻生くん」
 優しい、か。
 前の──すずと出会う前の俺なら、こんな気持ちに戸惑うこともなかった。
 そんだけ変わった……すずが変えた。
「は……やっぱ、すげー大物だな」
 ドアを閉めると同時に、苦く乾く口からぼやきが漏れた。
 疚しさと対極にある満面の笑みで釘を刺されたら、なんもできねぇのを見透かされてんのか?
「しょうがねぇ」
 扉一枚のむこうで着替えてる姿を頭から追い払いながら、口実だった飲み物を探しにキッチンへ向かった。





 自分の部屋のドアをノックするという違和感にぎこちなさを残しながら開くと、袖をまくっていたすずが照れた顔で立ち上がった。
「麻生くんの服、おっきくて……子供のころお父さんの服で遊んでたこと思い出しちゃった」
「そっか、悪いな。俺とおまえじゃサイズ違いすぎるから」
「ううん、なんか嬉しい……かも」
 膝までかかる裾を気にしながら、ソファーベッドの端に腰掛ける姿は本当にガキのようで、つられて笑いながらマグカップを差し出した。
「これで良かったか?」
「うわぁ、いい匂い。ココア?」
「あぁ、おまえ好きだろ」
「うん、ありがとう」
 受け取って覗き込んだすずが、これ以上ないほど嬉しそうな顔で笑う。
「あれ? でも、麻生くんのは?」
「俺はそれ作るあいだに飲んできたから」
 ……もともと喉がかわいたと言い出したのは口実で、想像してもすぐに蘇る光景に本当に喉が渇いたのも冷たい水を何度も飲んだおかげでとっくに治まっていた。
「あたしだけ、いいの?」
「俺のせいで風邪ひかせたくねぇし」
「なんで、麻生くんのせい?」
「濡れた服、着替えてからでもよかったのに、俺が雷の話したから気を使わせただろ」
「それはっ……その……そこまで考えがいかなかったというか」
「おまえらしい、な」
 血相を変えて飛び込んできた様子を思い出して笑いをこらえながら視線をむけると、複雑な顔をして眉を寄せるすずと目が合って、同時に吹き出した。
「なにが起こったのかってビビッたぜ。すっげー勢いで」
「だって、早く教えなきゃって、それしか頭になかったんだもん」
「雷が……って話したの、よく覚えてたな。俺いつ、んな話したっけ?」
「いつだか忘れちゃったけど、麻生くんが話してくれた内容はほとんど覚えてるよ」
「マジかよ」
「うん。すごく楽しそうに話してくれるから、なんだかあたしも嬉しくて……あ、難しい専門用語は覚えてないからほとんどってわけじゃないか」
 好きな話題になるとつい夢中になっちまう俺を、怒るでも呆れるでもなく嬉しいと笑うすずに意識を奪われた。
 自分でもいつ話したのか忘れちまってることを覚えててくれた、それが胸を貫かれるほど嬉しいのは俺のほうだってのに。
「おまえって、すげーよな」
 何度目かわからない感嘆が、口をついて出る。
「そ、そうかな?」
 女なんてと目の敵にしてた俺をここまで変えて、まったく気がついてねぇってとこも……なにげない行動一つにドキドキさせられて、知らなかった感情に振り回されてんのに、それを嫌だと思わせねぇとこも……こいつの存在そのものが心の底からすげぇって感じる。
「キス、したい」
「え? ……あ」
  会話の中に込められたすずの気持ちが自制心をあっけなく吹き飛ばして、膨れ上がる欲求に返事もきかないまま、身を屈めた。
 唇に残る甘さが、頭の芯を痺れさせる。
 苦手だった甘ったるさも気にならねぇなんて、どこまですずに変えられてくのかわかんねぇな。
 この先、どんだけ変えられたとしても……嫌だと感じることはねぇんだろう。
 唇を離したすずが恥ずかしいと小さく笑う様子をみながら、んなことを考えてたなんて口にできないと……すずが感じている以上の恥ずかしさに顔が熱くなった。

あとがき

麻生目線で甘い話を……と思いまして
書き終わっての率直な感想は

恥 ず か し い(笑)

だからタイトルもここぞとばかりに恥ずかしくしてみました
そして、Type pureということは、もちろんType viciousもございます
途中からのアペンドストーリー
書き終わったら裏創作ページにアップします