二人だけの特別
58……59……。 ジャストのタイミングで、鳴り出す前にアラームを止める。 「結局……徹夜かよ」 眠れないままゴロゴロしていたせいで、ぐちゃぐちゃになった毛布を引き剥がすと体を起こした。 一晩中、堂々巡りを繰り返した頭がハッキリとするまで、髪を掻き毟る。 「あーーー……ったく」 何でこんな事を徹夜してまで悩まなきゃいけねーんだよ。 自然に、呼びたいように呼べばいいじゃねーか。 付き合うようになったからって、急に……。 腕と胸に、昨日の感触が蘇る。 俺にとって人生を賭けたっつっても良いくらいの一世一代の告白。 あいつはそれを受け入れてくれた。 思わず抱きしめた体の感触が、忘れられなくて眠れなかった。 あいつはいつでも全力で突っ走っていて、なのに抱きしめた肩は予想以上に華奢だった。 薄くて、柔らかくて……男とは全然違う。 「あーーーー、なに考えてんだ俺は」 リアルに思い出した感触に打ちのめされて、再びベッドに倒れこんだ。 大事なのはそういう事じゃねぇんだって。 順番ってやつがあるだろうが。 その順番のはじめをどうするか、些細なことなのに一晩考えても結論は出なかった。 今までどおり“鈴原”っつうのもなぁ……御堂もそう呼んでるし。 かといってアイツらみてーに“むぎちゃん”や“お姫様”なんて、口が裂けても言えるかっての。 名前を呼び捨てにすんのも……。 「どうすっかなぁー」 ぼんやりと天井を見上げながら呟いても、一晩で答えが出なかったものが急に解決するはずもなく、部屋の中にぼやきが響いただけだった。 仕方がねぇ。 考えても結論が出ない事を、これ以上あれこれ悩んだってどうしようもない。 そんなんで時間がつぶされるより、早く会いたかった。 女に対して1秒でも長く一緒にいたいとか、一目顔を見たいとか、そんな気持ちを自分が持つようになるなんて不思議な気もする。 けど、誤魔化しようがねぇほどあいつに惚れてるし、それを受け入れたって事はあいつもそう思ってくれてると信じたい。 同じ家に住んでんだから、帰ってくればいつでも顔を見ようとすれば出来るのに、それでも足りないと思うほどただ会いたい。 あいつも、もう起きだして朝飯の準備をしてる筈だ。 まずはキッチンに行ってみっか。 んで顔を見てから、自然となるように任せるしかねぇ。 勢いをつけて起き上がると、しわになった服を脱ぎ捨てて新しい服に袖を通した。 やっぱここにいたか。 キッチンからカチャカチャという音が漏れている。 「おーい、鈴……」 声を掛けながらドアを開けると、つま先立ちになっていた体がぐらっと揺れて、スローモーションみたいにゆっくりと崩れだした。 「…………っぶねー」 間一髪で受け止めると、足元でくわんくわんと喧しい音が鳴った。 「おまっ、何やってんだよ」 「麻生くん……あ、オムレツ作ろうと思って……ボウルが足りなかったから、ここにしまってたの出そうとして」 開いたまんまの頭上の扉から、整然と片付けられた食器たちが見下ろしていた。 「だからって、椅子つかうとかしろよ」 「手を伸ばせば大丈夫かなーって、えへへ」 「あのなぁ、ボウルだったから良かったものの、あれとか頭にあたったらコブじゃ済まねーぞ?」 「う、うん……だね」 「ったく、そういう時は俺を呼べよ」 「そりゃ麻生くんなら楽勝だろうけど、あたしだって女の子の中じゃ大きい方なんだよ?」 「それはそうかも知れねーけど」 他の女と比べてどうかなんてわかんねぇ。 けど、いま腕の中にいる体は酷く小さくて、頼りなさ気で、守ってやりたいという気持ちが浮かんでくる。 すぐに誰かに甘える性格じゃねぇってわかってんのに、こういう時とっさに頼りにされないのが悔しかった。 それで怪我をしていたかも知れないと思うと、自然と腕に力が入る。 「麻生く……ん?」 「あんま心配させんなよ、これからはちゃんと椅子を使うか……俺に頼むとかしてくれよ」 「うん、わかった……ありがとね、受け止めてくれて」 下から見上げられて礼を言われた瞬間、昨日の光景が頭に浮かんできた。 「麻生くん顔まっか」 「……うるせー、おまえもだろーが」 指摘されなくても、腕の中で恥ずかしそうに顔を赤くしているこいつと同じくらい、耳まで熱く感じるほど赤くなっているのは鏡を見なくてもわかる。 「あのよ……」 「はいはーい、お取り込み中悪いんだけど」 口を開いた瞬間、背後から飛んできた声に水をぶっかけられた気になった。 目で見るより先に、一番考えたくない可能性が揃っているのを感じる。 ぎしっと音が鳴りそうなほど固まった首をまわすと、絶望的なほどの光景が待っていた。 「うわぁあ!! お、お前ら何見て」 「あれだけ騒々しい音がすれば、気になって確認しに来るのは当然だろう」 「情熱的だね、麻生……見直したよ」 視線を投げかけられて、抱きしめたままの腕を慌てて外す。 「朝から凄いもの見せられちゃった。あの羽倉がねぇ」 「う、うるせぇ! ……つか覗きなんて趣味わりぃぞ、てめぇら!」 「開いているドアから中を見るのが覗きとは言えないだろう」 「そんな事も気に掛けないほど……成長したね麻生」 「1回キレちゃうと止まんないタイプ? 怖ーい……むぎちゃん気をつけなね?」 空になった腕が震えるほど拳を握り締める。 「てめぇら〜〜〜面白がってんじゃねぇ!」 「大の女嫌いだったおまえが鈴原を抱きしめている。これ以上面白いものが他にあるか?」 「偶然の不可抗力を利用するとはね、僕も驚いたよ」 「案外、手が早いんだねー……むぎちゃん後でスタンガン貸してあげる」 「バッ……一宮!!」 「それより、鈴原。朝食の時間に遅れるなよ」 「簡単でかまわないよ、お姫様……動揺して包丁を持つ手が震えたりしたら危ないからね」 「ふふっ、オ・ム・レ・ツなら卵を割るだけだもんね……楽しみにしてるね、むーぎちゃん」 言いたい放題、好き勝手話すと戻っていくやつらの背中を睨み付けた。 「あ、あはは……皆に見られちゃった」 「マジで勘弁してくれよ」 さっきまでとは別の理由で赤くなっている顔を誤魔化すように、足元に転がったままのボウルを拾い上げる。 そのままシンクに向かうと、恥ずかしい気持ちまで洗い流す勢いで蛇口を捻った。 「卵」 「はいっ?」 「たーまーご。俺も朝飯つくるの手伝う」 「え、いいよー。あたしの仕事だもん」 「いまダイニングに行きたくねぇんだよ」 「そっか、じゃあお願いしよっかな」 ぱたんと扉が開く音に続いて、“一哉くん……依織くん……”声に出して数を合わせながら取り出す音がする。 「これ以上持てないや、麻生くんそっちのボウル貸して」 「ん」 「……っと、一人2個で足りるよね」 「あぁ、いんじゃね?」 なんとなく視線を合わせづらい空気を、フライパンの準備をしながらやり過ごす。 バターを一欠けら放り込むとボウルを手にする。 「あのね、麻生くん」 「な、なんだよ」 「さっき嬉しかった」 「なっ……」 割ろうとしていた卵が手の中で潰れた。 「大丈夫? 殻で切ったりしてない!?」 「いや、平気」 ほぐすまでもなく見事に崩れた中身をボウルに避難させて、粉々になった殻をゴミ箱に放り投げてから手を洗う。 “さっき”の内容が生々しく残る手を擦りながら、顔を合わせるのを先延ばしにしていた。 「いままでは鈴原、だったじゃない? けど……」 「けど?」 「すずって呼んでくれたのが、なんか……あぁ付き合ってるんだなーって実感して」 「すず……って」 そりゃドア開けた瞬間に倒れそうになってたから、驚いて途中で止まってしまっただけなんだけどな。 「ね、もっかい呼んでみてよ」 「はぁ? 呼べって言われて急に出来るかよ」 「お願い」 「…………ず」 「聞こえないよー」 きゅっと蛇口を捻ってから、勢いをつけて振り向いた。 「すず」 「はいっ」 はじめて二人だけの特別な呼び方に答えるすず、の顔は……すげー嬉しそうで、呼んだこっちまで嬉しくなる顔をしてる。 一晩かけて悩んだ問題の答えは、拍子抜けするほどあっさり解決した。 「……すず」 「はーい」 「すず」 「麻生くん」 他のやつらとは違う呼び名が、こんなに嬉しくてどこかくすぐったくて、何度呼んでも足りねぇくらいクセになる。 「あのさぁ、僕、いい加減おなかすいたんだけど」 「一宮っ!!」 「止めに入らなきゃ、いつまでたっても朝ごはん出てこなそーなんだもん」 「わぁったから、あっちで大人しく待ってろ!」 「はいはい、それはそうとフライパン、大丈夫?」 「え?」 「きゃ、大変!」 火にかけたまま忘れていたフライパンから、焦げたバターの香りが立ち昇っていた。 「じゃあよろしくねー、アツイお二人さん」 「るせぇ!」 ひらひらと手を振りながら消えていくのを確認してから、だめになったバターを洗い流そうとフライパンを降ろす。 「ったく、あいつら人をおちょくりやがって」 「瀬伊くん、凄く生き生きしてたね」 「あぁ」 「けどそれも嬉しいかな? その度に麻生くんと付き合ってるんだーって思えるから」 「そんな呑気なこと言ってっと、調子に乗るぜ? あいつら」 「うん、いいよ」 「いいのかよ」 「うんっ、見せ付けてやればいいじゃない」 「おまっ……すず」 「なぁに?」 にこにこと言い放つすずを見て、俺はとんでもない女に惚れたんじゃねぇか……なんて今更のように思った。 |
あとがき
ゲーム中だと次の日からいきなりサラッと愛称で呼んでくる麻生
だから
捏造にもほどがある話ですが
彼はそういうささいな事で悩みそうな性格だと思うのですよ、猫百匹は
3人にいじられる麻生、大好きです