チョコよりも宣言は甘く


「羽倉さま……い、今……なんと仰いましたの」
「そんな、わたくしは……私は信じませんわっ」
 耳を塞ぎたくなるほど甲高い声が、俺の周りで渦巻き始めた。
「嘘ですわよ、ね?」
「だって、だって、そんな」
 通り過ぎるやつらが、取り巻いている女たちの手にしたものを見て、何事だって顔から一瞬で納得していく。
 ……やっぱ、今日はサボれば良かった。
 祥慶についたとたんにこのザマだ。
「そんな嘘をつかれるほど、ご迷惑ですか? わたくし、羽倉さまの為だけを想って一生懸命つくりましたのに」
「わたくしだって! 最高級の材料を取り寄せましたのよっ」
「せめて受け取ってくださいませ」


 やけに目をギラつかせて詰め寄ってくる女たちを、辟易しながら一瞥した。
 あー……うるせぇ。
 なんて言われたって、一度口に出した言葉を取り消すつもりなんかねぇのに。


「なんで俺が嘘つかなきゃなんねぇんだよ。繰り返すけど、義理だっつってもさ、彼女いるからソレは受け取れねぇ。行くとこあるから、じゃあな」


 静まり返った廊下の角を曲がったと同時に、背後からつんざくような悲鳴と奇声が聞こえて、足の動きはますます早まった。





「今日の主役みーっけ」
 わざわざ振り向かなくても、笑いを含んだ声の主が誰かすぐにわかった。
 回り込んできた一宮は、これ以上ねぇってほど何か企んでいる顔をしている。
「なにが言いてぇんだよ」
「ふぅん、サボって筋トレ? ほんと羽倉って体育会系」
「……喧嘩売りにきたのかよ」
「ううん、熱愛発覚の羽倉さまに突撃インタビュー」
「発覚って、てめぇらは知ってただろうが」
「けど今まで外で言ったことなかっただろ? 急にどういう風の吹き回しかと思って」
「そんでわざわざ健美棟まで……ヒマ人」
 ゆっくりと息を吐きながらバーを戻すと、ウエイトががしゃりと耳障りな音をたてた。
 にやにやと笑う一宮の顔を横目で見ながら、傍に置いておいたタオルを首にかける。
「僕も逃げてる途中なんだよね。まさか僕がここに来ているなんて、誰も思わないでしょ」
「あぁそうかよ、だったら心ゆくまで隠れててくれ、じゃあな」
「一人もつまんないから相手しなよ。羽倉で我慢してあげるから」
「はぁ? 我慢されてまで何で付き合わなきゃいけねぇんだよ」
「ほんとに、何で急に宣言する気になったわけ?」
 慣れたとはいえ、腹ただしいほどのマイペースさにこめかみが浮く。
 祥慶用の笑顔を崩さない一宮は、ベンチプレス用のシートに腰をかけてバーを爪で弾きだした。
 無視して出て行こうとした足が、その音で自然ととまる。
 むかつくほど同じリズムで響くあたりが、正直すげぇと思うけどよ。
 絡んできたくせにシカトか!?
 どさっと向かいのベンチに座り込んでその仕草を見ていると、ようやく自分のしている事に気がついたのか、さっと腕を組んで真剣な顔になった。
 その目つきが、曖昧な言い訳なんかじゃ納得しねぇって言っている。
 俺と一宮以外に人影がなく、がらんとしたトレーニングルームに妙な沈黙が訪れる。
 お互いに無言のまま睨み合っていると、ふいに薄茶色の視線が冬の光を受けて猫のように光った。
 ったく、めんどくせぇヤツ。
 このまま意地でも居座るつもりかよ。
「……こそこそするつもりがねぇってだけ」
「一年以上たって、ようやく?」
「今までだって隠してたわけじゃ」
「ふぅん? その辺の解釈の違いはどうでもいいけどさ、なにも今日にしなくても良かったんじゃない?」
「聞かれたから答えた、そんだけ。丁度いいきっかけだったんだよ。いつかはハッキリ言おうって思ってたんだし」
「相手がどんなにショックを受けても? バレンタインデーに振られるって最悪じゃない?」
「逃げてる途中って、自分から言ったやつに言われたくねぇ」
「僕はそういうキャラだから。キャアキャア言ってる女の子達だって、それわかってるんだし」
「はっ」
 おもわず渇いた笑いが出た。
 それ以外に返事をしない俺を、妙に真面目な目で見つめながら、黒い羽を隠した妖精は口を開く。
「けどさぁ羽倉を好きだっていう子は、真剣な場合が多いんだよね」
「知るか」
「羽倉さ、ここんとこ女の子とマトモに話すようになったから、余計に期待してただろうに。もっと気持ち汲んであげたら? ひっどい男」
 理不尽な非難を我慢すんのも限界だ。
「勝手に期待されて、勝手に落ち込まれても、俺がどうにかできる問題じゃねぇだろ。俺にとって一番大事なのはアイツの気持ちで、アイツがどう思うか、どうしたら喜んでくれんのかって、それしか頭にねぇんだよ。彼女いんのかって聞かれたから、いるって答えた。アイツのことで嘘なんかつけるか」
 一気に捲くし立てたると、放っておいた上着をつかんで立ち上がる。
「俺は帰るぜ。おまえは好きなだけ逃げ回ってろ」
 目を丸くして固まっていた一宮は、はっと夢から覚めたように顔を振りながら、後を追って立ち上がった。
「入り込む隙間なんか無いって事、ね。そう……お惚気ごちそうさまー」
 次に視線が合ったとき、一宮はいつものどこか一線を引いている顔で笑っていた。
「僕も帰ろうっと」
 じゃあねーとひらひら手を振って消えていく背中を、ため息をつきながら見送る。
 いきなり絡んできたと思ったら、いきなり消えて、相変わらず訳がわかんねーやつ。
 追いかけて問いただしても、ああいう顔をしたら最後、絶対に本音を吐くやつじゃねぇ。
 そんくらいは長い付き合いで理解していた。
 ……長い。
 あいつと、あいつらと知り合ってから、あっという間に季節が変わって、今日は二回目のバレンタインデーだ。
 酷いといわれようと、頭の中は自然とすずで埋められる。
 電源をきっていたケータイを引っ張り出すと、かけなれた番号を見もせずに押す。


「あ、俺…………待ち合わせの時間すこし早めたくてさ。大丈夫か?」


 弾む声に“じゃあ”と返して、バイクの鍵を真上に放り投げてから、しっかりと受け止めた。





「麻生くーん」
 んな思いっきり手を振らなくても、どこにいたって直ぐに見つけられんのに。
 笑いながら駆け足で近寄ると、白い息が二人の間で重なった。
「よっ、待ったか?」
「ううん、いま来たとこ」
「悪かったな、急に時間かえたりして」
「それはいいんだけど。麻生くん、授業は?」
 教師になりきっていた時の声と顔で、ずいっと距離を縮めながら見上げられる。
 すずが手にしたバッグと紙の袋が脚に当たる感覚に、つい向けそうになる視線を堪えて、じっと返事を待つすずにしぶしぶ口を開いた。
「……サボった」
「ダメだよ、もうすぐ卒業なのに」
「もうすぐ卒業だから、いいんだよ。授業だって無いようなもんだし、今日はもともと健美棟に行くだけのつもりだったし」
「それでもダーメ」
 ……んだよ。
 俺はたった二時間でも、それだけおまえと一緒にいる時間が増えるって、浮かれて飛ばしてきたってのに。
 サボった理由も聞かねぇで。
「あたしだって、嬉しいよ」
「え……あ、俺」
「ふふっ。声に出してた」
「うわ、カッコ悪ぃ」
「そんな事ないって、嬉しいのは本当。ただね」
「ん?」
「学校って勉強するだけの場所じゃなくて、もっといっぱい、いろいろあるでしょ? 友達と会ったりとか。卒業したら、そういうのも難しくなるじゃない」
「……あぁ」
 そっか。
 そうだよな。
 すずは、そうゆうのの大事さを身をもって知ってんだよな。
「わかった。明日からはちゃんと出る」
「よろしい」
 澄ました顔で言ったあと、ふっと緩んだ顔につられて一緒になって笑い出す。
 そのまま自然と歩き出しながら、どちらからともなく伸ばした手を繋いで、冬の公園に溶け込みはじめた。
「平日の昼間だってのに、結構、人おおいな」
「あたし達もそう思われてるよ、きっと」
 犬の散歩をしている老人と、子供連れの母親、そして……俺達と同じ……。
「恋人同士の日だもん」
 足を止めずに、視線だけで言葉を交わす。
 この日を一緒に過ごせるのがどんだけ幸せか、繋いだ手を一生離したくねぇとか、口には出来ないけど、嬉しそうに笑うすずに伝わってると信じたい。
 すずが笑ってると、俺まで笑い出したくなる。
 この笑顔のためなら、何でも出来るって思わせてくれる。
 手に力が入ったのがわかると同時に、さらに距離が縮まって、腕に頭がくっついた。
 冷たい風も気にならないほど、触れ合っている部分が熱くなる。
 周りに人がいなかったら、そのままキスしちまいそうだ。
「えっと……さ、歩きづらくねぇ?」
「ぜんぜんっ」
 有言実行とばかりに、もっとしがみついてくる。
 犬のリードから視線をあげたバアさんが、くすっと笑って通り過ぎていった。
 傍から見ればバカップルそのもの、だよな。
「恥ずかしい?」
「わかってて、やってんだろ……ったく」
「えへへ」
 寒さのせいじゃなく赤くなった顔を誤魔化すように、前だけを見て脚を動かす。
 そんでも……腕を振りほどこうなんて、考えもしなかった。





「……でね、夏実がそう言ったら、遊洛院さん怒っちゃって」
「相変わらずだなー、おまえら」
「でも本気で怒ってるわけじゃないし、すぐに仲直りしたもん。今度3人で新しく出来たカフェに……」
 会えない間を埋める、他愛のない話で盛り上がりながら、遊歩道を目的もなくただ歩く。
 踏み出すたびにすずが持った袋が脚に当たって、カサカサと音がしていた。
 中身は、きっとアレだ。
 俺が欲しいと思う、たった一つの。
 ……ただ一人の。
「どうしたの?」
「あ、いや何でもねぇ」
「うん……? そのカフェがね、すっごく話題になってるとこなの。デザートが美味しいんだって」
「女ってほんと好きだよな、甘いもの」
「麻生くんは苦手だもんね」
 すずの視線が一瞬おとされる。
 また袋がカサッと揺れた。
「苦手っつっても、まったくダメわけじゃねぇし、自分で買ってまで食いたいとは思わないけど、その」
 これじゃ丸っきり催促じゃねぇか。
「あ、ほら前に一宮にねだられて作ったやつ、あれくらいなら」
 一度、動き出した口は、意思に反して止まらない。
「おまえの作ったもんなら、どんなのでも美味いと思うしさ」
 慌てる俺とは対象的に、きょとんとしていたすずの肩が小刻みに震えだした。
「ね、麻生くん、ちょっと休もうか。ちょうどあそこにベンチあるし」
「だな」


 真夏なら、空が見えないくらい葉が茂っているだろう木々の間に、ひっそりと置かれたベンチに腰掛けると、ほどいた手の平が風を受けて余計に寒さを感じた。


「……これ」
 すずとの間で揺れていた袋を差し出される。
「バレンタインのチョコレート……ちゃんと甘さは控えて作ったから」
 照れて笑うすずよりも、俺の方が何倍も緊張してた。
「実は、どう切り出そうか悩んでたんだ」
「は? なんでだよ!?」
「今年は一つも受け取らないみたいだよ、って聞いたから」
 ……あのやろう、わざとぼかして伝えやがったな。
「一宮だろ、いつ電話あった?」
「うーん、家を出たあたりかな? あれ……あの時間ってことは瀬伊くんもサボってたんじゃん」
 わざわざ俺のところまで来て、さんざん絡んで帰ったあとか。
「今日は朝から一日サボってたと思うぜ、あいつも」
「あ、そっか。無理もないだろうな、瀬伊くんの本性みんな知らないから」
 御堂んちで同居してた時に、いやってほど見せられている本性を思い出してんのか、少し遠い目をしてくすくすと笑っている。
「ずっと追いかけられてたんだろうね。麻生くんも大変だった?」
「俺は別に」
「え? だって麻生くんモテるし」
「彼女いるから、受け取れないって……言った」
「え、えー!?」
「なっ、そんなに驚くなよ」
「だ、だって、そんなこと言ったら祥慶中パニックになっちゃったんじゃないの!?」
「な……る訳ねぇだろ」
 どこを歩いていても、ひそひそと囁く声がまとわりついてはいたけど、よ。
「義理でも受け取りたくなかったんだよ。おまえ以外から貰う気なんか初めからねぇし、そもそも隠してるつもりなかった」
「義理じゃないと思うんだけど……でも、あたし、てっきり」
「ダチには紹介してただろ、ジョージとか。祥慶のやつらには、今まで聞かれなかったから言ってなかっただけで。おまえまで誤解すんなよ」
「あたしまで?」
「一宮が絡んできてさ、おまえのことをわざと隠してるみたいに言いやがって」
「……そっか」
「……あぁ」
 力が抜けたように、膝におとした袋を見つめていたすずが、ふうっと息を吐いた。
「ちょっとビックリしちゃった……麻生くん、そういうの嫌がると思ってたから」
「おまえの事で嫌な思いなんかしねぇよ、絶対に。世界中の人間つかまえて、すずが俺の彼女だって言いふらしてぇくらい」
「……反則」
 俺いま何か悪いこと言ったか?
「麻生くん、あんまり、その……好きとか言葉にしないのに、ときどき凄い口説き文句いうんだもん」
「く、口説きって……」
 突拍子もないすずのセリフに、かっと顔が熱くなる。
「でもすごく嬉しい。そういうとこも全部、好き」
 はにかんだ笑顔で見つめ返す方が、反則だって。
 そういう何気ない仕草とセリフが俺にどんな影響を与えるか、いまだにまったく気がついてねぇんだから。
 言葉にすんのがそんなに嬉しいなら……。
 見つめるすずの視線で、ふっと一宮の顔が浮かんだ。
 あの視線の意味……あぁ、そうなんだろうな。
 けど手放すつもりなんかないぜ?
「俺も好きだ」
 照れくさいセリフもすんなり言えるほど、胸の中が熱くなった。
 まだ春は遠い風すら感じない。
 隣に座るすずと、ベンチに置いた手にほんの少しあたる体だけが、今この世界の全てだって感じるくらいだ。
「おまえと付き合ってて、どんだけ嬉しいかとかさ、あんまり口にしねぇけどいつも思ってる」
 付き合う前は、いや……知り合う前はこんなに毎日が楽しくなるなんて想像もできなかった。
「……反則だってば」
「じゃあもう言わねぇようにする」
「だめっ……あ」
「うわっ」
 とっさに出た言葉を閉じ込めようとしたのか、口に手をあてようとした拍子に膝の上の袋が転げ落ちそうになって、同時に受け止めた手が重なった。
「危なかったぁ、麻生くんのために作ったのに、渡す前にだめになるとこだった」
「たとえ地面に落ちたとしても……」
「えっ?」
 目の中に俺がいるのがハッキリわかるほど、近い距離で見上げられて理性が飛びそうに……なる。
 一回だけなら、いいよな?
「麻生く……んっ」
 ……もう一回だけ。
 跳ねる語尾に暴れそうになる衝動を押し込めて唇を離すと、驚いて固まっていたすずの唇がふわっと崩れた。
 視線を泳がせてはにかむ顔が、嬉しそうに笑う。
 何度見ても飽きない笑顔につられて笑い返すと、胸に袋を押し付けられた。
「あ、改めて……これ」
 保留されていたチョコを受け取ると、手の中で幸せがカサカサと鳴った。
 間抜けな笑い声が出そうになる口を一度引き締めてから、ようやく手にした袋の中を覗きこむ。
「開けてもいいか?」
「うん」
 器用に包まれた箱を取り出して、思わずしげしげと見つめる視線の端に、緊張した顔で様子を伺っているすずが映った。
「あのね、甘さ控えめにしたくてビターの」
「ストップ」
 すずが俺のために用意してくれたチョコの感動を、自分の目で先に確かめたかった。
 期待で震える指先に力を込めてリボンを解くと、甘さだけじゃない香りが溢れだす。
「……すげぇ」
 店で売ってると言われても信じられる。
「アーモンド?」
「そうなの。ビターチョコでくるんで、ココアパウダーをまわりにね」
 口に含むと、カリッと音がして、すぐにほろ苦い甘さに舌が包まれた。
「マジでうまい」
「ほんと!? よかったぁ」
「おまえって何でも作れんだな」
「そんなことないよ」
「これ、来年も頼むぜ」
 気が早いって笑われるか?
 ほんとは来年だけじゃなくてさ、一生ってリクエストしたいくらいなんだけどさ。
「もっちろん、いいよっ」
 当たり前って声音で笑い飛ばすすずに、またキスをしそうになって……慌ててもう一粒つかむと口に放り込んだ。

あとがき

微妙にセカンド瀬伊風味で

麻生の話はほんとうにサクサク進みますわ
あぁ、愛ですね

冬の公園デート・・・麻生っぽいかな?と
二人には寒さなんて入り込む余地ないんですよ、きっと
猫百匹は真っ平ゴメン、コタツ死守です
でも麻生に誘われたら・・・
あぁ、愛です

何はともあれ
スイート・バレンタイン!麻生&むぎ