漠然とした予感


 軽いノックに上の空で答えると、“入るよー”という声と共に鈴原が入ってきた。
「はい洗濯物。ここにおいとくね」
「あぁ、サンキュ」
 俺のやっていることが気になったのか、背後から覗き込んでくる
「ね、ねぇ、それっどうしたの? 折れちゃったの!?」
「おまえ……耳元で叫ぶなよ。あのなぁ、キューは元々こうなってんだよ」
 本当は声よりも、急に体が近づいたことを意識しちまったんだけど。
「へぇ〜知らなかったぁ」
 興味津々と言った様子でまじまじと見つめている。
「じゃねぇと持ち運びに不便だろうが。今は手入れする為に外してたんだよ」
「あ、ねぇコレは?」
 こいつ、人の話きいてんのかよ?
「……タップ。ほら、ここ。先についてるヤツ」
 古くなったタップを交換しようとしていたところだったから、他のキューを持ってきて違いが分かるように並べてみた。
「へぇ……こうなってるんだ。でも凄いね、麻生くん! 自分でやっちゃうんだ」
 何が凄いのかはわからないが、褒められたことに自然と気分がのってくる。
「まぁな、いちいち店に頼んでらんねぇし。それにこいつは体の一部みたいなもんだから」
「見てていい?」
「何も面白いもんじゃねぇぞ」
 そう言いながらも鈴原が座れるよう、椅子をあけてやった。





 時々あれこれと質問してくる鈴原との会話を楽しみながら、手先に集中している……はずだった。
 ここの加減一つがゲームに大きな影響を与えるってわかっているのに、隣に座る相手に何度も意識を奪われそうにそうになる。
 ようやく終わったときには、連続で何ゲームもした時よりも疲れていた。
「で、あとはボンドが乾くまでほっときゃいいだけ。終わり終わりっ」
 鈴原のほうを見ないようにして、慌てて道具を片付けはじめる。
「ありがとう。楽しかったよ!」
「お、おぅ……それなら良かったよ」
 交換したばかりのキューをラックに掛けて戻ってくると、さっき俺が持ってきたもう1本を手にして立っていた。
「あ、結構おもい……」
「それはブレイクショット用だから……ってお前なにやってんだよ!」
「何って……あたしもやってみたくなっちゃって。ねぇ構えってこんな感じでしょ?」
 見よう見まねにしては中々……って感心してる場合じゃねぇ!!
 前かがみになったことで、ただでさえ短いスカートがずり上がってとんでもないことになっている。
 その光景に頭を殴られたような感じがした。
「お、おまっ……いいから早くそれ返せよ!」
「麻生くんのケチー。教えてくれてもいいじゃん」
 ケチって……この状況で俺ほど寛大な野郎はいないっつーの!
 これがあの三人ならナニをされても文句は言えねぇんだって。
「あとで、ちゃんと教えてやるから、な?」
「うん、約束だよっ!」
 体を起こしキューを俺に手渡すと“じゃあ仕事に戻るねー”と能天気な声を残し、部屋から出て行った。
 ドアが閉まる音と同時に体がソファーからずり落ちる。
 ったく、勘弁してくれよ。
 あいつがオトコを意識しないで行動するのは、今にはじまったことじゃねぇけど。
 他のヤツらみたいに余裕でかわせる程、俺は免疫がある訳じゃねぇんだって。
 俺が手入れしてんのを見て興味を持った、だからマネしてみた……頭ん中が行動に直結している辺りが鈴原らしいっちゃらしいけど、それがどういう反応を引き起こすかくらい自覚してくれ。
 太ももまで丸見えの腰つき……目の前にさっきの光景がよみがえって髪をかみ毟った。
 あいつのことだから、約束したからには叶うまで教えろと言い張るだろう。
 あんな格好のままのあいつに、冷静に教えてやれる自信なんてこれっぽっちもねぇ。
 日本にもビリヤードの女性プロってのは結構いるけど、そのほとんどが首元まで閉めたシャツにパンツスタイルってのがどういう理由なのか……うまく説明しなきゃ“麻生くん、さいてー”なんて距離を置かれるのがオチだろう。
 かといって自分が上手く説明できないのはわかりきっている。
 どっちにしても八方塞りじゃねぇか……。
 ため息をつくとキューを手にしたままだった事に気が付いた。
「……なんだコレ」
 ラックに戻そうとして、ふと、さっき手入れをしたキューに目がいくと愕然とした。
 初めて自分で交換した時よりもひでぇ……。
 そんだけあいつを意識しちまってたってことかよ。
「やり直し決定だな……こりゃ」
 今度は失敗しないようにと願いながら、乾ききっていないタップを毟るとゴミ箱に放り投げた。

あとがき

ドライブ中に某CDを聞いていたら
「あぁ〜、これ麻生っぽい」「あれ?この曲も麻生っぽい」
と(笑)
その1曲目で妄想したのがコレです。
麻生、いじりやすくて好き。