透明な友情と
撞いた瞬間にミスったって解った。 案の定、微妙に軌道を外れたボールはポケット手前で弾かれ、むなしく転がる。 「……くそっ」 苛立たしい気持ちそのままに離れると、チョークを付け直した。 ずっと無言で遠巻きに見ていたジョージが、他の客のあしらいを終えてのんびり近づいてくる。 「荒れてるねぇ」 隣に腰掛けビンを差し出してきた。 無言で受け取り、軽く掲げて気持ちだけ伝えると一気に飲み干す。 「1ゲーム付き合おうか?」 「いや……いい」 どうせ今やっても結果は見えてる。 ボロ負けして、ますますイラつくのがオチだ。 こんなにつまんねー気分で撞いたのなんて初めてかもしれない。 今まではどんな事があってもひたすらビリヤードしてりゃあ、いつの間にかスカッとしてたのによ。 ビリヤードが嫌いになった訳じゃねえ。 ただ、それ以上に気にする事が増えたってだけなんだろう。 どうすればいいか、答えは簡単に出るって知ってる。 その簡単なはずの一言まで踏み出せないのは、捨てきれないプライドのせいだった。 「今日は空いてるし、好きなだけ遊んでオーケーだよ」 「あぁ」 何があったかなんて絶対に聞かないジョージの配慮に、心の奥で感謝しながらキューを手にまた立ち上がった。 台上に散らばるボールを片側に寄せ、同じポケットを目指して黙々と落としていく。 落ちたボールがレールを戻ってくる音が、いやに耳に響いた。 ゴトンと鈍い音がして、また一つ戻ってくる。 頭と体がバラバラになった感じだ。 考えてる事とは別に、体はなじんだ動きを繰り返している。 ビリヤードはボールをポケットに落としていくだけの、単純でわかりやすいゲームだ。 そんな単純さのどこが好きかって聞かれても、ただ好きなだけとしか答えらんねぇ。 どれだけ真剣に説明したって、この面白さをわからねーヤツと興味がないヤツには伝わらない。 すずの事も同じだ。 どこがとか部分的な問題じゃねぇ。 いつの間にか気持ちの中に入り込んで、気がつけばあいつのことばかり考えてる。 だからあんな事を言っちまった。 ……くそっ。 最後のボールがポケットから大きく外れ、勢いを消しながら手元まで返ってくる。 キューの先で止め、思いっきり撞き返すと跳ねるように消えていった。 その音と光景にスッとする。 やっぱ何があったって気持ちは変えらんねーんだよな。 「麻生……どうやら気が済んだみたいだねー」 薄目を開けると、目の前にひょうひょうとした顔のジョージが立っていた。 「こんだけやりゃあ、な」 店に入ってから既に四時間以上たっていた。 その間ひたすら一人で撞いていたせいで、右肩が違和感を持っているくらいだ。 とうの昔に客の姿が消えた店ん中で、壁に寄りかかるように座っている周りだけぼんやりと灯りがついている。 「閉める前に一ゲーム付き合わないかい?」 「そんな気力、残ってねーよ」 「らしくないねー」 ハハハーと笑い飛ばして、立て掛けておいた俺のキューを差し出しながら、何もかもお見通しだと言わんばかりの仕草で肩を叩かれた。 「バンキングは?」 「俺、まだやるって言ってねーんだけど」 「まぁまぁ」 ボールを山なりに投げ渡される。 「あぶねぇって……ったく、しょうがねぇ……一ゲームな」 散ったままのボールを寄せて、早くも順番を決める準備をしているジョージの背に返事をする。 「サンキュー」 顔を見なくても、その声でニヤッと笑ったのがわかった。 「それにしても……っと…………久しぶりだねー……あぁ外した……麻生とゲームするの」 ジョージとすれ違いながら台に向かい、的との距離を確認しながら会話をかえす。 「まぁな……いろいろあってよ……よしっ」 スッと一息吸って撞くと、まっすぐ伸びたレールの上を走るように手玉が進み、的を沈めた。 チョークを手に取りながら顔をむけると、その“いろいろ”が何なのか察しが付いていると眉で返事をされる。 「まぁ何があってもビリヤードが好きな麻生がみれて嬉しいよ」 「なにくせー事いってんだよ」 「違うのかい?」 「そうだけどさ……うわっマジかよ」 ラクに落とせると思った玉を外した。 「おまえが動揺させるからだぞ」 「ハッハー、いただき」 立て続けに二つ落として、目で探しているジョージにチョークを投げる。 「サンキュー麻生……うーん、引きが甘かったか」 「俺なら……」 サイドクッションを指差してから軌道を描く。 「こうするかな」 「それじゃーネクストがきつくなるだろー?」 「ドロウでこのあたりまで持ってくりゃいいじゃねーか」 勝負を越えてあれこれ話しながらゲームを進めていく。 やっぱ、こういう時間が楽しくて仕方ねーや。 強引にでも誘ってくれたジョージの存在をありがたいと思う。 気持ちを切り替えるのに、これ以上オレらしいやり方はないってわかってやがる。 くさってた理由も気がついてんだろうな。 それで俺がどうしなきゃいけねぇのかも。 「サイアクだよ……まさかここでミスるとはなぁ」 「俺の勝ち決定みたいだな」 「はいはい麻生の勝ちでいいよ……玉、片付けといて。何か持ってくるから」 「店のもん勝手に喰う気かよ、俺はいいって。これ落としたらすぐに帰るからよ」 「落とす……って。手玉、移動してナイン狙うので麻生が外す訳ないだろ、だから勝ちでいいって」 「あぁ、外さねぇ。けどなんかスッキリしねーじゃん?」 「らしいねぇ」 「だろ?」 俺らしい……か。 さっきまでらしくないって笑ってたくせに、よ。 気持ちの変化まで読んでるって事か。 長い付き合いだからこそ、それが不快じゃなかった。 ジョージのファールでフリーになった手玉を持ち上げ、ポケットとナインボールの延長線上に置く。 迷いようがない軌道をまっすぐ撞くと、音楽とざわめきがない店内に鈍い音が響いて、勝利の玉が吸い込まれていった。 「さてと、お開きにしますかー」 閉めたブラインドの隙間から差し込む朝日に目を向けながら、顔に似合わない日本的なセリフを口にするジョージに、番号順にボールを収めた箱を渡す。 大きく伸びをすると、張った筋肉が伸びて心地いい痛みが走った。 「悪かったな、店閉めた後までつき合わせて」 「何を言ってんだよ、付き合わせたのはオレだろ?」 最後まで理由を聞かなかったくせに、ニヤッと笑うとビンを二つ手渡された。 「これは奢りだよー」 「…………サンキュ」 ポケットに突っ込み、またな、といつもと変わらない挨拶をして店を出た。 昇り始めた太陽が冬の街を柔らかく包んでいる。 凍えた空気のなかで吐いた息がキラキラと輝いていた。 顔を合わせづらくて夜中に飛び出して朝帰りかよ。 すずと付き合うようになってから、久しぶりの行動に体が違和感を訴える。 あくびをかみ殺して玄関を開けると、自然と地下へ向かいそうになる体を宥めながら、階段を昇っていった。 この時間ならもう起きてて、運がよければ朝飯の準備にかかる前に話が出来るかもしれない。 昇りきったところですずの部屋のドアが静かに開いた。 「あ……」 「えっと……ただいま」 「……おかえり」 ぎこちない挨拶をかわしてお互いに動きが止まる。 「バイクの音、聞こえたから」 「あ、あぁ……ジョージんとこ行ってた」 「そっか」 廊下で話せるのはここまでの内容だ。 「ちょっとさ、話あんだ。すぐに済むから」 「うん、じゃあ」 一度は閉まったドアが大きく開けられる。 そんな些細な事にも内心でほっとしながら、後について部屋に足を踏み入れた。 またぎこちない沈黙が流れる。 口を開かない事には何も始まねぇし、変わらねぇのに、言葉を捜して頭の中がまわっている。 うまい言葉が見つからない。 いろんな単語が踊ってる。 「話ってなに?」 部屋の真ん中で、不安そうに立ち尽くしているすずの顔を見た瞬間、腕が勝手に動いた。 「あっ麻生くんっ!?」 「悪ぃ……いや、ゴメン」 「え?」 「昨日の事」 「あ……」 「つまんねー嫉妬してた」 腕の中のあったかさに、言葉が溢れてくる。 「おまえがあいつのこと気にすんのが……イヤだった」 何も反応が返ってこないうちに、慌てて言葉をつないでいく。 「だからってあんなこと言った言い訳にはならねーけど……ゴメン」 すずがあいつと会っていたのを目にした時の気持ちと、そのあとにぶつけた自分の言葉が蘇る。 その時にすずがどんな顔をしていたのかも。 いま胸の中で、どんな顔をしてる? 確かめたいくせに離せない。 「もうあんなこと言わねーから」 本音は、ずっとこうして腕の中に閉じ込めて、すずが他の男を見ないようにしたい。 意識を俺だけに向けていて欲しい。 自分にこんな貪欲な独占欲があった事に気づかされて、怖い気すらする。 それだけ惚れてるって……。 その気持ちは変えられねぇけど、それですずを悩ませてたら意味ねーって。 バカみてーに一人で撞いていた間に出た結論。 返事のように腕を回し返された。 「気にするって言うけど、心配なのは仕方ないの」 「……あぁ」 「でもね、九条くんに対する気持ちはそれだけ。他になにもないよ?」 「わかった」 「麻生くんへの気持ちはもっといっぱいで、ぜんっぜん違うんだから」 「わかった、サンキュ」 お互いを抱きしめる力が、自然と強くなった。 「さっきから気になってたんだけど……ポケットに何いれてるの?」 「あ、そうだ」 名残惜しい気持ちを封印して腕を放し、店を出る間際にジョージから渡されたビンを引っ張り出す。 「あいつから。奢られた」 「ジョージさん? あ、あたしまで!? いいのかな」 まだ冷えたままのビンを渡す。 「いいんだって、あいつも喜ぶから」 「ふぅん? そうなんだ……じゃあ、遠慮なくっ」 「ん」 「ねぇ! 乾杯しよ」 「おぅ」 早朝の日の光を受けて眩しいくらいに輝くビンを響かせる。 弾ける泡の喉越しが、はっきりと目を覚ました。 「おいしいねっ」 「あぁ、うまいよな」 嬉しそうな顔をみて、俺まで嬉しくなってくる。 ゲームには勝ったけど、おいしいとこ持っていったのは結局ジョージだな。 みてろよ、次は完璧に勝ってやる。 それまで奢られたことにしておくよ。 空になったビンを掲げると、透明な光が反射しあってキラキラ光っていた。 |
あとがき
またまたビリヤード絡みの話です
麻生とジョージのやり取りを考えるの大好きです
2の麻生ルートで九条に嫉妬するあたりがベースの友情物語
きっと隣の部屋で、御堂さんが
「やれやれ、ったく、あいつらは」
なんて思いながら、コーヒーを頼むのを30分後回しにしたり・・・
とかなんとか・・・ビバ・妄想!