それ以上も、それ以下もなく


 湯気を立てていたミルクティーが、どんどん冷めていくのを見つめながら、思いのたけを一気に吐き出した。
 こんな事を相談できるのは、小学校からの大親友しかいない。
「どうしたらいいのか……あたし、もう分かんなくなっちゃって」
 悩んで、煮詰まって、昨日の夜“助けて!”と電話をかけたあたしに、“まず落ち着いて”と冷静な受け答えをしてくれた夏実なら、なにか解決法の欠片でも授けてくれるかもしれない。
 そんな淡い期待を込めて向かいを見上げると、ティーカップを静かに置いた夏実が呆れ顔で見つめ返していた。
「あの、夏実? 話きいてた?」
「聞いてたわよ。惚気なら、あたし帰るわね」
「ちょ、ちょっと待ってよ、あたしは真剣に悩んでるのに」
「それが惚気だっていってるの。さっきから聞いてりゃ、御堂さんのことをどれだけ好きかって言ってるようなもんじゃない」
「そんなぁ」
「第一、あたしに聞かれたって御堂さんが何を喜ぶかなんて、わかるわけないでしょ。一番、御堂さんについて詳しいのはあんたなんだから」
「けど、ほんっとにわかんないの。一哉くん必要なのは何でも持ってるし、必要じゃないのはまったく使わないし」
「はいはい」
「それに買おうと思えば、なんでもニコニコ現金払いできるような人なのよ!?」
「そうねぇ」
「あたしが買える範囲のもので、喜んで貰えて……って、お願いだから真剣に聞いてよ」
「席を立たないだけでも感謝して欲しいわ、まったく。……あ、の、ねぇ?」
 一言一言はっきりと区切って、小さな子供に語り聞かせるように夏実の唇が動いた。
「恋人がいないあたしに、彼氏への誕生日プレゼントを何にするか相談するって、そこからして間違ってるのよ」
「うっ」
 言葉に詰まったあたしを軽く睨んだ夏実の目は、それでも笑ってる。
「そんなに悩まなくても、あんたからのプレゼントなら、どんなものでも喜ぶと思うよ?」
 それは、多分そうなんだと思う。
 一哉くんは、人からの好意をきちんと受け止める人だ。
 あたしが選んだものを何と言って受け取るかはわからないけど、絶対にその気持ちをけなしたりしないって確信がある。
「でも、それでも、とびっきりのを贈りたい……んだもん」
「まだ1週間も先なんだから。思いつめなくても、なにかいいもの見つけられるって」
「だといいんだけど」
「ショッピングに付き合ってあげたいのはやまやまなんだけど……このあと」
「あ、そうだったね。ほんと無理いってゴメン」
 予定があるのに付き合ってくれた夏実は腕時計を確認すると、安心させるような笑顔になって席を立った。
「こっちこそ、役に立てなくてゴメン。けど、あんまり悩まない事! むぎは一人で悩んで、すぐ暴走するんだから」
「そんなことないよ」
 と言ったものの、さすが親友、よくわかってると納得した。
 一哉くんにも少しは頭で考えてから行動しろとよく言われるし、なのに、馬鹿なんだから余計なこと考えるなとも言われる。
 結局どっちなのよ。
「はぁー……」
「むぎは自然が一番なの。ため息なんか似あわないよ、あんたらしくない。ほら笑って」
「う……ん」
 自然。あたしらしい。
 それがこんなに難しい。
「案外さ、なにげない日常にヒントはあるはずだから」
 そう言い残してレジへ向かう夏実に軽く手を振ってから、冷めきったミルクティーを喉に流し込んだ。





 なにげない日常を繰り返して、一哉くんの誕生日はあっという間にもう前日。
 まいにち毎日いろいろ考えては打ち消すアイディアが、時間を早回ししてるみたいに、容赦なく日が過ぎ去っていた。
「おかえりなさい」
 コレっていう物が決まらないまま、今日もいつもの挨拶をかわして、いつも通り一哉くんを出迎える。
 自分でもわかるくらい引きつった笑顔のあたしを、一瞬だけ不思議そうに見つめてから、一哉くんはふっと笑って口を開いた。
「ただいま」
 疲れなんてちっとも感じさせない顔から受け取った鞄には、今日も仕事が詰まっているはず。
「あれ? ……その袋なに」
 足元に置かれた見慣れない紙袋に目を向けながら聞くと、あぁ、と少し沈んだ口調が返ってきた。
「社に届いた俺宛の荷物だ。秘書にまかせておける量じゃなくなってきたからな。それに礼状を出さなくてはいけないから、確認する必要がある。持ち帰れるものは持ってきた」
「まさか、誕生日の!?」
「去年まではここまで大事じゃなかったんだが……表に出るようになったから仕方ない。突っ返すわけにもいかないだろう?」
 一つ一つは持ち帰れる大きさっていっても、袋はすごく大きくて。
 お父さんが結婚式に招待されたとき、あのくらいの袋を持って帰ってきた思い出が、ふっと蘇った。
 お姉ちゃんと一緒に中身を取り出すのが、なんだか宝物探しみたいで凄くワクワクしてた。
 ……けど。
 目の前にあるあの袋を、今のあたしは苦々しげに眺める事しかできなかった。
「夕食の準備は出来てるか?」
「あ……すぐに用意できるよ」
「いや、悪いがこれを」
 玄関の隅に根が生えている袋を指差してから、頭をくしゃくしゃと撫でられる。
「先に済ませたい。手が空いてるなら、おまえも手伝ってくれ」
「……うん」
 憂鬱が詰まった袋。
 ものすごく恨めしげに見ているあたしを、さらに一哉くんが見ていたなんて気付かずに、静かにため息をついた。





「次は?」
「えっと……ネクタイピンとカフスボタン」
 ついているカードを渡して、包みを開けて中身を教える。
 それだけの手伝いを繰り返すあたしの声は、一つ開けるたびにどんどん沈んでいった。
 どれも高価そうで、洗練されていて、なのに実用的で。
 あたしには手が届かない、それ以上に思いつきもしなかったプレゼントが、テーブルの上で色鮮やかな洪水を巻き起こしていた。
 こういう時、まざまざと立場の違いを思い知らされる。
 一哉くんとの世界の違い。
 産まれたときに世界中からお祝いが届いた人。
 まだ18歳、もうすぐ19歳、それでもいくつもの会社を経営していて、いずれは御堂グループの全てを継ぐ人。
 それに対して……あたしは。
「……ず……おい、すず」
「へ? あ、はいっ」
 呼ばれていたことに気がついて勢いよく顔をあげると、パソコンにむけていた手をとめて、真っ直ぐあたしを見る一哉くんの視線とぶつかった。
「ごめん、あたし、ちょっとボーっとしちゃってて……これが最後かな。えーっと、万年筆みたい」
「あぁ」
 英語でかかれているカードを一瞥して、いくつか単語を打ち込むと、かすかな機械音がして電源が落とされた。
「じゃあ、急いでごはんの準備してくるね」
 これ以上、この品物たちを目の前にしていたら、考えたくもないことまで考えてしまいそうで、強くテーブルに手をついて立ち上がる。
「すず」
 逃げるようにキッチンへ向かおうとした体が、たった一言で固まってしまった。
「ここに来い」
 口を開いたらとんでもない事をいいそうで、無言のまま首を振って後ずさる。
「いいから来い。俺の言うことが聞けないのか」
 無視したいのに、意思を裏切る足は勝手に一哉くんの前に進んでいく。
「……なに?」
 今度は一哉くんが無言であたしの手を取った。
 強引ってわけじゃないのに、しっかりと捉まれて自然と膝の上に座り込む。
 そして同じ高さになった目が、面白がるように細められてあたしを覗き込んだ。
「また馬鹿なことを考えて、勝手に落ち込んでいるんだろう」
「馬鹿なって、なによ。あたしがなに考えてるか、いくら一哉くんでもハッキリわかるわけないでしょ」
「いや、おまえほどわかりやすいヤツはこの世にいないぜ。当ててやろうか」
 完全に面白がってる。
 一哉くんがこういう表情をする時は、なにか言えば言うだけドツボにはまると、それなりに長い付き合いで悟っているから黙って先を促した。
「俺の誕生日になにを用意するか決めかねているうちに、俺があれを持ち帰ったから……そうだな、見せ付けられたように感じた」
 お見通しだ、と軽く眉を上げて鼻で笑う。
 わかってるなら、口に出さなくてもいいじゃない。
 それも、そんなに楽しそうに。
「……そうだよ。だって、あたしにはあんなの用意できない。一哉くんにとっては普通かも知れないけど、あの万年筆一本だって今のあたしには手が届かないって、わかるもの。世界が違うって思っても仕方ないじゃん。あたしは家事しか出来ないのに、役にたてないのに。それでも何か喜んでもらえるものを探そうとしてるあたしが、そんなに面白い!?」
「あぁ、面白いぜ」


 いま、なんて。
 ……耳を疑った。


 違う、そんなことないって言葉を、心のどこかで期待してたのに。
 突き放すような言葉を、当然という口調で、冷静に口に出来る一哉くんが信じられない。
 呆然と見開くあたしの目を、それ以上なにも言わずに見つめていた彼の目が、ふと緩められた。
「いまだに、まったく理解していない辺りが、面白いというか呆れるな」
 息がかかるほど近くにいながら、すごく遠くから聞こえたような気がして、ドクドクと鳴る自分の心臓の音さえ邪魔だった。
「ひどい。な……んで、そんなこと言うの」
「酷いのはおまえだろ? その他大勢からのと、おまえを比べるなんてな。俺を馬鹿にしてるのか」
「なにそれ、なんであたしが一哉くんを馬鹿にしてるって話になるの」
「世界が違う?」
 さっきのあたしの言葉をふっと笑い飛ばしてから、ゆっくりと胸の中に包まれた。
「おまえが俺と付き合うと返事をしたあの日から、俺の世界はおまえと同じなんだぜ」
 口を開こうともがくあたしを、更にきつく抱きしめて唇が耳を掠める。
「俺はおまえから、もう一生分のプレゼントを受け取っているからな。物がなにかが問題じゃない」
 鼻に馴染んだ一哉くんのコロンの香りと、シャツを通して伝わる鼓動と、あったかさが……染み込んでくる。
 一生分のプレゼントって、ねぇ、それって。
 確かめたいのに、しっかりと抱きしめられて一ミリも唇を動かせない。
 お願い。
 ちゃんと言葉にして。
 首筋に柔らかいものが当たって、それが彼の唇だと気がついたと同時にかすかに動いた。
 お互いの鼓動にかき消されるんじゃないかってくらい、耳をそばだててもわからないくらいの声が心に響く。


“おまえがいれば、それだけでいい”


 なにも、考えられない。
 ただ嬉しくて、ほんとに泣きたいくらい嬉しくて、腕が勝手に一哉くんの背にまわる。
 それが合図になったのか、抱きしめられている腕の力が少し緩んで、頭の後ろに手を添えられた。
「日が変わった瞬間に、一番におめでとうって言いたいな」
「期待してるぜ」
 あとは会話が続かなかった。
 ううん、出来なかった。
 どちらからともなくキスをする。
 それから先は、一番近い距離で気持ちを伝える方法に夢中になっていった。





 鼻歌まじりで仕事に出かける仕度を手伝うあたしを、いつものように鼻で笑って一哉くんがネクタイを差し出す。
 毎朝の、いつものこと。
「やけに上機嫌だな」
「へへっ」
 だって、当たり前になってたこういうなにげない日常が、あたしだけの特権なんだってよくわかったんだもん。
 あたしにしか見せない不器用さが、すごく嬉しい。
 やっぱり夏実のアドバイスは正しかった。
 一哉くんのためにご飯を作ったり、掃除をしたり、あたしが自然としている事が何よりのプレゼントになるって、ようやく昨日の晩に気がついた。
 ふっと記憶が蘇って、顔が熱くなる。
 一哉くんの腕の中で時計をみつめながら、日付が変わるのを待って……そして一番に誕生日おめでとうって……。
 すごく優しい目と声で、ありがとうって受け取ってくれて、そしてまたキスを。
「手が止まってるぜ、なにニヤついてんだよ」
「え、あっ何でもない」
 なにを考えていたのかわかってるという視線から、赤くなり続ける顔を逸らして慌てて結ぶ。
「はいっ、できた」
「じゃあ行ってくる」
「待って……これ」
 あたしの得意分野で、一哉くんにしてあげられる事が詰まった包みを差し出した。
「お弁当つくったの。いつもお昼は外食じゃ、体に悪いから」
「弁当?」
 不思議そうに受け取る様子で、一哉くんが誰かにお弁当を作ってもらった事がないってわかった。
 そういえば祥慶じゃお弁当を持ってくる生徒なんて、いなかったもんね。
 お母さんも忙しく世界を飛び回って、あまり会う機会がなかったって言ってたし。
 うちじゃ毎朝お母さんが作ってたけど。
「ふっ、愛妻弁当か」
 さい……って妻!?
「そ、そんなわけじゃ」
 突然の言葉に動揺するあたしと対照的に、持ち上げた包みを面白そうに見つめている。
「昼が楽しみだぜ」
「え、あぁ、うんっ。すっごく気合入れて作ったから、味は保障する」
「知ってるよ、馬ー鹿」
 こつんと胸にお弁当箱をあてられた。
「晩御飯も張り切って作るから期待してて。もちろんケーキもね」
「あぁ、出来るだけ早く帰ってくる」
「はーい……じゃあ、いってらっしゃい」
 返事の変わりにキスをされてから、静かにドアが閉まった。





「よしっ、お買い物の前に掃除を終わらせちゃおう!」
 二人だけの誕生日パーティーのメニューを考えながら、独り言をいって腕をまくる。
 美味しいって喜んでくれる顔を想像して、おもわず頬が緩む。
 お弁当も空になって返ってくるといいな。
 開けた瞬間に、驚くかも。
 気合を入れたっていうのは伊達じゃない。
 ご飯の上に綴った『HAPPY BIRTHDAY』の文字。
 いくら物はいらないって言われても、なにもなしっていうのは自分が納得できないから、ささやかだけど誕生日プレゼント。
 どんな顔をして食べるんだろう?
 今度は想像がつかなくて笑う。


「あ、忘れるとこだった」
 夏実にお礼の電話しとこ。


 しばらくして、あたしはまた惚気た罰として、お茶とケーキを奢る約束をさせられていた。

あとがき

金額の大小じゃ、たいして感動もしないだろうから
プレゼントはむぎそのもので
しかも自分で催促しちゃってますよ御堂さん
表だってのに、んーむにゃむにゃなシーンあっちゃいますよ

この話は友人:ムギムギがヒントをくれたから出来たもの
ありがとう!

おっと忘れてた
誕生日おめでとう一哉×むぎ!