右の頬にキスされたら


 ウィンドウを覗いて素早く視線を泳がせると、肩を落としてため息をついた。
 探しているものが見つからない。
 そりゃ、簡単にみつかるとは思ってなかったけど、一哉くんに嘘をついてまで家事を休ませて貰ったんだから、なんとか今日中に探し出したい。
「けどなぁ……」
 そもそも、なにを探しているのか、そこからして決まってなかった。
 一哉くんへのクリスマスプレゼント、唯一で最重要の条件は一哉くんが喜ぶ物。
 なんでも……それこそ、欲しいと思う物なら何でも手に入れられる一哉くんが喜ぶようなものって条件は、あたしの人生経験の範囲じゃ途方もなく難しい。
 一度にいくつものお店を見て回れれば、それだけ探し出せる確率もあがるんじゃないか……ってショッピングモールに来てみたけれど、ピンとくる物がないまま時間だけが過ぎていた。
 夏実の買い物に付き合うだけという口実の手前、そんなに遅くなれないのに。
 嘘をつかなくても、ただ買い物に行きたいからと言えば止めたりする人じゃないけど、イヤになるほど頭のいい一哉くんに悟られたくなかった。
 内緒で、とっておきのプレゼントを用意して驚かせたい。
 あたしだけが贈れる、最高で最上の物。
 なのに見つからない。
 うなだれると額がガラスにぶつかって、鈍い音が辺りに響いた。
「……お客様……あの、大丈夫ですか?」
「あ、はいっ、なんでもないんです」
 突然の声に驚いて振り向くと、今度は腕にかけていたバッグがウィンドウにあたって派手な音が響く。
「お加減でも悪いのでは?」
「違いますっ、ほんとに大丈夫ですから」
「でしたらよろしいのですが」
 あちこちから聞こえるクスクス笑いに一瞬で顔が熱くなり、恥ずかしさに頭をかかえて逃げ出したくなったけれど、いつの間に傍に寄ってきたのか通路との間に立ちふさがる店員の足が鉄格子のように見える。
 うろたえたまま恐る恐る視線をあげると、口元には完璧な笑みを浮かべながらも戸惑い混じりの視線とぶつかった。
「ちょっと、その……プレゼントを探してて。なかなかこれっていうのが見つからなくて」
「まあ、それでしたら」
 さすがに店のショーウィンドウに頭をぶつける客はそうそういないだろうけど、贈り物に悩むのはこの時期よくある出来事なのか、店員の目がとたんに変化した。
 誇らしげに店内を見渡したあと、一瞬だけ、でも全てを見通すような鋭さで全身を貫かれる。
「男性、ですよね?お幾つぐらいの方でしょう。お客様のお年ぐらいですと、こちらなんか人気がありまして」
「……そう、ですか」
「マフラーと手袋のセットも人気ですし。お手ごろなお値段ですよ」
「はぁ」
「もう少しシンプルなのがよろしければ、普段使いにピッタリのこちらなんか」
「……えっと」
「うちは小物類も力を入れてるので、ネクタイなどがよろしければお持ちしますね」
「その、あのぅ」
 立て板に水という表現が相応しい言葉に、何も言い返せないまま愛想笑いで次々と示される品を眺めているうちに、店を後にする機会を失ってしまった。
 まさか、ここにはもう探している物がないだろうと結論を出してしまったなんて、言い出せる雰囲気じゃない。
 思い切ってこの人に任せてしまおうか……。
きっと、あたしみたいに迷う客を、何人も相手にしてきたんだろう。
 さっきから薦められる品は、あたしが注文をつけたわけじゃないのにどれも好みが良くて、しかもあたしでも買えそうな値段のものばかり。
 あたしが思う最高のものを、一哉くんが喜んでくれるとは限らないんだし。
 揺れる気持ちを見透かすように、品を手に戻ってきた店員は満面の笑みで広げ始めた。
 一つ説明してくれる度に、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
 どれも素敵なんだけど、頭の中に浮かぶ一哉くんが笑顔にはならない。
「あの、やっぱりごめんなさいっ」
 とっさに口をついて出た断りの言葉になんて言い返されるのかドキドキしていると、意外にも笑顔で見つめられた。
「恋人への、プレゼントなんですね」
「……はい」
「わかりますよ、最高のものを贈りたいって気持ち」
 残念ですけどと笑う店員に何度も頭をさげると、見つかるといいですねと優しい言葉をかけられながら店を後にした。





「やけに大人しいじゃないか。今日、なにかあったのか?」
 ぼんやりしている様子を気遣い半分、面白がってるのが半分という顔で覗き込まれて、ごまかす気分になれないまま頷いた。
「ちょっと、悩み事。それと反省」
「抽象的だな。俺に言えないことなら詳しくは訊かないが」
「言えないわけじゃないけど」
 目の前にいる本人へのプレゼントを買いに行ったのに、これって思うものが見つからないどころか、つき合わせてしまった店員さんの時間も無駄にして、そもそも嘘ついて出かけたんだった……。
 何一つ褒められた事ではないのに、どう伝えれば一哉くんに呆れられないで済むのか沈みはじめたとたんに、笑い声が聞こえてきた。
「おまえは、本当にわかりやすいな」
「なによ。そうだとしても笑うことないじゃない」
「笑いもするだろ。考えてることがあからさまに顔に出るんだから」
「そんなに? でも、いくら一哉くんだってあたしが今なにを考えてたのかまではわからないでしょ」
「どうかな」
 もう一度軽く笑って、手にしていたカップをテーブルへ戻すと腕を広げて誘われる。
 なにも言わないのに、あたしが隣にいくのを確信してる顔が悔しいけど、吸い込まれるように座った。
 それでいいと満足げに頭をなでられて、体は自然と寄り添ってしまう。
 忙しい毎日を送っている一哉くんとのこういう時間はとても貴重で、あたしは毎日プレゼントを貰ってる気分になるのに、見合うだけの品が見つけられないなんて。
 また沈みはじめると、抱きしめてる腕に少し力が入った。
「俺の腕の中にいるときに、そういう顔するな」
「ごめん。一哉くんのせいとかじゃないから」
 あたしの問題なんだよね。
 気持ちばっかり空回りしてるけど、最高のプレゼントを用意するってことは譲れないから。
 物で気持ちを量れないのはわかってるけど、ただ選んだ物よりも相手のためを想って選ぶ物には特別な力がありそうじゃない。
 特に一哉くんは何でも最高のものを選べる立場にいるのに、あたしがいいって言ってくれるんだから、あたしがいればそれでいいって……。
「今度のクリスマス、どうするか決めたか?」
 唐突にかけられた言葉に、肩がぴくりと反応した。
 まさか、ね。
 わかりやすいって言われたけど、今まさにクリスマスのことを考えてたのが伝わったわけじゃないよね。
「えっと、とりあえず張り切ってご飯作るよ。クリスマスのとっておきの」
「あぁ、楽しみにしてる。このごろまた腕をあげただろう、おまえの味覚は間違いがないからな」
「ありがと」
 作るお料理だけじゃなくて、自分自身も褒められた気がして頬がゆるんだ。
 クリスマスは絶対に二人だけで過ごすと約束してくれた日から、とっておきのメニューにしようと努力してたことも認められた気分になる。
「ケーキもどういうの作るかもう決めてるんだ。一哉くん好みの甘さ控えめのやつ」
「料理にケーキまで……。いくら楽しみだからって、大丈夫か? 買ってきたやつでも十分だぜ」
「それじゃ意味がないの」
 はじめて一哉くんにご飯を作ったときは、お味噌汁の味が濃いって言われてちょっと……かなりムッとしたこともあったけど、美味しいものは美味しいと素直に褒めてくれる人だってわかってから、一哉くんに作る料理はどれも大切なものになった。
 ただお腹が満たされればいいって料理なんて、意味がない。
 自己満足かもしれないけど、作るあたしがどれだけ気持ちをこめたのかが大切。
 ケーキも、そう。
 クリスマスにケーキがないなんて、ありえないんだから。
「おまえらしいな」
「どうせ子供っぽいって思ってるんでしょ」
「違う」
 いつも言われているから、ついいつものように返すと短い否定の言葉が降ってきた。
 肩に乗せていた頭を起こされると、胸が高鳴る間もなく言葉と同じくらい短いキスをされて、また戻される。
「どんなことにも一生懸命で良いって意味だよ」
「そ、そう?」
 遅れて、頭に心臓が移っちゃったんじゃないかってくらい高らかに鼓動が鳴り響く。
 頬が一瞬で熱くなって、バレてやしいないかとそっと仰ぎ見ると、いつもの俺様な笑みがあった。
「まぁ、かなりの確率でおかしな方向に突っ走るし、その度に周りの人間を巻き込むし、振り回されてハラハラするし」
「ちょっと!」
「だから目が離せなくなる。特にイベントが絡むとな。クリスマスは……約束したとおり、必ず予定が入らないようにする」
「……うん」
 散々な言われようだけど、これが一哉くんなりの褒め言葉って知ってるから、余計な事は言い返さずに頷いた。
 これも一哉くんの気遣いなんだ。
 たとえ恋人達の大イベントでも、社長としての一哉くんが一日休むってことが、どれだけの影響を及ぼすのか一緒に暮らしていればわかる。
 たった一日、何にも邪魔されずに二人きりで過ごすのに、どれだけの根回しと調整が必要だったのか……。
 恋人としての一哉くんを優先してくれたことを、あたしが負担に思わないために選んだ言葉は、表面的な意味なんかよりももっとずっと大切な意味がある。
 一哉くんは、全てをあたしに差し出してくれてるんだ。
 あたしは、何を返せるんだろう?
 あたしにしか用意できない最高のもの……って何?
「あっ」
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
 そういえば……。
 ぼんやりと浮かびはじめたアイディアを逃がしたくなくて、回された腕に返す力を少し強めた。





「これを、二人で全部食べるのか? 量と種類のバランスくらい考えろよ」
「だって、一哉くんの好きなものを全部作りたかったんだもん! 時間をかけて食べれば平気だよ」
「胃袋には限界ってもんがあるんだよ。このほかにもケーキがあるんだろ?」
「うんっ! ベースはレアチーズでフルーツをいっぱい飾ったの。我ながらいい出来だと思うんだっ」
「……おまえな」
 テーブルところせましと並べた料理の数々を見渡してから、苦笑が返ってきた。
 和洋折衷どころか中華やイタリアンまで……、いままで一哉くんが褒めてくれた料理を思いつく限り作ったせいで、テーブルの上は中央に飾ったキャンドルが隠れそうなくらいだ。
「まぁ、いい。腹減ったからはじめようぜ。これに火をつければいいのか?」
「お願い」
 その前に。
 火をつけようとした一哉くんが、キャンドルにたてかけておいた封筒に気がついて動きをとめた。
「えっと……それが、あたしからのクリスマスプレゼント」
「開けるぜ」
 気に入ってもらえるのか不安になって、いますぐ奪い返そうと手が伸びそうになるのを堪えながら頷く。
 沈黙に包まれた部屋の中に、緊張を飲み下す喉の音とリボンが解かれるささやかな音が重なって響く。
 長くしなやかな指が中のカードを引き出す音を、激しく鳴る心臓の音がかき消した。
「これはどういう意味なんだ?」
 永遠に続くと思われた沈黙から、やっと一言感想が聞こえたとたん顔がこれ以上ないほど熱くなった。
「気に入らなかったら、返品可能だから」
 やっぱりこんな恥ずかしいものにしなくちゃ良かったかな。
 
 
 中に入れたのは、一枚のカード。
 書いたのは、あたしの名前……それだけ。
 
 
 全てを差し出してくれてる一哉くんに返せる贈り物っていったら、あたしの全てしかないって思ったから。
 喜んでくれるかわからないけど、これが今とこれからのあたしに出来る最高のプレゼント。
「……どう、かな?」
 かすれて上手く続かない言葉に、驚いていた顔がふっと緩んだ。
「返品? するわけないだろバーカ。……これから先、一生な」
「よかったぁ」
「さっそく、使わせてもらう」
 ほっとして何故か泣きそうになっていると、優しいキスが降りてきた。
「なにより嬉しい最高のプレゼントだぜ」
「うん」
 言葉にできないいろんな感情を込めて、頬にそっとキスを返した。
 抱きしめられる力が強くなるのがわかると同時に、さっきとは反対側の頬に触れるだけのキスを贈られる。
 目をあげるとキスよりも優しい視線で包まれて、合間にメリークリスマスと囁きあいながら何度もキスを繰り返した。

あとがき

付き合い始めてすぐ、むぎの手に『御堂一哉所有物』としたためた御堂さんですよ?
(フルキス2の中で)
こんなカードを贈られなくても、とっくに俺のモノだって思ってますって
むしろ証拠品を自ら作っちゃって、むぎの身が心配です

……

そういう内容を書いたのは、猫百匹なのにねっ!

なにはともあれ
メリークリスマス一哉&むぎ!