主演女優のみのフィルム


 暗闇を切り裂くかのように近づいてくるヘッドライトを目にした瞬間、脳裏に浮かんだのはあいつの顔だった。


 次々とあいつの顔が浮かんでは消えていく。
 あそこまで感情がそのまま顔に出る人間を見たのは初めてだった。
 だから興味を引かれたのかもしれない。
 喜怒哀楽を表に出すなと育てられた俺とは、まるで正反対だったからこそ……。


 主演女優のみの映画は途切れることなく続いている。


 真剣な顔で料理番組のレシピを書き写そうとする。
 馬鹿というと心の底から悔しそうに反論する。
 落ち込んで表情が曇ったかと思っても、次の瞬間には目に闘志を燃やして立ち向かっていく。
 リビングのソファーに寄りかかって居眠りをしている顔。
 眉を寄せながら美術書を読む顔。
 家事が終わったあとの満足げな顔。


 ここまで覚えているとは、我ながらたいした記憶力だ。


 でも何かが足りない──他にもあったはずだ。
 一番、大切な部分が欠けているようなもどかしい感覚。
 霞がかかったような記憶を引っ張り出す。


 家族の写真を見ながら涙する顔。
 違う、あいつの泣き顔を見たいわけじゃない。
 泣くな。これ以上泣くな。
 そんなに悲しそうな顔をするな……お前にはいつでも笑っていて欲しい。
 ゆっくりと口元が動いているが声は耳まで届かない。
 何事かを言い終わるとあいつの姿がゆっくりと小さくなっていった。


 まだお前が何を伝えたいのか分かっていないのに勝手に消えるな。
 それに俺もお前に伝えておきたい事がある。
 とても大事な……。


 焦る気持ちに比例して消えていくスピードが速くなる。
 とめられないと本能的にわかっているのに、あいつの名前を呼び続けた。


 鈴原……待て、鈴原! …………鈴は……
「……む……ぎ」
 鈍い痛みを感じた次の瞬間目に映ったのは、薄暗いなかに白く浮かび上がる無機質な天井だった。
 体を動かそうとするとさっきと同じ痛みが広がる。
「御堂様、お気がつかれましたか?」
 視界に顔が飛び込んできた。
 返事をしようとするが、喉からはかすれたうめき声しか出ない。
「すぐにドクターをお呼びします」
 相手はコールボタンを押すと、俺の周りでてきぱきと動き出す。
 その様子を見て、はじめて自分の体が無数のコードに繋がれているのを認識した。
 それと同時にさっきまであいつと会っていたのは、夢の中の出来事だったと悟る。
 とたんに自分に何が起こったのかはっきりと思い出した。
 すぐにやってきた主治医の診察と説明を受けながら、これからどうすべきか忙しく頭を働かせた。





「……状況は以上のようになっております」
 医師たちと入れ替わりにやってきた秘書に経過報告をさせている間も、頭の中では新しい情報に応じて次々と対処法を考え出していた。
「なるほど。なめた真似をしてくれる、中泉め」
 まだ声はかすれるが、検査の結果では数箇所の骨折のみで頭部や内臓の損傷はないといっていたな……。
「退院する。手配をしてくれ」
「社長! 何をおっしゃっているのですか!? 当分は安静にと」
「安静なら家でも出来る。セキュリティーも家の方がしっかりしている」
「しかし!」
「たかが骨折だ」
 体を起こそうとしてあまりの痛みに顔をしかめた。
 その様子を見て秘書が呆れたような表情を浮かべる。
「たかが、と仰いますが骨折は骨折です。僭越ではございますが……お体を休めるのも大事な仕事かと。ですが、どうしてもと仰るならご指示なさってください。必要と思われる機器、人員は揃っております」
 視線を追うと、個室の一角にオフィスと見紛う程の設備がすでに運び込まれていた。
 秘書の顔に視線を戻すと、昨夜からの激務を物語るかのようにありありと疲れが浮かんでいる。
「……わかった。お前も少し休んでくれ。あぁ……ただし1週間以内には退院する」
 社長業を任せられた時から世話になっている秘書にそれ以上の無理は言えず、仕方なく最大限の譲歩をすると目を閉じ、鎮痛剤の誘惑に身をまかせた。


 また脳裏に会いたくて堪らない人間の顔が浮かんでくる。
 驚いているだろうし、連絡もしないで不安に思っているかもしれない。
 ……笑顔を見られる時はまだ先か……そんな事を思いながら眠りに落ちていった。

あとがき

どうしても書いてみたかったんです、ごめんなさい。
むぎが好きで好きでしょうがない状態で、事故にあったらどうおもうのかなー?って妄想しまして
にしてもロマンティックがとまらない。こそばゆい御堂さんでごめんなさい