ハジメの挨拶


「……寒い」


 だんだん浮上していく意識の下、なんとなく口から出た自分の言葉で、目が覚めた理由がはっきりした。
 いくら冬だからとはいえ、部屋の中がこんなに冷え切っていれば、そりゃあ寒いに決まってる。
 いつもは常に快適な温度に保たれているのに、空調が故障しちゃったのかな?
 疑問に思いながら、肩まで布団を引き上げた。
 中途半端な時間に目が覚めたからか、まだ頭がはっきりしない。
 いつも寝起きはいい方だけど、この心地よさからまだ抜け出したくなくて、しぶとく枕に顔を埋めた。
 首までしっかりと潜り込んだのに、一度認識してしまった寒さはあっという間に体温を奪いはじめている。
 体が勝手にふるっと震えて、自然と自分を抱きしめた。
 まだ眠っていたい。
 まだ、この幸せな空間から出たくないのに。
 それもこれも突然、故障なんかするからいけないんだ。
 電気屋さんに修理をお願いしなくちゃ……すぐに来てくれるといいけど、お休みだったらどうしよう。
 なんてったって、今日は……。
 ぼんやりとした意識の中でカレンダーをめくる。
 赤く印刷された日付が脳裏をよぎって、呻き声をあげたくなった。
 いくら家事全般を任されてるとはいえ、機械の修理までは出来ないもの。
 故障だったらすぐに対処したほうがいい、それに一哉くんにも知らせないと。
 なんで、よりによって一年の計があるっていう元旦に、こんな目にあわなきゃいけないの?
 でもとりあえず電話、してみなきゃ。
 そのまえに……いま何時?
 時間を確認しようとして布団から出した腕が、あまりの寒さに縮み上がった。
 いったいいつから停まっていたのか、人肌の温もりを吸い込んだ布団の外は、まるで冷蔵庫の中みたいにひんやりとしている。
 なにも考えずに腕を伸ばしたことを後悔しながら、また顔までもぞもぞと潜り込んでほっと一息ついた。
 もうちょっと、心の準備をしてからにしよう。
 その前に、あったかさを補給しよう。
 できるだけ音をたてないように、体を動かさないように、温もりを求めて身を寄せた。
 くっつくと、全身に心地いい温かさが染み込んでくる。
 おもわず口元が緩んでしまう。
 ただ温かいだけじゃない、幸せで照れくさい気持ちよさ。


 ……もうちょっと近づいても、いいかな?


 欲張りになったあたしが恐る恐るのばした腕を、急に引き寄せられて隙間がなくなった。
 自分が望んでいたことなのに、突然の仕草に驚いて反射的に身を離そうとしても、抱きしめる腕の力は弱くなるどころかしっかりとあたしを包み込んで逃がさない。
 布団のたてる衣擦れの音だけが、しんと静まった部屋にしばらく響いた。
「……起きたのか?」
 眠りの余韻を残した声が耳のすぐ近くで聞こえ、髪をくすぐる。
「……うん。一哉くんまで起しちゃってゴメン」
「どうした? まだ起きる時間じゃないだろう。なにかあったのか」
「それが……」
 二人とも起きているならひそひそと声をひそめなくてもいいのに、何故か囁きになってしまう。
 大きな声を出さなくても、お互いに伝わる距離だからかも。
 それとも、妙にいけない事をしている気にさせられる、この状態のせい?
 追いつかない感情にまごついていると、一哉くんも異変に気がついたのか、辺りを見渡すような動きが伝わってくる。
 体に伝わる動きと音でしか把握できないのは、相変わらず抱きしめられて胸に閉じ込められているからだった。
「こんなに冷えてたのか」
 軽くあげた頭が枕に戻る音がしてから、首の下の腕に少し力が入った。
 片時も離さないと言っているような仕草が嬉しくて、温かくて、でもやっぱり照れくさい。
「そうなの。空調の調子がおかしいみたいで」
 ひそめた声が更に掠れて、ざらついて聞こえるほどになった。
「おまえ、声どうした? まさか風邪ひいたんじゃないか?」
「違うよ。これは……寝起きだからじゃない?」
「なら良かった。俺のせいで風邪ひかせたら……たまらないからな」
「なんで一哉くんのせい?」
 聡明な人なのに、寝ぼけてるのかな?
 機械が壊れるのに、一哉くんが関係してるなんて思いもしない。
 ようやく、早く電話しなきゃと思い返して、電話に向かうため体を離そうとしたのに、腕は余計にしっかりと回された。
「あぁ、俺のせいだ。寝る前にスイッチ切ったんだよ。暑くて」
「そうだったの!?」
 故障じゃないことよりも、意外な原因に驚いておもわず声が上擦ってしまった。
 この時期に暑いという理由で空調を切るなんて、思いもしなかったんだもん。
 それに、一哉くんがいつそんな事をしたのかも、まったく記憶にない。


 寝る前って……?
 昨日、寝る前は……。


 はっきりとしだした脳裏に記憶が蘇って、かあっと顔に熱が昇る。
 ぴったりとくっついている胸に熱が伝わったのか、頭の上でくつくつ笑う声がした。
「おまえ体温高いから、こうしてると暑いんだよ」
 面白がって、わざと状況を思い出させるようなセリフに、頬の火照りが増していく。
「……じゃあ、離せばいいでしょ」
「バーカ」
 すでにこれ以上ないほどくっついているのに、抱きしめられる力が強くなった。
「だれが離すか」
 耳をなぞる唇の感覚、頬に落ちてくる髪の柔らかさ、触れ合う先でしっかりと刻む鼓動、そして……気持ちが込められた言葉。
 すべてが、頬だけじゃなく全身に熱を行き渡らせる。
 あんなに冷え切っていた部屋が、真夏になったみたいな暑さに、肌が潤う。
 なにか言い返したいのに、唇は肌の上でぱくぱくと動くだけで、言葉が出てこなかった。
 寝起きだからじゃない。
 こういう状況に、いくらたっても慣れないから頭が追いつかないせい。
 なんとか言葉をと焦れば焦るほど、あわあわと唇だけが動く。
「……誘ってるのか? いいぜ、とことん付き合ってやる」
「んなっ、ち、違うっ」
 どうしてそういう結論になるのか、男の人って……ううん、一哉くんがほんとわかんない。
「なんでっ、新年早々そんなっ」
 恥ずかしさを押し殺して見上げると、まっすぐに見つめ返す瞳とぶつかった。
 眠そうに細められた目が、あまりにも優しい色をしているから。
 無防備に気持ちが表れているから。
 文句を言ってやろうと構えていた心は、魅入られてしまう。
「だからだろ。年が変わろうが、おまえを求める気持ちに変わりはないんだから」
 くしゃくしゃになってる髪を梳くように頭を撫でられて、また言葉が失われてしまう。
 ただ好きって言われるよりも、もっと深い気持ちを贈られた気分になる。
「そういや、まだ言ってなかったな」
 髪に差し込まれた手にくっと力が入って、顔の……唇の距離が縮まった。
「あけましておめでとう……すず」
 今さら、と思うのに。
 新年早々あたしを翻弄する一哉くんに、なにか気の利いた言葉を言い返したいのに。
 言葉はいらないと言いたげに唇をふさがれて、眠りに落ちるためじゃなく、瞼を閉じた。

あとがき

裏と表、どっちにアップするか迷ったけど
フルキス的微エロってことで、表に

一哉とむぎがパジャマ着てるのか、MAPPA☆なのかは
ご想像におまかせします

タイトルの“ハジメ”が、何を始める言葉なのかも
ご想像におまかせします

Q.次の○の中にふさわしい思う漢字を選びなさい 『○ハジメの挨拶』
1.姫 2.年
正解は、貴方のお好きなほうで