心アタタマル


 騒々しいのは苦手だ。
 もともとの性格もあるのだろうが、他人に囲まれ経済用語と機械音にあふれた日中の反動が、殊更そう思わせるのかもしれない。
 夜は静かに、穏やかに過ごしていたい。
 世界を相手に立ち回る俺の……そう、中心にいる相手と。





 キッチンから続いていた物音が途絶えた。
「よし、終わりっ」
 満足げな声に続いて、パタパタと足音が近づいてくる。
「一哉くんコーヒーは? 仕事あるなら必要でしょ。欲しいときは言ってね、すぐに用意するから」
「いや、今日はもう終わったから必要ない」
 ソファーに空いたスペースを軽く叩くと、またパタパタとスリッパを鳴らして駆け寄ってきた。
「じゃあ今日はふたりでゆっくりできるね」
「あぁ」
「何しよっか? んーと、こないだ買ったDVDみる? それが嫌だったら、他には……」
 隣に座ったすずを抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。
「ナニをする……か。選択肢は限られているはずだぜ?」
「ちょ、ちょっと待っ」
 抗議の声を無視して抱きしめる力を強めていく。
「一哉くんっ」
「何だ」
「あの、離し……んっ」
 それでもなお抗議する声と体を封じ込めるように、唇を捕らえて選択肢を絞っていく。
 胸を押し返す腕の力が少しづつ弱まり、室内にはささやかな吐息が響き始めた。
 デジタル時計のアラームがその吐息に割り込んで、はじまりを告げる。
「ふ……ぁ…………あ、あっ!!」
 急に上半身を押し戻された。
「忘れるところだった!」
「……何をだ」
「見たい番組があったの。お料理番組!」
「料理、番組?」
「そぅ」
 腕の中からするっと逃げてリモコンを操作し始めている。
「すず」
「よかった間に合ったぁ……え、なぁに?」
「……いや、なんでもない」
 陽気な音楽がテレビから流れてきた。
「この番組ね、解説が丁寧でわかりやすいの。それに高級な食材じゃなくて、普通にスーパーに売ってる材料で美味しく作るコツとか、すっごく為になるんだよ!?」
「ほぅ、それはそれは」
「メモの準備は、っと、良しっ」
 フローリングの床に敷いたラグの上にペタリと座り込んで、真剣な横顔でペンを握り締めている。
 音楽が途絶え、有名な料亭の料理人と名乗る男が、つくられた笑顔で今日のメニューを告げた。
「変わりつけだれの水炊き風鍋、かぁ」
 矢継ぎ早に告げられる材料を、必死に追いはじめる。
「……すず」
「生姜ひとかけ、長ネギみじん切り大さじ一……と、呼んだ?」
「うちには録画機器が揃っているが」
「あ、いま何て言ったんだろ、聞き逃しちゃった」
 こめかみがピクリと浮くのを感じた。
「おい」
「まって……もう少し……メモしちゃうから」
 相変わらずペンを握り締めて、速記かと見紛う程のスピードで書き写している。
 こうなったら、こいつの耳には何も入らない。
 ……ったく、この馬鹿は。
 集中している背中を見つめながら、およそ三十分の間、単純で一直線で鈍くて疎いこいつの、どこに惚れたのか自問自答を繰り返した。
 ──……答えは出ない。





“それではまた来週〜”
 ぷつっと陽気で騒々しい音楽が消え、黒い画面に満足げな顔が浮かび上がる。
「はぁ〜勉強になったよ。舌だけじゃなくて目でも味わう、かぁ。つけだれにアレ入れるなんて……今度チャレンジしてみよ」
 ペンをおくと、見えない食材と包丁と操るような仕草をしている。
「人参を梅の花の形にするなんて……依織くんだったら“風流”とか表現しそうだよね」
 元同居人の名前がでたと同時に嫌な予感がした。
「……ね、一哉くん!」
「却下する」
「あたしまだ何も言ってないじゃない」
「おまえの思考回路を予測することくらい朝飯前だ」
「朝飯、じゃなくて、晩御飯! 久しぶりにみんなで一緒に食べようよ」
「だから、却下だ」
「なんでー? お鍋は人数多いほうが楽しいし美味しいよ、絶対」
 ソファーに戻ってくると、目を輝かせて俺を見つめている。
 こいつの頭の中には、いま覚えたばかりの料理を試してみたいという好奇心しかないのだろう。
 いつも俺のことを“複雑”だとか“わかりにくい”と好き勝手いってくれるが、自分が余計にわかりやすくて単純だという事には考えが及ばないらしい。
 その分、感情を読み間違えるおそれがないとはいえ……。
「騒々しいのは苦手だ」
「騒々しいって……せめて賑やかって言おうよ。ダメ、かなぁ? 皆で和気あいあいと楽しく」
「羽倉は得体の知れないものを入れたがるだろうし、一宮はアレが嫌だコレが嫌だと言い張るぜ?」
「ん、まぁそうだろうけど」
「松川さんは男同士で鍋を囲む趣味はないと切り捨てるだろうな」
「あ、ひどい、あたしは作るだけで仲間に入れてくんないの!?」
「仲間もなにも、却下すると言っているだろうが……もし万が一あのメンバーを含めて鍋を囲む事態になっても、おまえはキッチンから出さないからな」
「ひどーい! 横暴!」
「何とでも言えばいい」
「一哉くんも喜んでくれるかと思ったのにっ! あたしもう家政婦じゃなくてカノジョでしょう? そのカノジョをキッチンに閉じ込めるっていうの!?」
「だからだろう? 別々に暮らすようになってからまで、あいつらにちょっかいを出させるつもりはない」


 あぁ、と。
 拗ねている顔の丸く見開かれた目がふわっと崩れた。


「なぁんだ……そっか……ふふふ」
「なに奇妙な笑い声を出してるんだ」
「お鍋が嫌なんじゃなくて、やきもち焼いてたんだ」
「…………騒々しいのが苦手だからと、説明した筈だが」
「そっかぁ……えへへ」
「おい、聴いてるのか?」
「一哉くん、なんかカワイイ」
 かわいい?
 それが男に対する褒め言葉にはならない事を、わかって言っているのかいないのか。
「それならそうと、言ってくれればいいのに。ふふっ」
「すず」
「はーい」
「それ以上調子に乗るなら、口塞ぐぞ」
「さっき“何とでも言え”って自分で言ってたじゃない。へぇ……一哉くんがやきもち……きゃっ」
 止まる様子のない唇を塞いで、形勢をあっさり覆す。
「予告、したはずだぜ?」
「……っん」
 セリフだけではなく、全体の動きが止まった体を抱きしめて、ようやく当初の選択肢を実行にかかった。





『今日は絶対に、ぜーったいに、今から帰るって電話してね』
 出社間際に玄関先でかわしたやり取りを思い出して、運転手に軽く手を上げ待たせる合図を出すと、少し車から離れた。
 コール音が数度もしないうちに途切れ、待ちかまえていたような声が耳に飛び込む。
“むぎです。一哉くん?”
「あぁ俺だ、電話しろとしつこく念を押されたからな」
“だって……。ね、お仕事終わったの? 今どこ?”
「本社だ。今から帰る、これでいいのか?」
“うんっ、じゃあ待ってるねー”
 夕食を一緒にできる時は必ず連絡する、という約束をお互いに忘れたことはないのに、それでもあえて言い張るのはあいつなりに考えがあってなのだろうが。
 足先を車に向けると、タイミングを見計らって運転手がドアを開けた。
 先日の光景が閉じた瞼の裏に浮かぶ。
 本当に呆れるほどわかりやすいヤツだぜ。
 今日の夕食は鍋だな。
 シートに深く座り込みながら、行動予測をたてる。
 驚かすつもりで企んでいるのだろう。
 内緒であいつらを呼び出し、すずが言う所の“和気あいあいと賑やかな鍋”をするつもり、か。
 不本意な同居を解消し、それぞれの道に進んだとはいえ、すずが一声かければやつらが断るなど想像も出来ない。
 それほどまで“中心”にいる。
 今夜は、騒々しい夕食になりそうだ。





「おかえりなさいっ」
「……あぁ」
 予想に反して、玄関にはすずの靴しかなかった。
「今日はね、驚かせようと思って……」
 どういうことだ?
 腕を引っ張られながらダイニングへ連れ込まれる。
 テーブルには様々な小皿が並べられ、中央には予想通り土鍋が恭しく鎮座していた。
「今日の晩御飯は鍋でーす」
「それのどこが驚くに値するんだ?」
「まぁまぁ」
 笑顔のすずが蓋をとると、中から色とりどりの具材があらわれる。
 ふわっと揺れる湯気が薄れた。
「これは」
「えへへっ」
 澄んだ出汁の上に、鮮やかなオレンジ色が浮かんでいる。
 それは……ハート形に整えられていた。
「包丁一つで梅の花が作れるなら、これも出来るかな? って思って」
 得意げな笑顔が、立ちのぼる湯気の向こうで揺らめく。
「あたし、一哉くんが美味しいって食べてくれるのが何よりも嬉しいの」
 伏せられていた茶碗を手にしながら、笑顔の中で唇が動く。
「お料理番組が先生になるのも、それが理由なんだよ?」
 手渡された茶碗を置きながら椅子に座る。
「鍋は大勢で食べるものだって思ってたけど、一哉くんやきもち焼くから……ふふ、それも嬉しいんだけど」
 すずも向かいに腰を下ろした。
「だからハートか」
「うん、あたしの気持ち」
「馬ー鹿」
「……じゃあ、それ返してよ」
 頬を膨らませながら手を伸ばしてくる。
 その手から茶碗を守りながら、箸をとった。
 それを見て笑顔が増していく。
「素直じゃないんだから……いただきまーす」
 軽く頷いて、ほどよく出汁を含んだ人参を口に含む。
 こいつのこういうところに惚れたんだろうな。
 単純な思考回路の、その中心には、俺を喜ばせたいと思う気持ちが溢れているあたりに。


 体と……心まで温まる鍋は格別の味がした。

あとがき

今シーズン初の鍋を食べた日に思いついた話

カリスマ☆俺様☆無敵ングな御堂さまも好きですが
むぎLove、甘甘、軽くヘタレな一哉が大好物なので
天然最強むぎに振り回された挙句、さらに足掻く様子を書きたかったのです

猫百匹の主観オンリーで進めてごめんなさい

改めるつもりは無いです、無理です、すいません