奇跡をキスで約束に変えよう



「ね、瀬伊くん。見て見て! どこもかしこもクリスマス一色」
 あちこちから聴こえてくるクリスマスソングに同調したのか、気持ちが浮き立って声が弾んじゃう。
 街の通りが華やかなパーティー会場になっているみたいで、足取りも弾みそうになる。
 二人でショッピングするのが久しぶりっていうのも、気持ちが弾む理由を強くしていた。
「ふふ、すずったら子供みたい」
 からかい混じりの声がすぐ隣から聞こえて、繋いだ指に伝わる力が少し強くなる。
「こうしてないと、迷子になっちゃいそう」
「そこまで子供じゃないです」
「そうかな」
 両親に片手ずつ繋がれて、欲しいプレゼントを高らかに叫びながらはしゃぐ子供とすれ違いながら、あたしと交互に見比べてくすくすと笑われる。
 人をからかうのは瀬伊くんの趣味みたいなものだってわかってるのに、唇が尖ってしまう。
 止まない笑い声に顔をあげると、同じくらい目を輝かせた瀬伊くんがあたしを見つめていた。
「すずを見てると、ほんと飽きないね」
「もう、人をオモチャみたいに言わないでよ」
「オモチャだよ? すっごく楽しくてかわいくて、僕だけしか持ってない最高のオモチャ」
 知らない人が聞いたら、とんでもない発言だって思うよね。
 人をオモチャ扱いして、それを悪く思う素振りもないなんて、って。
 でも、瀬伊くんと知り合って、いつの間にか好きになって、瀬伊くんが心の中を見せてくれるようになった今は、これが瀬伊くんなりの愛情表現だってあたしは知ってる。
 こういうやり取りをあたしも楽しんでる。
「だったら、手放さないでね」
「もちろん」
 自然と、繋ぐ手に込められた力がまた強くなった。
 道行く人達に見せ付けるかのように寄り添って、お互いの笑い声が腕を伝って何倍にも震えて返す。
 頬を撫でる冬の冷たさも気にならないくらい、心の底からあったかい。
 山のようなリストを持って、好きな人と過ごすクリスマスの準備をしに向かう道のりは、そこだけもう春が来たみたいに温かい。
「じゃあさっそく、ケーキの材料を買いに行こうか」
「まずは、すずのクリスマスプレゼントを選びに行こうよ」
「それは最後でいいんじゃないかな。あたし何にするかも決めてないんだから、時間なくなっちゃうかもしれないし」
「だーめ。そうやって、うやむやにするつもりでしょ?」
「う……」
 やっぱり忘れてくれてなかったか。
「ほーんと、すずって変わってるよね。クリスマスプレゼントは何が良いって訊いたら、何も、って即答なんだもん。僕が勝手に選ぶのも許してくれないし」
「瀬伊くんにおまかせしたら、なんだかとんでもない事になりそうなんだもん」
 それに、あたしがプレゼントを断ったわけは……。
「恋人にプレゼントを選ぶのも楽しみのうちなのに、酷いな」
「だから、今日は一緒に買い物することに決めたんじゃない」
 何もいらないと言い張るあたしに、拗ねてしまった瀬伊くんを宥めるのは大変だったんだから。
 二人で選ぶこと……そして決定権はあたしにあると譲歩して、なんとか機嫌を直してもらったくらい。
 あたしは、ほんとにモノはいらないんだけど。
 普通の女の子なら、そこまで彼氏が考えてくれたら、感激して素直にねだったり甘えたりするんだよね。
 あたしだって普通の女の子だけど、ちょっと普通じゃない経験をして、普通だったら名前も知らないで終わるはずの男の子と一緒に暮らしたりして、そのお陰で……特別な人ができた。
 瀬伊くんがあたしに贈り物したいって気持ちは、純粋に嬉しい。
 でも、そんな瀬伊くんが隣にいてくれれば、それだけで十分。
 照れくさくて言葉に出せない気持ちを込めて、こっそりと見上たのにすぐに気がつかれた。
「なぁに?」
「な、なんでもない」
 目が合うだけで、未だにこんなにドキドキする。
 幸せとか喜びとかひっくるめた甘い感情が、後から後から湧いて胸を温かくしてくれる。
 毎日、素敵なプレゼントをされてるようなものだから、形あるモノに興味がなくなっちゃうのかも。
「へぇ、こんなお店あったんだ」
「え?」
 まだ高鳴っている鼓動が耳の中でうるさいくらい響いているところに、瀬伊くんの感心した声が重なって自然と脚が止まった。
 顔が赤くなってる理由を訊かれなくて済むなら。
 瀬伊くんの長い指にあわせて顔を向けた先には、リースやリボンで飾られたウィンドウがあった。
「ほんとだ、こんなお店があったなんて、いままで気がつかなかった」
 何度も歩いている道なのに、いくら巡っても素通りした記憶しかない。
 突然、魔法で現れたみたいに、その店は街の一角にひっそりと佇んでいた。
「洋書の専門店みたいだね」
 だから記憶になかったのか。
 英語だけで書かれた本なんて、辞書片手でも読めるかどうか。
 必要がないから、意識することも目を向けることもなかったんだ。
「せっかくだから入ってみようよ。おもしろそう」
「瀬伊くん!?」
「ほら、はーやーく」
 楽しいことを嗅ぎつけたと瀬伊くんの全身が言っている。
 瀬伊くんのほうが、よっぽど子供みたい。
 賛美歌が静かに流れる店内に入り、物珍しげに本をめくる背中に、押し殺した笑いを漏らした。





 夢中になっている様子に声は掛けず、さほど広くはない棚の合間をぶらぶら覗きながら歩いた。
 あたり前だけど、どこを向いても英語の本しかない。
 すぐ退学する羽目になった高校生活までは、良くも悪くもない成績を維持してたけど、だからと言ってすんなり理解できるわけじゃない。
「えっと、どれどれ……無理」
 目についた最初の本の、適当に開いたページにびっしり印刷された文章に、考えることすらしないまま元に戻す。
 通路の端を見やると、瀬伊くんは真剣な横顔でページをめくっていた。
 祥慶ってレベルが高いのは、施設や通ってる生徒だけじゃないんだよね。
 顔をあげない瀬伊くんに置いてけぼりにされた気がして、ちくっと棘がささる。
 天才ピアニストで誰もが振り返る美少年。
 平凡なあたしとは天と地ほどの差がある。
 ときどき一緒に居ていいのか不安が胸をよぎるのは、こういう何気ない一瞬のせい。
 口に出した訳ではないのに、本から顔をあげた瀬伊くんが辺りを見まわしてあたしを捉えると、ゆったりと笑みを浮かべた。
 なんで、決まって目が合うんだろ。
 嬉しさと恥ずかしさが混ざり合って、あっという間に鼓動が不規則になる。
「すず」
「なになに、どんな本?」
 手招きに好奇心を刺激されて、店の邪魔にならない程度に囁いて覗きこんだ瞬間。
「うわぁ、可愛い」
 英語がびっしりと載っているだろうという想像は、目に飛び込んだカラフルなイラストで覆され、感嘆が漏れた。
「この辺りは絵本のコーナーみたい。時期が時期だからクリスマスの話とか、いっぱい。ほらこれも」
「キレイだね。見てるだけでも楽しい」
「楽しい? そっか」
 上機嫌に頷く瀬伊くんに首を傾げて見上げる。
「ね、これプレゼントしたいな」
「これを?」
 瀬伊くんが選ぶなら、もっと不思議なものだと思ってたのに。
 どこで売っているのか謎のキャンドルとか……。
 驚いて大きくなってしまった声を、瀬伊くんの長い指がそっとたしなめる。
 唇に乗せられた指の感覚に息を飲み込んで固まると、耳元に顔を寄せられ、二人にしか聞こえない大きさで囁かれた。
「僕これにしたい。僕が読んであげるよ。すずは僕の腕の中で、挿絵を楽しみながら聴いてるだけでいいから」
 声の魔法は目の前にうっとりする光景を浮かべて、脚をゼリーに変えてしまう。
「完璧だと思わない? この絵本があれば、いつでもクリスマスを思い出せるんだよ。毎日がクリスマス」
「……毎日」
「そう、クリスマスってわくわくするでしょ。それが毎日。……どう?」
 断るなんて出来ない誘惑だった。
 繊細な挿絵に描かれた幸せな光景……たくさんのプレゼントを満面の笑みで開ける子供を見守る二人の大人。
 もう二度と過ごせないと諦めていた、痛いほど幸せな家族の一場面。
 瀬伊くんは、あたしの気持ちをいつ知ったんだろう。
 少し大げさにはしゃいでしまう裏に、羨望を押し殺していたのを。
 あたしだけこんなに楽しい日常を過ごしていいのか、どこか申し訳なく思ってしまうのを。
「ねぇ、お願い……僕に贈らせて。一年中わくわくする気持ちをね。すずは、それだけの価値がある女の子だって、自分で気がついてないんだから」
 店内に充満した本独特のにおいの中で、鼻の奥がつんとしてくる。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「ふふ、了解」
 レジに向かう瀬伊くんの背中が、ちょっぴりにじんでしまったのを慌てて抑えて、奇跡が舞い降りた本屋を一生記憶に刻み込んでおくようぐるりと見渡した。





「いま開けるから、ちょっと待って」
「はーい」
 インターホンの向こうから聞こえる瀬伊くんの声が、楽しげに弾んでいてあたしもつられて笑みを漏らした。
 音もなく開いた扉の先を進みながら、ケーキが崩れないよう気をつけながら髪の毛を整える。
 瀬伊くんが一哉くんの家を出てから暮らしはじめたこのマンションに、もう何度も訪ねてきているのに、いつもより落ち着かないのは仕方ないよね。
 ついにクリスマス当日なんだから。
 あの日、きれいにラッピングされた本は、当日までお預けねって瀬伊くんが持ち帰っていた。
 絵本そのものを楽しみにしてるより、瀬伊くんがあたしのためを想って選んでくれたプレゼントを、受け取ることが出来るということにわくわくしていた。
 あたしが用意したプレゼントも喜んでくれるといいけど。
 ケーキを食べる前に渡したほうがいいのか、それとも……。
 こういう理由なら、悩むのも楽しい。
 ……どっちにしろ、このドアを開ければ答えは自然と出る。
 前で一つ深呼吸をして、チャイムに手を伸ばすと同時にドアが開いた。
「いらっしゃい。はやく入って。僕、朝から待ちわびちゃってるんだから」
「うんっ」
 瀬伊くんらしい出迎えの言葉に口元を緩めながら内側に滑り込むと、手にしていたケーキの箱を無言で持ち上げられた。
「そんなにケーキ楽しみだったの?」
「ううん……ちがうよ」
「え、でも」
「すずが落として、ケーキがダメにならないように」
 そんなにそそっかしい性格じゃ……。
 言い返そうとした言葉は、重ねられた唇の下で溶けて消えていった。
「……んなっ」
「ほら、危なかった。僕が持ってなかったら、確実に落としてたよね」
「いきなりキスされれば、誰だって驚くでしょ!」
 返事の代わりに、またキスが降りてくる。
 寄りかかったドアの冷たさと体の熱さの差が、頭を真っ白にしてくらくらしてくる。
「ねぇ、知ってた? クリスマスはね、ヤドリギの下でならいくらでもキスしていいんだって」
 ほら、と指差す上を見上げると、玄関入ってすぐの天井に緑の枝が飾られていた。
「……これ、瀬伊くんの、仕業でしょ」
「ふふ、もちろん」
 言葉を途切れさせながら息を吸い込んでると、鼻の頭にちょんとキスを落とされる。
「あの絵本に書いてあったんだ。パパとママがキスしてるのを子供がからかったら、今日はクリスマスでここはヤドリギの下だから、いいんだって」
「だからだったの!? あの絵本をプレゼントにした理由」
 嬉しかった反動で声が批難混じりになってしまったのに、瀬伊くんはいつも通りに微笑む。
「毎年の習慣にすれば、僕たちも言い切れるじゃない」
「ぼく、たち?」
「そう、子供にからかわれてもね……いつか未来のクリスマスに」
 子供に?
 僕たちのって?
「だから、あの絵本を贈りたかったんだ。意味わかった?」
 刻み込んだ記憶が、じわりとにじんでしまう。
 期待していいんだよね?
 あの幸せな家族の絵が、いつか……未来のあたしたちだって。
「もう、泣かないでよ。すずには笑っていて欲しいんだってば」
「だって、瀬伊くん……瀬伊くん」
「ほら、笑って。ヤドリギは一つじゃないんだから」
 指差す方向を見上げると、部屋に続く廊下のあちこちに飾られたヤドリギが目に飛び込んできた。
「結構、大変だったんだから。イヤだって言われても無理……諦めて受け入れてよ」
 悪戯な笑顔の影に、どれだけ大変だったのかが見えて笑ってしまう……嗚咽交じりだけど。
「やっと笑ってくれた。……メリークリスマス、すず」
「……メリークリスマス……瀬伊くん」
 なにより嬉しいプレゼントを噛み締めながら、未来のための何度目かのキスを笑顔で受け入れた。

あとがき

独りで苦労しながら、家中にヤドリギを飾る瀬伊を思い浮かべて笑ってください
そんな話を思いついた猫百匹を笑ってください

だって、ありえんくらい乙女だよ!
こっぱずかしいよ!

こんなんで申し訳ないけど
なにはともあれ
メリークリスマス瀬伊&むぎ!