愛しき鈴の音


 カフェの中は程よく暖房が効いていて、他愛のない話で時間をつぶすにはもってこいの空間だった。
 クリスマスということもあってか店内にはクリスマス曲が絶え間なく流れているのも、はしゃいだ会話を後押しする。
 アップテンポのポップスからスローなバラードまでピアノの曲ばかりで趣味がいい。
 喧騒一歩手前のざわめきとピアノの音は無理なく調和していた。
 その時、新しく流れた曲に会話がふっと途切れた。
「この曲って、最近よく聴くよね」
「うん、ピアノの優しい音色がいいよねー。あっ、噂だとすっごいイケメンらしいよ、弾いてる人。隣の席の子がコンサート行ったことあるんだって。繊細で優しい感じだったってさ」
「あっ、あたしも聞いたことある! 確か、えっと……イチ……そうそう、一宮瀬伊! ピアノの才能もあって顔もいいなんて凄いよね」
「ねー。曲のテーマがクリスマスの恋愛らしいけど、本人もいま恋愛してるってことかなぁ。そういう人の彼女ってどうなんだろうね」
「やっぱ美人なんじゃない」
「イケメンだもんねぇ。羨ましー」
 そこまで明け透けな噂話に華を咲かせていた二人組は、ふと時計を見た途端に映画の時間だと慌てて席を立った。
「良かったね、瀬伊くん。すっごいイケメンだって」
 二人組が完全に視界からはけた後、からかいを含んだ声音とイタズラな目付きで覗き込まれた。
「繊細で優しいって」
 完璧に面白がっているすずは、ミルクティー越しにくすくす笑っている。
「まさか隣に本人がいるなんて夢にも思わなかっただろうね」
 あまりにも楽しそうなすずに僕のイタズラ心も刺激された。
「そうだね。まさか恋愛中と噂のピアニストが彼女連れでお茶してるなんて、すごい偶然だよね。ねぇ、美人の彼女さん?」
 するとすずは頬を赤くして横を向いた。
「羨ましがられるお気持ちは?」
 リポーターめかして追い討ちをかけると頬がさらに赤くなった。
「意地悪」
「先にからかったのはすずでしょ。ねぇこっち向いて、かわいい顔ふくらませないで。……ねぇってば、むーぎ?」
 しぶしぶという風情で向き直ったすずは、表情を半ば隠すよう両手でカップを持ち上げた。
「羨ましがられるのには慣れてるよ、元祥慶の妖精さんと付き合ってれば。いまだに言われるんだから」
「ふふっ、僕のファンの子いっぱいいたからね」
「伝説らしいよ瀬伊くんたちの代のラ・プリンスは」
「ディアデームがディアデームだからねぇ。一哉は世界が認める青年実業家、松川さんは復活を遂げた歌舞伎役者でモデル」
「麻生くんも実家と仲直りしながらビリヤード頑張ってるし」
「で、僕はイケメンピアニスト。美人じゃないけど彼女持ち」
 彼女たちの言葉を借りてからかうと「もうっ」とすずが唇を尖らせた。
「蒸し返さなくて結構ですっ。あたし美人じゃないって自覚してるもん」
「僕をからかおうなんて百年早いって分かった?」
「……一生適わないって、よーくわかりましたっ」
「うん、よく出来ました」
 笑顔で褒めるとすずはますます唇を尖らせる。
 そういうところがカワイイって、すず自身、気がついていないから笑ってしまう。
 もちろん馬鹿にしてじゃなく、純粋に愛しくて。
 何度も伝えてるのに、まだまだ全然伝え足りない。
「すず、大好きだよ」
 いつもならそれで機嫌が直るのに、そして恥じらいつつも満面の笑みを浮かべてくれるのに、今日は曇りが晴れなった。
 首を傾げると、躊躇いがちにすずがぽつぽつと話し出す。
「なんかさ、いいのかな。あたしで」
「何が?」
 そう尋ね返したけれど、瞬間的にすずの曇りの理由が理解できていた。
「さっきの二人だって瀬伊くんに気付いたら、隣にいるのがあたしみたいな女の子でガッカリするんじゃ……」
「あのねぇ」
 呆れた声にすずの肩が小さく震える。
 しょうがないなぁ……途方もなく前向きなくせに、自分の魅力には後ろ向きなんだから。
 俯いた頬に手を添えて目を覗き込む。
「美人じゃないけどって言ったの気にしちゃった? 僕、すずは例えるなら美人じゃなくてカワイイだよねって意味で言ったんだけど」
 そこで流れていた曲がクライマックスに向かいはじめた。
 自分の創った曲だもの、次にどんな音が来るか良く知っている。
「ここ、聴いて」
 指を宙に振るとすずも気付いて視線を彷徨わせた。
「一宮瀬伊作曲、タイトルは愛しき鈴の音。ここはトリルでクリスマスの鈴の響きを表現……ってのは公式見解。でもこれ、僕は鈴は鈴でも鈴原むぎ、カワイイ僕の彼女の笑い声のつもりで創ったんだよね」
 高音部でころころと重なる音は決して騒々しくはなく、ただ聴く者に愛らしさを伝え、つい微笑んでしまう響きを持っている。
 僕が持たせた。
 というよりは、クリスマス向けの曲を一つと依頼されたのにすずを想って作曲したから、自然とそうなったんだけど。
「プロデューサー曰く評判いいらしいよ。僕は他人の無責任な噂話を満足させる義理なんかないし、ガッカリするなら勝手にすればって思うよ」
 祥慶に通っていた頃みたいに表面上受け流すのと違って、心の底からそこまで割り切ったのは……ねぇ、すず? すずのおかげなのに。
「すずの本質を理解出来ないやつらが何言っても知らない。僕はすずがどんなにカワイくて最高か、しか知らない」
 でしょ? と笑うと、すずはようやく恥じらいながらの笑みを浮かべて
「やっぱり一生、瀬伊くんには適わないや」
 と呟いた。

あとがき

さりげなく麻生の事を言わない瀬伊。
そしてしっかり麻生もフォローするむぎ。
そういうとこがあの4人+むぎの関係っぽくないかな?と。
や、あの、猫百匹が麻生大好きだからとかじゃ、ええ