未来のアルバムへ
コール音を十数えた後、しびれを切らして立ち上がった。 家事の最中なら何度も掛けなおすより、直接あいつの姿を探したほうが早い。 長時間モニターを見続けたせいで、目を閉じるとじわっと熱が広がる。 目頭を押さえながら、まだ自由に動かせない足で踏み出した。 現在の時間とあいつのパターンを考慮し、まずはキッチンへと向かおうとした体が、廊下の第一歩目で止まった。 わずかに開いた隣のドアから、話し声に混じって時折くすくす笑う声が聞こえてくる。 ……家事をさぼって電話にも出ず、何をやっているんだ。 「鈴原、俺だ。入るぞ」 申し訳程度の短いノックにかぶせて声をかけると “どうぞー” 能天気な返事が返ってきた。 「なにをそんなに盛り上がっているのかと思えば」 「だって」 「鈴原を責めるなよ」 どんな状態でも常に鈴原をかばう羽倉が、床にいくつも広げられたアルバム越しに見上げてくる。 「ちょっと手が空いたから、これの整理でもしようかなーって出した所に」 「俺が来たから少し見てただけだよ、別にさぼってた訳じゃねぇよな」 「一哉くん、何か用事あった?」 「どうせまたコーヒー二分以内、だろ?」 「へ? だってケイタイ鳴らなかったよ」 「ほら、おまえベッドに置いてっから、音聞こえなかったんだよ。それに盛り上がってたしな」 「そっか、ごめんごめん。麻生くんと盛り上がってて」 不愉快な連携プレーが、俺の疑問を先読みして答えを返す。 「この写真……おまえって変わってないのな」 「あ、酷いっ」 「これいくつん時?」 「それはねぇ……三歳くらいかな」 存在を無視するかのように会話を続ける二人に対して、ベッドに腰掛けるという無言の誇示をした。 「御堂、てめぇどこに座ってんだよ」 ベッド、それも鈴原の……極私的なスペースに入り込んだ事に、羽倉が牙を剥く。 「俺はまだ本調子じゃないんだ、このくらいの高さがないと立ち上がるときに不便だ」 「一哉くん動いて大丈夫なの?」 「キツイなら大人しく部屋で寝てろよ」 「家政婦が仕事もしないで興じているから、俺が足を運ぶはめになったんだろう」 「うっ……ごめんなさい」 立ち上がりかけた鈴原を制するように手を出し、アルバムを指差した。 「俺にも見せてみろよ」 「え? あ、うん」 「……仕事の途中じゃなかったのかよ」 「おまえに心配されることじゃない」 さっさと出て行けという意味が含まれたセリフに、そのつもりはないと含ませて返す。 「これが一番小さいときので……」 ただ一人まったく理解していない鈴原が、相変わらず呑気な声でアルバムを拾い上げた。 「いっつも、おねぇちゃんと一緒だったから、二人で写ってるのが多いでしょ」 生後間もないと思われる鈴原を抱いた母親を、柔らかい目で覗き込む姉の姿。 芝生の上を手をつないで歩く姉妹の後姿。 何があったのかはわからないが、涙をためて唇をかみ締めている幼い顔。 「あ、これ? 転んじゃってね……」 どの写真にも親の愛情が溢れていた。 なにげない日常が大切で仕方がないという視線で撮られた写真は、見るものを自然と引き込んで惹きつける。 一枚一枚よどみなく説明する表情から、何度も開いては記憶を辿っていたのが容易に察せられた。 そして……その理由も。 いつのまにか鈴原以外の声がしなくなった部屋の中で、幸せな家族の記録が生き生きと蘇る。 楽しくて仕方がないと言わんばかりの声音に何も言えず、催促されるがままめくり続けるしかなかった。 巻をかさねたアルバムのページが唐突に空白へ変わる。 「……ここで、終わりっ」 俺の手元からアルバムを拾うと一瞬だけそのページを見つめ、直後に音がするほど勢いよく閉じた。 なぜ空白なのか、どうしてそんなに切ない顔をしているのか、解りきっているからこそ出てこない言葉もある。 壁に寄りかかって座っている羽倉の拳が、関節が白くなるほど握り締められていた。 その胸の中に渦巻いている感情は俺と同じだろう。 ある日突然、想像もできない形で訪れた空白。 その理由を作ったやつへの怒り。 「こっから先は自分で作っていくからいいの」 ふいに明るい声が沈黙を打ち破った。 それがどうかした? という顔で交互に見比べられる。 本当に、こいつというやつは……。 「そうだ! みんなの写真とらせてよ。依織くんにデジカメ借りてくるから」 「おまえのアルバムに俺たちの写真を増やしてどうするんだ、馬ー鹿」 「なら俺たちがおまえを撮ってやるよ、なぁ御堂」 「間抜けな顔ばかりになるだろうがな」 「はぁっ? ちょっとケンカ売ってんの」 「おいっ俺はそういうつもりじゃ」 「羽倉の腕ではピンボケばかりじゃないのか?」 「ムカつく」 「UFOを撮ったと騒いだ挙句に見てみれば」 「あれはなぁ、タイミングが悪かったんだって!」 「だからピンボケになるんだろう」 「次はぜってぇにハッキリしたの撮ってやるから心して待ってろよ!」 「ほう……それはそれは。楽しみにしてるぜ、まぁ万が一にもないだろうがな」 「こんのやろぅ」 「二人ともっ、ケンカするなら出てって!」 沈黙を恐れるかのごとく口を挿ませないテンポで会話を続ける俺たちを、呆れ顔で一瞥するとキッパリとした声が終了を告げた。 その表情に普段の様子が戻っているのを確認して、羽倉と同時に立ち上がる。 「麻生くん、ウエスはいつもの場所に置いてあるから。一哉くんはコーヒーね、すぐに用意するから部屋で待ってて。わかった!?」 「……おぅ」 「二分だぞ」 本棚にアルバムを戻して階段を駆け下りる姿を見送ると、どちらからともなく視線が交わった。 「いまさら急かす必要があんのか?」 仕事を放り出して割り込んで来たくせに、を意訳したセリフに同じ調子で切り返す。 「ウエスの場所を知らないとは言わせないぜ?」 「うっ……」 意図が通じたらしく、言葉に詰まる様子を鼻で笑う。 「ほんっ……とにムカつくな」 「同感だ」 根底にある気持ちが同じだからこそ、互いの存在に対する感情も同調する。 「さっきも言ったが、おまえの腕じゃろくな写真が撮れないのは明白だから……諦めるんだな」 「心して待ってろつったろーが。てめぇこそ忙しくてそんな暇ねぇだろ、このまま仕事が恋人でいろよ」 「ふっ、俺を誰だと思ってるんだ? 仕事は仕事、他に意識を向ける暇などなんとでも出来るぜ。おまえこそビリヤードにバイクと二股かけて、もう他へまわす余裕なんかないだろ」 「ふざけんな、それこそソレはソレだっつーの」 匂わすだけの牽制が熱を帯び始めた頃、階下から威勢のいい声が飛んできた。 「ちょっと! 二人ともまだケンカしてるのっ? いい加減にしないと本気で怒るよっ」 姿は見えなくとも、様子をうかがっている気配が伝わってくる。 「もう怒ってんじゃねーか」 「まったく・・・羽倉」 「おい、俺一人のせいにするつもりか」 「おまえが大人しくしてれば済んだことだ」 「その言葉そっくり返すぜ」 トーンを落とした声で続けていると、本角的に怒りを含み始めた声がさらに飛んできた。 「まだ止めないのっ!?」 同居人同士の喧嘩を嫌う鈴原の性格に、思わず互いに押し黙る。 沈黙が戻った廊下へ、吹き抜けを通じて鈴原がぶつぶつ呟く声が響いてきた。 「まったくもう・・・なーんで仲良く出来ないのよ・・・簡単なことじゃない」 難しいんだよ・・・おまえが鈍感でいる限り。 まったく、はこちらのセリフだ。 また交わった視線で無言のまま同調すると 「ふっ」 「チッ」 苦笑と舌打ちで挨拶をし、同時に背を向けた。 |
あとがき
会話を考えるのって楽しくて好きです
そしてむぎが愛されてるなーって思える話を考えるのが大好きです
まだ誰の事も意識していない状態のむぎは最強じゃないかなー
なんて思いながら書いた話