音のない会話


 文字は人となりを現す、か。
 いつかどこかで聴いた言葉の意味が身に染みて分かりますね。
 彼女の字は元気があって、読んでいくうちに自然と笑みがこぼれてしまう。
 まだ十代の少女の文字は、かしこまってしたためられていても浮き立つ躍動感があり、どれだけ充実した日々を送っているのかが伝わってくる。
 人柄がそのまま写し取られた文章は、彼女がどんな思いで筆を取ったのかが滲んでくる。
 友人とのなにげない出来事、最近読んだ本の感想、はじめて挑戦した料理に失敗した悔しさ、まるで目の前で彼女が語りかけているような錯覚を……起してしまう。
 ここが祥慶の理事長室で、彼女が隣にいてくれた時のような。
 ころころと笑いながら、身振り手振りを交えて一生懸命しゃべる彼女。
 目を細めて見つめていた日々が、今はこんなにも遠い。
 今は文字のやりとりが、あなたと私を繋ぐ唯一の線。
 大きな便箋に小さな文字で書き込まれたあなたの日々が、感情が、私を番号ではなく東條葵という人間に戻してくれる。
 咎を受ける身で随分甘えたことをと呆れながら、それでも月にいくつかの手紙が生きる楽しみになっていた。
 彼女の温もりがまだ残っていそうな手紙を、むさぼるように読み進める。
「クリスマスは……」
 便箋をめくった手が、強張って動かなくなってしまった。
 “クリスマスは友達とケーキを食べる予定です、……でも”
 でも、から続く言葉に胸が詰まる。
 

 “でも、一緒に過ごせたらどんなに幸せだろうと思っちゃいます。
 去年のクリスマスのように……“


「もう、そんな季節ですか」
 手紙をそっと折り畳んで、見えるはずのない景色に思いを馳せた。
 応える人もいないというのに、思わず呟いてしまうのは、これが今唯一彼女と出来る会話だからで……。
 とはいえ彼女に伝わるわけは無いのだから、私の感傷に過ぎないのですが。
 それでも、懐かしい面影を思い描きながら交わす一方通行の会話は、胸が痛くなるほどの甘い幸福をもたらしてくれるので止められそうにありませんね。
 私にこんな一面があったと気付かせてくれた……あなたを。


 叶うなら、ただの一目でもいい。
 あなたに会って、ただ一言、直接伝えたい。


あなたを……愛していると。


 隆行の計略に加担した事を後悔はしていません。
 あの時は、それが最善の方法だと思いましたから。
 運命の歯車はもう回り始めていて、誰も止める事が出来なかった。
 隆行が生まれた時に、彼と私が知り合った時に、そして御堂くんと……あなたが生まれた時に……おそらく運命は決まっていたのです。
 友人として隆行を諌めることが出来なかったのは、彼の境遇や気持ちを知りすぎていたからであって、同情ではなかった。
 後悔は無く、いま私は、私自身の罪を償っている。
 けれど……あなたと出会うのも運命だったなら、もっと他の道を模索しても遅くはなかったのではないかと、逡巡してしまうのです。
 後悔とは、選べたはずの未来を選ばなかった者だけが使える言葉で、あなたに対する気持ちとして代弁していい言葉ではない。
 申し訳ない、というのがしっくり来るのかもしれませんね。
 あなたを悲しませてしまった。
 あなたを苦しめてしまった。
 あなたを支えてきた御堂くんや友人を巻き込んでしまい、私に対する怒りもあったでしょう。
 けれど、あなたは私を好きだと……待っていると言ってくれた。
 その気持ちが嬉しいのと同じくらい、申し訳ないのです。
 輝ける未来が待っている彼女の許に戻ってはいけない、私は足枷になってしまう、分かっているのに想いを断ち切れなくて彼女の言葉に縋る自分が、申し訳なくて情けない。


 必死で記憶に彷徨う自分を、愚かとも思う。


 去年のクリスマスは、一緒に食事をした。
 イルミネーションが輝く街の中で、偶然出会ったあなたは何よりもキラキラと光っていた。
 目の錯覚ではなく、本当に光って見えたのです。
 秘書の格好とは違う等身大の服を着て、驚きながら私の名を呼ぶ彼女に胸の奥でざわめいた気持ちは、まぎれもなく好意で。
 そんな気持ちを抱いてしまった自分に、どれだけ驚いたか……あなたは知らないでしょう?
 冷静を装いながら、食事しながら世間話をしているだけだと言い聞かせても、はじめて恋した子供のように浮き立ってしまうのを止められなかった。
 偶然に感謝したものです。
 そして……自分のしている事を思い出して、絶望した。
 はじめて運命を呪いましたよ。
 目の前で強く眩しく光っているのに、触れることは愚か手を伸ばすことすら出来ないのですから。
 納得の上で罪に手を染めた私が、穢れないあなたに関わっていいはずもない。
 なのに……なぜ恋してしまったのでしょう。
 何故あなたでなくてはいけなかったのでしょう。
 想いを切り捨ててしまえばいいだけの話と、何度も何度も自分を諭したのに、焦がれる気持ちは強くなる一方で。
 いつからか、あなたも同じ瞳で私を見てくれていると気がついてからは、歯止めが利かなくなっていった。
 抑制が薄まれば、ますます運命の歯車が加速するというのに。
 曇りのない眼差しで私を見るあなたと目を合わせられなくなり、同時に隆行の視線も逸らすようになっていった。
 まったく正反対の懐疑と不安の視線に挟まれてもなお、どちらも望んでしまった。


 今も、あなたは私を真っ直ぐ見つめてくれるのでしょうね。
 私は……。
 私は、逸らさずにいられるでしょうか。
 逸らさずに、気持ちを伝えても赦されるのでしょうか。


 いけませんね、余計に感傷的になっている。
 時期がそうさせるのなら……。
「メリー……クリスマス」
 届かない言葉を、便箋にそっと唇寄せて呟く。
 温もりを感じたのは気のせいだとわかっていても、両の手から離せなかった。

あとがき

理事チョ×むぎ前提ですが、切ない感じで書きました
だって格子の内と外だし

むぎだったら一途に待ってそうだよね
その間にプリンス達がちょっかい出しまくりだろうけど