この想いは散らせない


「それじゃ、いくよ」
 左右を見渡し、それぞれが頷き返したのを確認すると、意を決して右手を掲げる。
「せーのっ………………はぁ〜」
 そして掛け声と共にデザートを頬張ると、テーブル一同、一斉にうっとりとため息をついた。
「おっいひぃ〜」
「まぁ鈴原さん、はしたないですわよ。もう少しお口元を引き締めませんと」
「そういう十和子様だって」
「し、仕方ありませんわ」
「絶品だもんね」
「えぇ」
 セリフを引き取った夏実に、十和子さまは澄ました顔で頷いた。
 ほんとにここが学校のカフェテリアかと疑いたくなるほど、冬の新作は口の中でとろけて、絶妙な甘さを残しつつ消えていく。
 同じタイミングでまた口に運び、これまた同じようにうっとりと宙を眺め、幸せのため息をついた。
「すぐに売り切れる幻のデザート、冬休み前に食べれて良かったー。ねっ、夏実、遊洛院さん」
「意外な組み合わせと思いましたけど、実際に頂くと納得ですわね」
「ほんとほんと」
 野菜がこんなに素敵なデザートになるなんて。
 いままでの常識や思い込みを覆されちゃう。
 一見、違和感のある食材でも作り方次第なんだなぁ。
 常識で頭ガチガチになってたら、絶対に思いつかないし気がつかないんだから、こういうのを考え付く人って、きっとすごく純粋なんだろう。
 突然ふっと記憶が蘇り、そういえばと話を変えた。
「ね、遊洛院さんは小さい頃からいろんなモノ食べてたんでしょ」
「えぇ、好き嫌いがないようにと両親が配慮してくれましたから」
「じゃあ」
 そう言いかけて、ここが人で溢れたカフェテリアだった事を思い出し、気持ち声をひそめる。
「羊の……脳みそ、って食べたことある?」
「ちょっと、むぎ。突然なんなの」
 内緒話の気配に興味津々で顔を近づけた夏実が、露骨に眉を寄せて、デザートとあたしの間で何度も視線を往復させた。
 やっぱりいきなり羊の、なんて驚かせちゃったか。
「ゴメン夏実、こないだ麻生くんに聞いた話を思い出して。一哉くんったらね、モツァレラチーズのサラダをみてこれは羊の脳か? って言ったことあるんだって」
「さすが、御堂さん……だね」
「でしょ? あたしだったら見た目でわからなくても、羊の……なんて思いもしないもん」
「まぁ御堂さまほどの御方でしたら、世界中のありとあらゆる食材に精通してらしても、不思議ではありませんわ」
 一哉くんのこととなると、絶品デザートを頬張っている時よりも蕩けた顔になる遊洛院さんが、感心したと言いたげにため息をつく。
 その様子を夏実と目配せして、くすっと笑った。
「常識で考えたら、まず出てこないよね」
「ちょっと! 鈴原さん? その物言いですと、まるで御堂さまが常識から外れた方と聞こえてしまいますわ。御堂様は常識の枠では測れないすばらしい見識を兼ね備えた方ですのっ。よろしくて?」
「けど、なんで急にそんな話を思い出したの? むぎ」
「えっと、これ食べてたら思い込みって怖いなーって思ってね」
 とうとうと一哉くんの素晴らしさを語り続ける遊洛院さんを放って、とうとつな話題のわけを切り出された。
「野菜のデザートって聞いたときは、え? って思ったんだ。あたしの中じゃデザートといえば果物が常識だったから。けど、これ絶品でしょ?」
「うんうん」
「そしたら、ありえないと思ってるものでも、人によっては普通のことなのかな? って思って」
「まぁ、そうかもね。珍味でも場所と人が変われば普通のものってこと、よくあるし」
「そうだよね。羊の……でも、思い込み捨てて食べれば美味しいかもしれないよね」
「癖になったりして」
 ね? と悪戯な目つきで覗き込まれて、思わず返事に詰まった。
 なんであたしが急に常識だの思い込みだの言い出したか、鋭い親友は気がついてるのかもしれない。
 食べ物に例えて自分に確認している、あたしの気持ち。
 常識の枠では測れない、この気持ちのわけを。
 何度も否定した……けど決まって答えは同じ。
 最初は何かの間違い、それこそ思い込みじゃないかって思いもしたけど、先入観をぜーんぶ取り払ったら残った気持ちは一つだった。
「あたし、自分だけの常識で判断するのやめようかな。何に対してでも」
「いいんじゃない? そういう考え方、あんたらしくて」
 にやにやと笑いながら覗き込む夏実に、うんと頷いてデザートの続きに取り掛かった。





「早くしませんと、午後の授業がはじまってしまいますわ」
「大丈夫だって十和子さま、まだ時間に余裕あるから。……あれ? どうしたの、むぎ」
「う、うん。ちょっと」
 カフェテリアを出たとたん目に入った背中と、時計と、友達の顔を順に見渡して少し悩む。
 明日から冬休みだし、そしたらしばらく会う機会ないだろうし……。
「……あたし、用事できた。ゴメン、先に行ってて」
「どうしたんですの?」
「ははーん」
 あたしの視線の訳に気付いた夏実が、首を傾げる遊洛院さんの手を取り歩きはじめる。
「遅刻しないようにね」
「な、なにごと?」
「まぁまぁ。じゃあね、むぎ」
「うんっ」
 笑顔で見送って、よしっと心の中でガッツポーズをする。
 気合いをいれないと圧倒されちゃうからね。
 一度、深く深呼吸してから、妙に小さく丸まっている背中に向き直った。
「山本先生、なにしてるんですか? こんなところで寒くないですか?」
 いつものようにテンションの高い返事が返ってくると構えたのに、ぼんやりと顔をあげた山本先生は何も言わずに元の姿勢に戻ってしまった。
 あ、れ……?
 気合いが肩透かしをくらって、みるみる萎んでしまう。
 だって! いつもだったらあたしがどこで何をしていようと、大きな声でソウルメイトーって叫ぶじゃない。
「あの、具合でも悪いんですか?」
 ますます小さくなってしまった背中に、恐る恐る声をかけると地を這うようなため息が返ってきた。
「違いますよ、ははは」
「でも」
「なんでも、ないんです」
 オカシイ!
 あの山本先生が、こんなに大人しく喋るなんて絶対におかしい。
 足元を通り抜ける冷たい冬風に体が震えたのに、先生は寒さに気がついてもいないみたい。
 いつからここに座り込んでいたのか分からないけど、こんな時期にじっとしていれば体の底から冷え切っていても不思議じゃないのに。
「もしかして熱でもあるんじゃないですか? 失礼します」
「え……あっ、ううううううわぁっ」
 正面に回りこんで額に手を伸ばしたとたん、怪物でも目にしたといわんばかりの悲鳴とともに大きく仰け反られてしまった。
「す、鈴原せんせっ! いつからここに!?」
「さっきからお話してたじゃないですか。ほんとに具合が悪いんじゃないですか? 様子おかしいですよ」
「せんせー……」
 見上げてくる瞳が、うるうると緩みだす。
「優しいなぁ。やっぱりセンセは僕のソウルメイトッですね!」
 いつもの調子が出てきたセリフに思わず微笑んだのに、山本先生はまたすぐしゅんとうな垂れてしまった。
 つられて足元を見ると、たくさんの花びらが散らばっていて、そこだけ花畑みたいになっている。
「これ……どうしたんですか」
「占ってたんですヨ。けどっ、何度やってもノーになるんですっ。あぁぁ、何故!?」
「ちょ、ちょっと待ってください、話が見えないんですけど」
「で、す、か、らぁ! 僕とセンセイがクリスマスを一緒に過ごせるかなー? って。でも、でもっ、何度やっても……」
 ぐいっと突き出された手の中には、一枚の花びらを残したバラが握り締められてた。
 これも何本目かのノーになるって事か。
 ふと見ると、どこから持ってきたのか、先生の隣にはまだバラの花束が山になっていた。
 イエスが出るまで、続けるつもりだった?
 はぁ……だったら直接あたしに聞けばいいのに。
 そう喉まで出かかった言葉を飲み込んで、しょんぼりと肩を落としている山本先生の隣に腰を下ろした。
「イエスが出たら、どうするつもりだったんですか?」
「そりゃ運命ですから。鈴原センセをお誘いしますよっ。この山本春太、必ずや楽しいクリスマスにするので、一緒に過ごしてくださいって!」
 どうして、それを直接……。
 そこが山本先生らしいと言えば、らしいんだけど。
「ノーだったら誘わないつもりだったんですか?」
「そんなの嫌ですよぉ。センセと僕はソウルメイトなんですからね! ラ・プリンスなんかに負けませんっ、クリスマスはこの山本春太とっ」
 なんでここで一哉くん達が引き合いに出されるのかわからないけど、祥慶の中でラ・プリンスを“なんか”と言えるのは先生くらいなものだろう。
 負けるって何に対してかもわからないけど、散った花びらに重ねた想いはひしひしと伝わってくる。
「山本先生はイエスまで数えたんですよね」
「えっ? は、はいっ」
「じゃあ……」
 言いながら、握り締められた茎から最後の一枚を抜き去った。
「これでノーはなくなっちゃいましたけど、どうします?」
「あ……あぁっ」
 見上げた先で、山本先生が驚きで目を丸くしている。
 子供みたいに純粋で、……って子供のあたしが思うくらいの真っ直ぐさで、あたしをソウルメイトだと言う人は、パッと顔を輝かせてさっきまでの沈んだ雰囲気を吹き飛ばした。
「そそそそれは、つまり一緒にクリスマスを……。あ、ダメですっ。もうなかった事にするって言ってもダメですよっ」
「言いませんよ。それより、ちゃんと誘ってくれないんですか?」
 散った花びらが、風に吹かれてひらひらと舞いながら飛んでいく。
 先生の名前通り、ここだけ春になったみたいで心があったかい。
「オトコ、山本春太ぁ。鈴原センセとクリスマスを過ごしたいです!」
「はい。喜んで」
 それだけでプレゼントを受け取ったような笑顔になった先生が、大きな声で叫ぶものだから……。


 あたしはチャイムを聞き逃して、先生のお小言と夏実たちの追及を受ける羽目になったのだった。

あとがき

満を持して、春タン☆のっ登場でスよ!

オーケイ、需要がないのはわかってる
私が一番不安だ
でも、以前『猫百匹の春タンが読んでみたい』と仰っていただいたことがあったので
いい機会だと思ってソォォォルメーーーイトを初書きだ、Yo!

2007年のクリスマスは直接or間接含め
どの創作にもキッス☆シーン♪を入れていたのですが

ゴメン!さすがに無理だった!!