華の顔(かんばせ)いとらうたし


「すぐに俺に言えば良かったのに」
「ごめん皇くん」
「いや……責めてるわけじゃなくて」
 また、やってしまった。
 鏡の中でしゅんと顔を伏せたすずをみて、苦い思いが沸き起こる。
 また、言葉が足りないせいで傷つけてしまった。
「違うんだ」
 舞台の上でなら、いくらでも饒舌になれるのに。
 ただ一人大切な人が相手だと、気の利いたセリフが出てこない。
 そもそも、こういうのは苦手なんだ。
 心をさらけ出すのは、まだ少し怖い。
 けど、そのせいでこいつを悲しませるのは、もっと怖い。
「人には得意不得意があるんだし……こういうのは慣れだから。俺は慣れてるからさ、こういうときこそ頼ってくれたらって思ったんだけで。嫌な気分になったなら、ごめん」
「ううん、皇くんが謝らないで」
 俯いているすずにそっと手をかけると、かすかに睫がふるえた。
「全部やりなおして。お願い」
「このままでもいいと……その、十分可愛いと思う」
 とたんに勢いよく首が横に振られる。
「だってクリスマスだよ? 皇くんとデートなんだよ? 最高にオシャレしたいんだもん」
「そっか」
「うん」
 目を閉じたままでも、瞳に必死の色を浮かべているだろうすずが凄く可愛くて、持ち上げたブラシが滑り落ちそうになる。
 嬉しくて指に力が入らないなんて、俺はこんな経験したことないから。
 一緒に出かけたり、二人きりで食事をするのはもう何度もしてきたけど、それがクリスマスってだけで特別にしようと頑張ってくれるすずが、とても……愛しい。
 すずが指定した時間に迎えにきたのに、何度チャイムを押しても反応がなくて、なにかあったんじゃないかって不安になった気持ちはとっくに消えていた。
 口紅やマスカラを手に握りしめながら、今にも泣きだしそうな顔でドアを開けたすずを見た瞬間に、全てを悟ったから。
「ベースは上手に出来てるから、あとは少し直すだけで大丈夫だと思う。そっちの、あ……いやそれじゃなくてローズのほう。うん、それ取って」
 耳にかけてもすぐに落ちてくるほど、柔らかい髪の毛をピンで留めながら声をかける。
 何時間も苦戦したのか、いくつもの化粧品が散らばる中から、指定したケースをおそるおそる差し出された。
「見た目よりも薄付きだから安心して。それに、このくらい色味があるほうが全体がまとまる」
「うん、皇くんにおまかせする」
 信頼しきって顔を上向かせる様子に、じわりと胸の底が蠢いたけれど、咳払いを一つして筆に頬紅をのせた。
 軽く頬をなでると、小さく首をすくめながら口元を緩める。
「ふふっ」
「くすぐったい?」
「ちょっと」
 理由はなんでも、すずが笑ってくれたことに安堵した。
 こいつはさ、笑ってる顔が一番輝くんだ。
 メイクなんて必要ないくらい内側から光って、見る者全てを惹き付けてしまう。
 けど、こんな風に間近で見つめる事を許されているのは俺なんだ。
 それが、すごく幸せで時々夢なんじゃないかって不安になる。
 ある日突然、目が覚めて……、探しても探しても姿が見えないんじゃないかって、恐れてしまう。
 幸せに浸りきるなんて、俺に許されていいはずが、ない。
「皇くん?」
「あ、いや何でもない。口紅の色をどうしようか考えてただけ」
 慌ててテーブルにいくつも並んだ口紅に手を伸ばすと、心の有様を現すかのようにころころ頼りなく転がり落ちてしまった。
 拾い上げて、元に戻そうとした手がふと止まる。
「これが良いとおもう」
「大人っぽい色だね。あたしに似合うかな」
「似合うよ、きっと」
 いまにも咲き誇ろうとしている薔薇を、そのまま艶に閉じ込めた紅は必ず似合うと思う。
 すずは自分で気がついていないだけで、高貴な薔薇を思わせる……そう、大輪の華だから。
 蕾が開けば、群がる男はもっと増えるだろう。
 いまでも、すずが他の男と話をしているだけで、ざわざわと心騒ぐのに。
 花も盛りと咲き誇る姿を見たいと願うのは、矛盾しているだろうか?
「もう少し、唇……開いて」
 筆にとった紅をのせながら、いますぐ拭い取って誰の目にも触れないよう閉じ込めておきたいと思うなんて、おかしいだろうか?
 温室に囚われたら、すずの魅力は半減してしまうのに。
 自由に、野に生きてこそ、すずという華は輝くとわかっているのに……。
「出来たよ」
「ありがとう! 見てもいい?」
 目を開けたすずが、鏡の中で固まる。
「あたしじゃ、ないみたい」
「気に入らなかったかな? すずは可愛いメイクもいいけどさ、こういうのも合うと思って仕上てみたんだけど」
「皇くんは、いいと思う?」
「あぁ、ドレスにも合ってるし。なんていうか、すごく……ドキドキする」
「えへへ、そっか」
 立ち上がってくるりと回ると、満足げな吐息をついて微笑む。
「これで、皇くんの隣を歩いてもおかしくないかな」
「なんだよ、それ」
「あたし子供っぽいってよく言われるから……。特別な日くらいは胸を張っていたかったんだ」
 結局は皇くんに頼っちゃったけど、と舌を出すすずに複雑な感情が沸き起こった。
 子供っぽいのは卑下することじゃない。
 純粋で前向きで、周りの人間を元気にさせるすずを、そんな言葉で貶めてほしくない。
 おかしいかどうかなんて、他人の思惑はどうでもいい。
 そんな事を言うやつの方が、おかしいんだ。
 俺には、必要だから。
 ……無垢なすずの傍にいて赦されるのか、いつも不安におもっている俺がいえることじゃないか。
 それこそ矛盾してる。
「ね、こうしたらどう見えるかな」
 隣に並んだすずがそっと腕を絡ませてくる。
 不安と期待をこめた眼差しで見上げる仕草が、すごく愛しくて目が眩みそうになる。
「すずは、どんな格好してても……」
 言葉が詰まるのは照れくささじゃなくて、可愛いと綺麗、どっちがふさわしいのか悩んだから。
「大切な人、だよ」
「……ありがと。すごく嬉しい」
 いつか咲き誇る日が来る華。
 その時も隣にいてくれるように。
 祈りながら、いま俺のために笑ってくれるすずに誘われて、口づけを捧げた。

あとがき

皇きゅん、あれこれ悩んだけれどやっぱりチューしちゃうの巻

クリスマス創作はラ・プリンス4人だけのつもりだったのに
思いついてしまったから書いてみました
こうなったら攻略対象キャラみんな書かないと不公平な気もするし
けど、想像の斜め☆上っ↑↑をいく某ソウルメイトがいるから無理な気もするし
猫百匹の頭の中は大変です

(その後、春タンも描きました)