一人は皆の為に、皆は一人の為に


「むぎちゃん、まだー?」
「あっ、てめっ一宮、手ぇ出すなっつうの」
「うるさいよ、二人とも」
「大人しく座ってろ……ったく、おまえらは新年早々」


 賑やかな声がダイニングから聞こえてくる。
 声の調子だと、瀬伊くんが既に運んでた料理に手を出そうとして、麻生くんが怒った……ってところかな?


「あーあ、羽倉のせいで一哉に怒られちゃった」
「俺かよ!? てめぇがつまみ食いしようとするからだろ!」
「うるさい」
「少しは黙ってろ」


 四人の仲を知らない人がみたら、喧嘩してると思うくらいの大騒ぎ。
 喧嘩するほど仲がいいってことわざ、ほんと良い表現だよね。
 仲が良くなくちゃ、喧嘩も出来ない。
 あたしがこの家に来たころは、仲が悪いなんてレベルじゃなかった。
 無関心、が一番しっくり当てはまる。
 一緒に住んでいても、こんなに冷え切った関係があるなんて……と驚いたもん。


「だってさ、むぎちゃんの手料理はおいしいし、僕はおなか空いてるんだから仕方ないじゃない」
「あっ、おいっ」
「……瀬伊」
「おまえら、いい加減にしろよ」


 年が明けても変わりない様子に笑いながら、最後の仕上げに取り掛かった。
 新しい年の最初の食事なんだもん、盛り付け一つにも手抜きしたくない。
 食器棚を開けると、今日の為に準備しておいた漆のお椀が、独特のとろりとした光沢を放って出番を待っている。
「一哉くん、依織くん、麻生くん、瀬伊くん。と……あたし」
 名を呼びながら五つの椀を並べ終えると、不思議な感情に襲われた。
 お正月にお雑煮を作るのは初めてじゃない。
 でも、お椀が五つというのは初めてで、少し違和感を感じる。
 いままでは家族四人だったから。
 そっか、もう四つじゃ足りないんだね。
 一つになったと思った時期もあったけど、もうあたしは一人じゃないんだ。
「お腹空いたー。羽倉は年越しそばおかわりしてたから平気だろうけどさ。僕もう我慢の限界」
 声が近づいてきたと思ったら、ドアの影からひょいと瀬伊くんの顔が覗いた。
「むぎちゃん……どうかした?」
「なんでもないよ。ごめん、もう少しだから」
「なんでもないって顔じゃないでしょ」
 透き通った目で覗き込まれて、ぐっと言葉が詰まる。
 ……瀬伊くんには、かなわないなぁ。
 ほんの僅かな気持ちの揺らぎを、すぐに見破られちゃう。
「ちょっとね、あたしこの家にお世話になってて良かったなぁって思って」
「ふふ、それは僕たちのセリフ。むぎちゃんがいなかったら、男四人でお正月を過ごさなきゃいけなかったんだよ? うわ、想像するだけでむさ苦しい」
 瀬伊くんらしい、言い方。
 けっして嫌ってるからじゃなくて、むしろ友達だと思ってるからなのが伝わってくる、その言葉。
 あたしも仲間だと、あたりまえに認めてくれる一言が、心に染みる。
「……ち宮っ、おまえ鈴原の邪魔してんじゃねぇよ!」
「ほらね? むさ苦しいのが来た」
 くすくすと喉を鳴らす様子は、気まぐれな猫みたいだけど。
 あたしの気持ちを切り替えようとしてくれた気遣いは、気まぐれじゃない瀬伊くんの優しさ。
「ありがとね、瀬伊くん」
「んー、なんの事」
 さりげなくとぼける仕草も瀬伊くんらしくて、やっぱりここに居て良かったと思う。
「僕なにかしたっけ? ……うわっ、押すなよ羽倉。たくもう、僕は羽倉みたいにバカがつくほど頑丈で無神経じゃないんだからね」
「おまえな……新年早々、喧嘩売ってんのかよ」
「んもう、冗談も通じないんだから」
「今のが冗談か!? まじでムカつく野郎だな」
「あーうるさい、うるさい。じゃあね、むぎちゃん。僕はダイニングに戻るよ」
「うん、すぐ仕上るから待ってて! 麻生くんも……」
 ひらひらと手を振る瀬伊くんを見送って、渋い顔をしている麻生くんにも同じセリフを繰り返した。
「手伝う」
「大丈夫だよ。だから、あっちで待ってて」
「正月くらいおまえもラクしたっていいだろ? で、なにすりゃいいんだ?」
 言いながら早くも袖をまくっている麻生くんに、それじゃあとお鍋を示して自分は箸を取った。
「お雑煮をよそって欲しいな。あたしはその上にコレ盛ってくから」
 刻んだ柚子の皮を入れた器を持ち上げると、爽やかな香りがふわりと漂って鼻先をくすぐる。
 麻生くんにも届いたのか、鍋から顔をあげてふいに顔を近づけられた。
「すっげー、いい匂い」
 急に距離が縮まってドキドキしているあたしにはお構いなしに、機嫌がよくなったのか満面の笑みで見つめてくる。
「こういうのって、いいよな」
「な、なにが!?」
「量は少なくても、あるとないじゃ全然違うだろ? そういうとこ手を抜かないあたりが、おまえらしいじゃん」
 仕上げに乗せるだけで、ぐんと爽やかになる一欠けらの飾り。
 些細なことだけど、褒められて嬉しい。
 あたしそのものを褒められた気分になってしまう。
 麻生くんは、深い意味なく言っただけと分かってるけど、そういうさりげない言葉がどれだけあたしを救ってくれたのか、数え切れないくらい。
「こんなんでいいか?」
「うん。ありがとう」
「んな、礼言われることじゃねぇって」
 ありがとう……に、どんな想いを込めたのかが、麻生くんに伝わるかなんて分からないけど。
 当たり前のように返してくれて、そっと息を吐きながら笑った。
 大きな体からは想像もつかない器用さで、次々と器を満たしていく端から飾りを盛り付けていく。
 実家で、家族がいたお正月、お姉ちゃんと同じことをしたな……なんて思いながら。
「んじゃ、これ運んどく」
「はーい。あたしも後片付けしたらすぐに行くから」
 こっそり胸の奥に押し込めた感傷を、からっと吹き飛ばす笑顔を見送って、使った道具を黙々とシンクに埋めた。
 リビングからはまた喧騒が聞こえてきて、つられて吹き出してしまう。
 一哉くんは渋い顔をして、仲のいい言い争いを見守ってるんだろう。
 依織くんも、やれやれって顔をして……。
「僕にも手伝えることはあるかな? お姫さま」
 今まさに考えていた人の声が背後から聞こえて、驚いた拍子に箸が転がって落ちてしまった。
「依織くんまで? どうしたの今日は、みんなからお年玉貰ってる気分だよ」
「ふふ、驚かせたかな。……あぁ、いいよ。僕が拾うから」
 泡まみれのあたしの手を、柔らかい笑顔を浮かべて見つめられる。
 渡された箸を泡に沈めると、それで離れていくと思っていた体がふいに近づいてきた。
「……少しそのままで。髪がほつれてるのを直してあげるから」
「あ、ありがと」
 朝からバタバタと準備をしていたせいか、きっちり結んだはずの髪の毛があちこちで飛び跳ねているのを、長い指が掬っていく。
 さりげない優しさが嬉しいけど、それよりも大きな恥ずかしさで体が強張った。
 長い事一緒に暮らしてるんだから今さら澄ましても意味ないけど、みっともないところを見せたくないって気持ちくらいは残ってる。
「僕にも手伝えることがあって良かった」
 あたしよりもよほど器用に動く指が、梳いて溶かして解いていく。
 時折、地肌に直接触れる指の温かさに、顔が熱くなるのがわかって喉が枯れる。
「綺麗な髪だね」
「そうかな……? あんまり手入れしてないし、依織くんだったらもっと綺麗な人いっぱい見てるでしょ」
 せっかく褒めてくれたのに、照れくささと恥ずかしさで、つい依織くんを疑うようなセリフを言ってしまった。
 気を悪くしたか恐る恐る仰ぎ見ると、さっきまでと変わりない微笑みが返ってくる。
「むぎちゃんは、綺麗だよ」
 自分が絶世の美人じゃないのは自覚してる。
 家事で手は荒れてるし、メイクも上手くない。
 けど、依織くんの言葉は、本当に心から思ってくれてると信じてしまう何かがある。
「どれだけ見た目を取り繕っても敵わない、本当の輝きがあるからね」
 大げさだと言い返したいのに、心は素直に喜んでしまう。
「はい、これで大丈夫かな。うん、かわいいよ」
「ありがと、依織くん」
「どういたしまして。僕としては、結うよりも解いていく方が……魅力的だけど」
「依織くんっ!?」
「いつまでもここにいたら、どうしたのかと怪しまれるから。うるさいのが来る前に、先に戻ってるよ」
 ……ありがとう。
 慌てるあたしを妖艶な笑みで受け流して、来たときと同じくらい静かに去っていく背中に、もう一度お礼を言う。
 女の子としての自尊心をくすぐってくれる依織くんの優しさは、どんなに美味しいケーキよりも甘くて、クセになっちゃう。
 あたしが誰かの特別になれるんじゃないかって、自信を与えてくれるから。
 ここに居て良かったと、もう何度、繰り返したか分からない何度目かの感謝をして、濡れた手を拭いた。





「皆ごめん、おまたせし……」
 これからまた一年よろしくと挨拶して、冷めないうちに料理を……そう思って勢いよくドアを開けたとたん、唇から声が奪われた。
「なに間抜けな顔で突っ立ってるんだよ、早くこっちへ来い」
「でも、それ」
「ほら、むぎちゃん。一哉ったら早く見せたくてウズウズしてたんだから」
 いきなりの出来事に頭が追いつかないのに、あたしを見つめる四組の視線は見越していたのか、笑みと……何かすごく優しいもので満ちている。
 さっきまで、自分が並べた料理と、麻生くんが運んでくれたお雑煮しかなかった筈のテーブルには、箱が積まれてて。
 その箱から取り出されただろう鮮やかな色が、視界と思考を驚きで埋め尽くす。
「これ、振袖……?」
 呆然とした声が、自分から発せられたとは信じられないけど、もっと信じられないのは目の前にある豪華な着物の存在。
「最高級だぜ? 俺が直々にあつらえてやったんだ、感謝しろよ」
「なん、で……?」
「去年は、初詣に行かなかっただろ」
 確かに。
 お父さんとお母さんが亡くなって、あたしは初詣に行かなかった……じゃない、行けなかった。
 来年は皆で来ようって、そんな話を去年の今頃にした記憶はあるけど。
 でも、それだけのために?
 ささいな会話を覚えててくれて、約束に変えてくれていたの?
「食事がすんだら、さっさと準備しろ」
「着付けとヘアメイクはまかせて。髪はさっきまとめておいたから、そんなに時間はかからないと思うよ」
「よかったな鈴原。松川さんにまかせたなら、おまえでも馬子にも衣装だろ」
「一哉ってば、そんなこと言っちゃって。一番楽しみなのは自分のくせに」
「なら一宮は留守番してろ。俺と鈴原で行ってくるから」
「冗談。僕はむぎちゃんと手を繋いで、あたためてあげる係りなんだから。ね? むぎちゃん」
「ふざけんなよ、一宮。んな係りいつ決まったんだよ。みんなで行くって話に決まってただろうが」
「羽倉も騒ぐなら留守番でいいんだぜ?」
「そうだよ。むぎちゃんの変わりに後片付けしてなよ。お正月くらいラクしてろって言ってたじゃん」
「……ざけんなっ。てめ、盗み聞きしてやがったな」
「僕じゃないよ。ね、松川さん? 交代でむぎちゃんの様子を見にいってたんだから」
 ぽんぽんとテンポよく弾む会話に追いつくのが精一杯で、ただただ聞き入ることしかできない。
 え、っと。
 一哉くんが前もって準備してくれてて、みんなもそれを知ってて、それで、次々キッチンに様子を見に来てくれたのも、あたしが戻る前にこれを出しておくため?
 あたしのために。
 態度はいつにも増して傲慢、一哉くんらしい俺様な口調、でも……。
「……ありがと」
 小さな声にしかならなかったのに、その一言でぱたりと会話がやんだ。
 ぐるりと見渡せば、やっぱり優しい視線が返ってくる。
 あたし、みんなと知り合えて、そしてここで暮らしてて本当に良かった。
 縁もゆかりもなかったあたしに、家族みたいな優しさを分け与えてくれた場所。
 あの日、一哉くんが見捨てないで話を聞いてくれたから。
「さぁ、冷めないうちに食べようぜ」
「そうそう、そして早く初詣にいこ?」
「とびきり、かわいくしてあげる」
「帰ってきたら後片付けやってやるよ」
 みんなの、それぞれの気持ちが嬉しくて、笑みが湧き上がってきちゃう。
 抑えるつもりもない笑いが伝わって、部屋の中がみんなの笑顔で満たされる。
「じゃあ……」
 席について一呼吸置くと、あたしの言葉を待っているのが分かった。
「あけましておめでとうございます」
 皆が同じ言葉を返してくれる。
 それは、何よりも大きなお年玉。
 箸を取る音と、喧嘩みたいな会話を聞きながら、たくさんのありがとうを心の中で贈り返した。

あとがき

アップしたのが1月下旬なので
なにを今さら感たっぷりですが、お正月話
ほんとは新年一発目をこれにしようと思ってたんだけどね
先に一哉を書き終わったので(笑)

この話の中では、まだ五人揃って暮らしてる設定で
アンド
そこはかとなくラプリ全員むぎ好きーの設定で

むぎ最強