ラプソディ イン プール
ベッドの上で上掛けを巻きつけた固まりに向かって、おそるおそる声をかける。 「遊洛院さん、そんなに落ち込まないで、ね?」 返事どころか1ミリも動く気配がない。 この状態がかれこれ1時間は続いていた。 夏実がその様子を見て、肩をすくめながら笑いをこらえてる。 視線で文句をいうと“わかったわかった”と頷き返して、ベッドの端に腰掛けた。 「ねぇ十和子様いい加減でてきて、ごはん食べに行こうよ」 「そうそう、遊洛院さんもおなかすいたでしょ?」 「残念だけどお天気には勝てないって」 夏実とあたしの声がハモった瞬間、上掛けが勢い良く跳ね除けられた。 「あ、あなた達っ……少しも残念そうに聞こえませんわ! さっきから、お食事の心配しかなさってませんでしょう!!」 顔を真っ赤にして怒る様子を見て、夏実がまた肩をすくめる。 「それは、まぁ」 「だって、夕食はバーベキューだっていうから、あたしも夏実もお昼軽めにしちゃったんだもん」 「わ、わたくしはっ、ショックのあまり水も喉を通りませんのにっ!」 「だから、しょうがないって天気に怒っても」 窓の外は強くなってきた風が、大粒の雨を窓ガラスに叩きつけていた。 その光景に憤懣やるかたないといった視線を向けてから、ベッドの上で姿勢を正し、凛と通る声が朗々と心情を語り始める。 「よろしくて? 鈴原さん、丘崎さん」 「は、はいっ」 「はーい」 「今日この日の為に、わたくしがどれだけ努力をし、どれっだけ! 心待ちにしてきたか・・・あなた達ご存知でしょ?」 「まあ、はい」 「それだけの一大事だという事をご理解なさって。決してただのリゾート気分で参っていいイベントではございませんのよ? それなのにあなた方ときたら……口を開けばお食事の内容ばかり気にしてっ! レディとしての慎みがございませんわっ」 「ごめん、なさい」 「わたくしは……御堂様にお声をかけていただいたあの日から、それは血のにじむような思いで準備をしてきましたのよ。あなた方のようにのほほんと……」 「ちょっとストップ!」 ずっと黙って聞いていた夏実が、異議を申し立てるために腕をあげた。 「そもそもこの旅行はむぎ一人の予定だったんでしょ。あたし達はオ、マ、ケ」 「な、夏実」 「それは存じておりますわ。けれどっお誘い頂いた以上わたくしにも楽しむ権利があるんじゃございませんこと!?」 「ゆ、遊洛院さん」 「だからそれが間違いなのっ」 「ちょっと二人とも……」 間に立ったあたしはオロオロしながら、やみそうにない二人の言い争いを見守る事しかできなかった。 夏実はあたしの為に祥慶へ転入して来るくらい友達思いで、遊洛院さんは一哉くんの為なら火の中水の中、何でもするって事はイヤって程わかってる。 その二人がお互いに言い分を曲げるはずもない。 ここはしばらくヒッソリと成り行きを見守る方が得策かも。 部屋の中で荒れ狂う暴風雨に背を向けると、窓ガラスの向こうでも勢いを増している雨と風に視線を向けた。 こんなことなら、あの時一哉くんの誘いにのらないで、大人しく引越しの準備してた方が良かったかなぁ。 ───…… 「リゾートでのんびり?」 思わず大きな声を出したあたしに、一哉くんが冷静な顔で頷く。 「リゾート施設のプレオープンモニターになってもらいたい。費用はすべて社が出す。おまえはただひたすら遊んでくればいいだけだ」 「え、えぇ? 何で」 「十代後半女性のデータが足りないからだ。後日、感想を聞かせてもらう事になるが、いい話だと思うぜ?」 「いいなぁ、むぎちゃん。ねぇ一哉、十代後半男性のデータはいらない?」 「生憎だが」 「ちぇっ……ビーチではしゃぐむぎちゃんカ〜ワイイだろうなぁ、僕が選んだ水着でさ、日焼け止め塗ってあげたり……もちろん、夜は一緒にダブルベッドで」 「一宮っ、てめぇ何考えてんだよ」 「瀬伊くん、もろもろお断りします」 「ったく……けどよ、鈴原。マジでいい話じゃね?」 「でも」 「家事のことなら心配しなくていいんだよ、お姫様? 一哉が依頼するんだ、楽しむことが仕事だと思えば」 「うーん」 「そうだ、これも仕事の内だ。それとも、ご主人様の言いつけが聞けないとでも?」 「でもさ、あたし引越しの準備もしなきゃいけないし」 「荷物といっても衣類と小物くらいだろう、松川さんに後で」 「あぁ、車で運べばすぐだね。喜んで協力させてもらうよ」 「……けど、一人でなんてつまんなそ」 「だったら! ほら、なんてったっけ、おまえの友達誘えばいいじゃん。御堂、ちょっと増えるくらいかまわねーだろ?」 「まあな、データは多い方が……ただ、途中からは小さいセスナで行くから、最大でも三人までだな」 「じゃあ、遊洛院さんも誘ったら? 仲いいでしょ。いいなぁ女の子三人で和気あいあい」 みんながあたしの背中を押すように、次々と解決策を打ち出してくる。 最初はとまどっていたけど、確かにリゾートでのんびりは魅力的だった。 平凡だったあたしの人生は、この数ヶ月めまぐるしくまわりだして息をつく暇もなかった。 桜木の事件は解決してお姉ちゃんも見つかったし、やっと……お父さんやお母さんはいないけど……家に戻ることも出来る。 ばたばたしてた分、遅い夏休みをもらったと思えばいいのかな? 夏実と遊洛院さんも一緒なら退屈するはずないし……。 「うん、わかったよ!」 「そうか助かったぜ。これが詳細だ、目を通しておけ」 「なんだか……ずいぶん準備がいいんだね。一哉くん、あたしが断ると思ってなかったでしょ」 「ま、まぁまぁ、御堂らしいじゃねーか、なぁ? 松川さん」 「一流の経営者というのはそういうものだよ、むぎちゃん」 「……ふーん。ま、いっか……えっと日にちは一週間後!? うわー、そんな急に誘って大丈夫かなぁ」 「ふふっ、むぎちゃんの誘いなら大丈夫だと思うよ。ね、一哉?」 「あぁ、明日にでも二人に会って話を通して来い」 「はーい」 場所や日程がかかれたプリントを読みながら、あたしの頭の中は早くもリゾートでいっぱいだった。 「リゾートでのんびり!?」 喫茶店の中に二人の、あたしとまったく同じ反応が響いた。 「そ! 一哉くんの会社でね、えーと何だかモニターっていうのが必要なんだって」 「何だかって、あんた」 「プロ……プレイ……」 「プレオープン?」 「あ、そうそうソレ! 一人じゃつまんないって言ったら、二人も一緒にって」 「まあぁ何て光栄な事でしょう、御堂さま直々のお誘いですの!? この遊洛院十和子、もちろん全力でご協力させていただきますわっ」 「良かった!夏実は……」 「もっちろんオッケー」 「じゃあ三人で楽しもうねっ、それが仕事なんだって! あ、これ詳しいことが書いてあるから」 差し出したプリントに軽く目を通しながら、二人が頷いている。 「もう十月入るけど、十分あったかいんだって」 少しして顔をあげると満面の笑みで顔を見合わせた。 「それなら心ゆくまで楽しまなきゃね、あんたもたまにはパーっとやんなきゃ」 「その為にはさっそく準備しませんと! 鈴原さん、丘崎さん、まいりますわよ!」 「え!? どこに」 「もちろんお買い物ですわ。リゾートウェアや水着……用意するものは沢山ありますのよ、一刻も無駄にできませんわ」 「あたし去年の水着あるからいいや」 「鈴原さんっ、いけませんわ。これは重大な使命をうけた旅行ですの、引き受けたからには万全の準備をするのがマナー、いえ心得というものです」 「そこまでしなきゃダメー?」 「むぎ……こうなった十和子様に何いっても無駄よ、ムダ。大人しく言うこと聞いてた方がいいって」 「……う、うん」 ……─── そのあと、イノシシもビックリな勢いの遊洛院さんに引きずられるようにつき合わされ、気がつけば当日になっていた。 たとえ一泊でも留守の間のみんなの食事、ちゃんとつくってくれば良かった。 各自なんとかするからって言葉に甘えてきちゃったけど、ほんとにきちんと食べてるのかな? 一哉くんコーヒーだけで済ませてそう……依織くんと瀬伊くんは外で食べるからって言ってたけど……麻生くん家事おしつけられて、なきゃ……いいんだけど……。 なんだか、眠くなってきちゃった。 二人は相変わらず口喧嘩つづけてるし、少し目を閉じるくらいいいよね? この急な旅行のために、一週間ほんと怒涛の勢いだったんだもん。 着いた途端に天気が崩れて、遊洛院さんの機嫌も崩れて、楽しみにしていた夕食のバーベキューはレストランでの食事に変更になるけどさ、明日は晴れるかもしれないし……屋内プールもあるって話……だ、し。 「眠ってしまいましたわ」 「幸せそうな顔してんじゃない。この間に仕上げといきますか」 「えぇ」 窓ガラスに打ち付ける雨のリズムに誘われて、なんだか穏やかな気持ちになってしまったあたしは、二人がそんな会話をしていることも、そしてこの旅行の本当の意味もわからないまま……眠りに落ちていった。 「ふぁ〜あ……あれ?」 目が覚めると部屋の中は静まり返っていて、喧嘩してた筈の二人の姿が消えていた。 どこいったんだろ? 「まさか、あたし置いてご飯食べにいっちゃったの〜? ……あ、なにこれ」 窓際のテーブルに置かれたメモに気がついて、取り上げると声に出して読んでみる。 「屋内プールで待ってるよ……水着きておいでね、って何で!?」 薄暗くなっていた部屋の中で光っている時計をみると、デジタルな数字が午後八時を示していた。 あたし一時間も寝ちゃったんだ。 「もう食べ終わっちゃって遊びにいってるのかなぁ……起こしてくれれば良かったのに」 ぐうぐう鳴るお腹に相槌をうちながら、それでも素直に水着を引っ張り出した。 はじめてショッピングモールで買い物をするからと、ますます興奮した遊洛院さんに釣られて買っちゃった水着だもん、せっかくだから着なきゃ損だし。 夕食は……あとでルームサービス頼めばいっか。 空調が完璧に整えられているとはいえ、さすがに水着1枚でホテル内をうろうろする度胸はなくて、上からパーカーとハーフパンツを着ると館内の地図を持って部屋を出た。 「あーようやく着いた……ムダに広いよ、ここ。これは一哉くんに報告必須よね」 空腹のせいだとわかっていても、プールの入り口にたどり着く頃には、後で感想を告げるためのリストが何個もできあがっていた。 内側から湿気で曇っている重いガラス戸を渾身の力で引くと、消毒剤と何かの匂いが一気に溢れて来る。 その中から二人を探すつもりで見渡そうとした瞬間、聞き覚えのある声がいっぱい耳に入ってきた。 「おっ、来た来た」 「むぎちゃん、おっそーい。僕もうお腹ぺこぺこ」 「眠り姫のお目覚めかな?」 「まったく、あと一分遅かったら叩き起こしに行ってたところだぜ」 「え・・・えぇぇ〜〜〜〜!? なんで皆ここにいるのっ、あたし“いってきます”ってしたじゃない」 人工ビーチの明るい砂色の上に置かれたデッキチェアに、見慣れた四人がくつろいでいた。 「な、な、なにがどうなってるの!?」 「サプライズパーティーってところかな? 頑張り屋のお姫様」 「むぎちゃん、こうでもしないとちゃんと息抜きしないでしょ」 「おまえが出たあと、俺たちもすぐ出発したんだぜ。悪天候でどうなることかと思ったけど、なんとかなって良かったよな御堂」 「あぁ……まあ単純なおまえを騙すのは簡単だったが、さすがの俺も天候まではどうにも出来ないからな」 「あの、ぜんっぜん理解できないんだけど」 ハテナマークが飛び交っている頭に、矢継ぎ早にセリフを叩き込まれて、思考回路はパンク寸前だった。 「それに夏実と遊洛院さんは……?」 「……はーい」 「ここに、おりますわ」 デッキチェアの後ろに飾られていた椰子の木陰から、バツの悪そうな顔でおずおずと二人が現れる。 「ねぇ、どうなってんの? なんで?」 「その、あんたさ、いろいろあったでしょ」 「鈴原さんの気晴らしになればと思って……騙すような事をして申し訳ありませんでしたわ」 「苗ちゃんも見つかったし、少しでも休んでもらおうと思って」 「御堂様にご相談しましたら、快くご協力くださって……」 いたずらがみつかった子供みたいな顔で、交互に口を開く。 それでもあたしの頭はまだ完璧に働いてなかった。 「あのぅ、一回整理してもいいかな」 「うん」 「あぁ」 みんなが頷く。 「モニターっていうのは嘘だったの?」 「おまえにただ休めと言っても、何だかんだと動き回るだろう」 「むぎちゃんが買い物にいってる時かな? 二人が来てさ、むぎちゃんに休みをあげて欲しいって一哉に言った訳」 「ドッキリっつーか、だったら皆で驚かせようって話になったんだよ」 「大変な苦労をしたからね……ゆっくり羽を伸ばして欲しいという気持ちは僕たちにもあったから」 苦笑いや照れ笑い、いろんな笑顔があたしを見つめてる。 「けっこう大変でしたのよ? 着いたら季節はずれの台風ですもの。御堂様のお力添えで急遽プールに場所を移すことが出来ましたけど、準備が整うまで時間を稼いだり」 「よくいうよ、ノリノリで演技してたじゃん」 「あれも嘘だったの!?」 「嘘は嘘なんだけど……悪気があってじゃ」 「これだけはご理解なさって。わたくしも丘崎さんもあなたに喜んでもらおうと……」 鼻の奥がつーんとしてきた。 「ねぇ、怒った?」 黙って首を横に振る事しかできない。 「誤解なさらないでね?」 わかった、わかってるという気持ちを込めて、勢い良く首を縦に振った。 「いつまでそこに突っ立ってるんだ、おまえが来なきゃ始まらないんだぜ」 「ここ朝まで貸切なんだって。早く始めようよ、僕お腹すいたー」 「肉はいっぱいあるからな! 食いたいのあったら言えよ、じゃんじゃん焼いてやる」 「お手をどうぞ、お姫様」 優しく手を取られて進んだ先には、浜辺と見間違えるくらいのバーベキューセットが用意されていた。 鼻をすすると炭の焼ける香ばしい匂いもする。 「みんな……ありが、と……ほんとに嬉しい」 こんなサプライズに泣いてなんかいられない! 笑顔で待ってくれている人達の輪に飛び込んだ。 ねぇ、天国のお父さんお母さん、ロンドンのお姉ちゃん……あたし、幸せです。 |
あとがき
無印友情エンド後のラ・プリとむぎ+夏実+十和子ということで話つくってみました
青春ドラマちっくです
何だろう、この照れ感は
タイトルは名曲「ラプソディ イン ブルー」を盛大にパクってます
むしろこのタイトルにしたいだけで思いついた話かもしれません