絵は真実を写し取る


 いくら取り繕っていても、本性ってヤツはふとした瞬間に顔を出す。
 ニブいやつは一生わからないままだし、気がついたとしても勘違いだと自分に言い聞かせるやつも多い。
 直接問いただしても、誤魔化されて終わる場合も多い。
 それ以上踏み込んでくるやつはウザイと敬遠されて、もっと距離をおかれるのがオチだ。
 結局、表に見せてる顔だけが本当のそいつってことに落ち着く。
 内面が大事だなんて、んな綺麗事を言ってるやつらは本性をみても同じこと言えんのか?
 ……馬鹿馬鹿しい。
 ここは、祥慶はそんな綺麗事の寄せ集めで、偽善と欺瞞に満ちている。
 こんなとこに居れば、嫌でも鼻が利くようになってくる。


 特に、そう……なにか悪どいことを企んでるヤツに対しては。


「おまえら、なーにやってんの?」
「え……」
「う、わっ……」
 もうすぐ昼休みも終わるという時間に、人気のない研究棟の一室で、肩を寄せ合ってこそこそと話をしている背中に声をかけると、面白いほど体を震えさせながら怯えた目が振り向いた。
「くじょ……り、く」
「いきなり呼び捨てとはいい度胸じゃねぇか。で? おまえらは誰だよ」
「な、なんで此処に」
「ここで何やって」
「いつからいたんだ」
「ぬ、盗み聴きなんて趣味が悪い」
「あ?」
 俺の問いかけを無視して、矢継ぎ早に一方的な質問ばかりを返す二人をにらみつけると、喉の奥でひきつった声を漏らして凍り付いた。
「後から来たのはおまえらの方だぜ? 気がつかねぇのが悪ぃんだから文句いう筋合いねぇだろ」
 顔を見合わせて、どう切り抜けようか次の行動を探り合ってる様子を鼻で笑い、億劫さを態度に表しながら立ち上がる。
「ま、おまえらの名前なんてどーでもいいや」
 どうせこんな“ぼく、おぼっちゃまです”って面したやつらが、大したこと仕出かすわけねぇか。
 俺の勘も鈍ったもんだ。
 最近マトモな生活おくってからな、俺まで祥慶の生温さに浸っちまってたって事かよ。
「あーあー……つまんねぇ」
 今日の午後は使われることがないと知ってるからこそ、昼から寝床にしてた部屋に、面白いもんが飛び込んできてくれたと思ったんだんけどな。
 関わるほどのことでもねぇ。
 余計なことで快適なサボり時間を邪魔されるより、別の場所をみつけに去ろうとして、ふと思い直した。
 どうしたらいいのかとっさの判断もできず焦りの色を濃くしながら、まだ立ち尽くしているやつらの背中で、なにかがカサカサと鳴り続けている。
 ……大したもんじゃなくても、少しは暇つぶしになるかもしれねぇ。
 興味半分でにやりと笑いかけた意味を誤解したのか、ほっとした表情になったやつらが次の瞬間、全身に冷水でもぶっかけられたように顔を青くさせた。
「おい、手に持ってんの何だ? チクったりしねぇから見せてみろよ」
「ちょ……あっ」
 ますます焦る声を無視して、薄く笑いを浮かべながら視線を眼にひたと当てると、追い詰められた子羊は建物全体まで伝わりそうなほど体を震わせる。
「とって喰うわけじゃねぇから安心しろって」
 避けられないと悟ったのか、また顔を見合わせて頷く中で、どろどろした感情が渦巻いているのがはっきりとわかった。
 そう、悪どい事を考えてるやつってのは、こんなにもわかりやすい。
「九条……君なら、かえって安心かもね」
「あぁ、さっきは先生かと思って焦ったけど。いいよ、これ見せてあげる」
「勿体つけんな。早くしろ」
「見せるだけだから、返してよね」
 開き直ってふてぶてしい笑みになった二人は、それぞれいつくかの薄っぺらい紙を差し出してくる。
 注がれる期待の眼が、とても大事なヒミツを打ち明けようとしていると物語っていたけれど、鼻で笑って受け取った。
 俺の眼からみれば、どう考えても強がっているとしか思えない卑屈な笑みに、腹の底から嫌悪と嘲笑がわいてくる。
 祥慶のなかじゃこいつらだって不良と呼ばれてもおかしくないかもしれないが、別の世界を見てきた俺には叱られたガキが拗ねているとすら感じる。
 やっぱ、さっさと別んとこ行けば良かったぜ。
「……んだ、これ」
 軽く後悔しながら覗き込んだ目が、予想もしていなかった驚きで見開いていくのがわかった。


 瞬間的に頭に浮かんだのは“絵”。
 ナントカっつう画家の絵に、こないだの美術であの女が説明してた絵の中の一つに、こんなんあったよな。
 ヌードだからクラスのやつらが煩く騒いでたから、強く記憶に残ってる。
 なんでこいつらは手の平サイズの絵を、こそこそと?
 違う、こいつは絵じゃねぇ……。


「鈴原先生の隠し撮り写真だよ。そういうルートがあるんだよね」
 どうせ大したヒミツでもねぇだろうと高を括っていた予想が、あっさりと覆された。
「マニアにはウケるみたいでさー」
「そうそう、これがけっこう高く売れるんだ」
 隠す必要がなくなって開き直ったやつらは、なにも聞いていないというのに饒舌に、そして自慢げに語りだした。
「携帯電話の持込みが容認されたから、やりやすくなったよ」
「うちの女子って外に写真がでること滅多にないから、いい稼ぎになるしね」
「試しに先生のもルートに出したらさぁ。バカ売れ? 他にも仲間いるんだけど、先生のは僕たちしか手に入れれないから独禁法に抵触? ははは」
「あ、それ? 顔がみえないから鈴原先生ってわかんないけどさ、いいと思わない?」
 下卑た笑い声が指摘する写真の中で、あの女が絵のように髪を結っている。
 なにも気がついていない無防備さのせいか年より若く、俺と同じかそれより幼くみえる背中とうなじを晒して零れ落ちる髪をまとめようとしている横顔が、一瞬の時を止めて焼きついていた。
 顔がわからねぇ?
 こいつらの眼はどこについてんだ?
 どこからどうみても臨時の美術教師で、やたらと口やかましいくせに行動はガキくせぇ、鈴原むぎそのものじゃねぇか。
「先生って、ちょっと祥慶っぽくないのにさ。写真だとよく見えるって本当だね」
「大人の色気ってやつ? ははっ」
 ふいに沸きおっこった説明のつかない苛立ちで、軽く眼を細めながら視線をあげても気がつかないほど、悦にいった二人、未だに顔も名前も思い出せないほど普段の祥慶では埋没している二人は、話に興じ続けた。
「このカメラマン、よほど先生のことを追い掛け回してるっぽいね」
「ほら、シャツのボタンが……」
「あぁ。あれも良かった……」
 まん前で調子にのったやつらがざらざらと不愉快な声で喋り続けているはずなのに、壊れたテレビのように口をぱくぱくさせているのが見えるだけだった。
 代わりに鈴原の声がまるで写真から直接響いているみたいに、はっきりと脳裏へ蘇ってくる。


 ───絵を見るポイントはいくつかあって……
 ───特にこの絵は顔が見えないぶん、想像を働かせて……
 ───隠された意図を自分なりに解釈するのも、面白いと……


 薄く開いた口元からどんな言葉が出てくるのかわからなくても、いつもみたく説教くさい小言じゃないと想像が駆け巡る。
 もっと、なんつうか、教師の顔じゃない鈴原の言葉が。
 ふとした瞬間に違和感を感じる、表の顔とはまったく別の……あいつが隠している本性の欠片が覗いていて頭が混乱する。
 あいつにも本性がある……なんで今までそんな単純な事に思い当たらなかった?
 はじめっから胡散臭いやつだったじゃねぇか。
 御堂が一枚かんで臨時教師になったって話をきいて、祥慶によくいる人種の教師がきたと思ってたら怒鳴るわ走り回るわ、あげくにバケツの水を飲み干したりしやがって。
 祥慶のやつじゃなくても、まともな神経してたらあんな事しないだろ。
 俺を授業に出させるためだけにそういう事を躊躇いなくやってのけるやつが、裏がないと思うほうがおかしい。
 ただ、あいつはいつも、誰に対しても直球でぶつかってくる。
 見かけや生まれで人を判断しねぇのは、御堂たちに対する態度ですんなりとわかったからこそ、珍しく裏表のないバカと思い込んじまったのか?
 わけがわからなくて、混乱する。
 あいつに直接聞いたら、どんな顔すんだろうな。
 少なくとも、この写真みたいに大人しくはしていないで、ギャアギャアと喚くに……。
「はっ?……くっだらねぇ」
 よりによってあの女のことで考え込んでいたと気がつき、手にしていた写真のうち、右手のぶん……あの女が髪を結っている写真を手近な机に放り投げた。
「あっ」
「なにするんだよ! 大事な商品に」
 信じられないと目を丸くして、滑らかな机の上をばらけながら滑っていく写真を追いかける間抜けな背中に、蹴りを入れたい気分を抑えながら髪をかき上げた。
「大事に扱ってくれっていっただろ!」
「傷がついたら怒られるのに」
 音の戻った口から交互に文句をいいながら、怒気を含んだ視線をむけながら埃を払っているやつらは、おそらく本心から怒っているんだろう。
 ただ悲しい事に、その全身から下っ端の空気しか出ていないことに気がついてない。
 少し前までの世界を思い返さなくても、ルートの仕組みの中でこいつらが一番底辺にいることくらい想像がつく。
 訊いたところで満足のいく答えが返ってこないと納得して、相変わらずどこにあるのかわからないほどの埃を丁寧に払っているやつらを一瞥した。
「おい」
 よほど大事なのか、とことん下っ端根性が染み付いてるのか、上の空で返事をするやつらの背に残りの写真をばらまくと、哀れなくらい情けない声を無視して踵を返した。
「手を洗ったほうがいいぜ?」
 どういう意味でとるのかはこいつら次第だが、まさか汚れたら手を洗いましょうなんて意味じゃないことくらいはわかるよな。
 まぁ、こんな間抜けなやつらが関わってるんじゃ、俺の耳に入るのもそう遠くない。
 そうしたら、潰せばいい。
 理由なんてどうでもいい。
 なぜか無性に気に食わない、それだけで十分。
 背にかけられる不満の声を戸と同時に締め出して、写真の感触が残る手を乱暴にポケットにつっこんだ。

あとがき

話&絵の元ネタは、わかりやすいかと
話は祥慶祭2007昼
絵は有名だからどこかで見たことがあるかも
でもほら
二次創作のネタにされたと知ったら巨匠が草葉の陰で泣いちゃうから内緒ね?

今度こそ九条に恋心を自覚させようと思ったけど
彼には、しばらくこのまま“やさぐれルート”を突っ走っていただきます
がんばれ、りっくん!