鬼崎拓磨  カミからの言祝ぎ


 拓磨のいる場所は、考えなくても判った。
 だって、まだ居間から言い争う声が聞こえるんだもの。
 どうしてああも仲が悪いのか、……それがスキンシップだと言うなら傍迷惑もいい所だ。
 半ば呆れ、半ば諦めながら襖を開けると、案の定、机を挟んで睨み合う遼と拓磨の姿が目に飛び込んでくる。
「だいたい、てめぇはいつも協調性がないくせに、こういう時だけ来てんじゃねぇよ」
「はっ、馬鹿か。俺は俺の主が呼んだから来たまでで、おまえらと仲良しごっこをしに来たわけじゃない」
 ほらね、やっぱりまだ喧嘩してる。
 鍋のお肉をどちらがより多く食べるかって、きっかけからはズレたみたいだけど。
 ……って……ん?
 なんだか、話題がおかしな方向に向かいそう?
 珠依姫の勘というよりは、近くで二人の喧嘩を見続けてきた経験で危惧したとたん、拓磨の額に青筋が浮いた。
「ほーぅ、あいつが目当てだっていうのか」
 あいつって、どう考えても私の事よね。
「それ以外、誰がいる」
 言い切った遼に拓磨が気色ばむ。
 これ以上はヤバいと判断すると同時に、体と口が勝手に動いて間に割って入っていた。
「はいはい、喧嘩は終わり。これ以上は私が許しません」
 普通なら、私が許さないなんて上から目線の言葉、使おうと考えすらしないだろうけど、この二人には結構利くから便利よね。
 なぜなら私が珠依姫で、拓磨と遼は守護者だから。
 鬼斬丸を封印した後はめったに使うことがなかった、というよりは……あえて避けていたけれど、いざという時の切り札になるのを誰より私自身が知っていて言った。
 新年早々、喧嘩するのなんて見たくないもの。
 やっぱり守護者の皆には仲良く、気分良く新しい年をはじめてほしい。
 それと……拓磨は、私の……。
「主の命令なら仕方ねぇな。ここは貸しにしといてやる」
「それは俺のセリフだ。覚えてやがれ灰色頭」
 絶対けりをつけてやる、そう声をハモらせて言うとお互いにふいと居間を出て行ってしまった。
「……珠紀。どうかしたか」
 居間の隅でうたた寝をしていた祐一先輩がいつの間にか起きていて、怜悧な顔を曇らせ心配そうな視線を送ってくる。
「なんでもありません、いつもの事です。あ、私、ちょっと外に行ってきますね」
 首を横に振って口の端に笑みを浮かべると、拓磨が行っていそうな場所へ足早に向かった。


◇◇


「やっぱりここだった」
 境内の奥でたたずむ姿に声をかけると、闇の中で一際濃い影がのそりと動いた。
「やっぱりって、んだよそれ」
 月明かりの元へ出てきた拓磨が、おもしろくなさそうに言う。
 それがまるで叱られた子供が拗ねているみたいで、ついクスッと笑ってしまった。
 声に出したわけではないのに気配で悟ったのか、仏頂面がますます険しくなるけど、怖さなんて感じない。
 拓磨がこういう表情をするときは、図星をさされた照れ隠しだって知ってるもの。
「判るよ。だって拓磨ここ好きでしょ。私もなんだ」
 宇賀谷家が管理する、つまり珠依姫が代々受け継いできた神社は何か特別に血へ訴えるものがあるのか、不思議と心が落ち着いて安らげる。
 鬼斬丸の封印とそれにまつわる悲しい過去があってさえ、ここには特別な空気が流れている気がした。
 まだこの村に来て間もない私でさえそう思うのだから、生まれてからずっと守護者としての役割を言い聞かされてきた拓磨には、もっとかもしれない。
 だからほとんど確信して、真っ先にここへ来た。
「私ね、昔っから神社やお寺をまわるの好きだったんだ」
「あぁ、そういやそんな話してたな」
「うん」
「なにかありゃ、おみくじ引いてるし」
「いいじゃない、それくらい。神社の管理をしてる特権ってことで」
「おいおい。強引な口実だな」
 やっと機嫌が直ったのか、軽く吹きつつ呆れ声を出す拓磨がおみくじの入った筒をコンと弾く。
「こんなもんで将来や進退が判るとは思えねぇけど。女ってのは好きだよなぁ。美鶴もなにかにつけ引いてるし」
「私なんてまだかわいい方だよ。美鶴ちゃんは納得するまで何度でも引き直すもん」
 暗がりの中で触れられるのを待ちわびていたかのように、冬の冷気の中でもほんのりと暖かい木の筒を持ち上げてカラカラと揺する。
 例え気休めや遊びに過ぎないくじでもいい、けどね、時には希望や心の支えになるってこと、私は拓磨と一緒に鬼斬丸に立ち向かっていた最中に知ったんだ。
 だから美鶴ちゃんが、何度も引き直す気持ちも良く判る。
「ね、いま引いてみようよ。今年最初の運試しってことで」
「今ぁ? ……いや、俺は遠慮しとく」
「いいじゃない。そうだ! どうせなら二人一緒に一つ、ね? そしたら一年、同じ運命だよ」
「なに考えてんだ、おまえ」
 眉間にしわを寄せた拓磨は、私が差し出した筒を嫌そうに見つめて首を振る。
「問答無用、もう決めたの。じゃあ……せーの」
 しぶる拓磨の手を無理やり引き寄せて、筒を重ね持つと勢い良く逆さまにする。
 転がり落ちてきたおみくじを受け止めた拓磨に期待の眼差しを送ると、へいへいなんて気のない返事をしながらも月明かりへ透かしてみせてくれた。
「大吉」
「やった! ねぇねぇ、恋愛は?」
 肝心要の箇所へ拓磨の視線を急かす。
「えーと、どれどれ」
 どうでもよさそうに言いながら、するするとおみくじを広げて視線を彷徨わせた拓磨は、一瞬だけ私の方を見てから何事もないような声で読み上げた。
「……順風満帆。末永く続く、だとよ」
「そっか。やっぱりこのおみくじ、良く当たるって本当なんだね。なんてったって珠依姫御用達だもんなぁ」
「やっぱり、って……」
「拓磨は、違うの?」
 そんなわけないと知っていて問うと、これ以上ないほどぶっきらぼうな声で短く否定してくれた。
 珠依姫と守護者という関係から始まって、今は恋人になった相手。
 誰よりもお互いを必要としていて、傍にしてくれるだけで何もかも上手くいくと思えて、次に離れるときはどちらかの寿命が尽きたときだと、そう確信しているからそんなわけないと知っていた。
 それほどの繋がりを育んできた。
 ……拓磨は、私の……最後の恋人。
「珠紀」
 拓磨の手の中のおみくじが風になびいて乾いた音をたてるのと、名を呼ぶ声は同じくらい小さいのに。
 私の耳はしっかりと捉える。
「拓磨」
 私の声も彼に届いているはず……そう思うと、少し荒っぽく抱き寄せる腕の中で、自然とまぶたが閉じていった。

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あとがき

恋愛べたなカップル感と、強い絆を同時に表現したかったのですが、ね。
名前を呼び合うとかって……、自分で考えといてこっぱずかしいにも程があるわ!