鴉取真弘  新しい世界


「お皿はこれで最後だよ」
 食後に倒れるよう寝てしまった真弘先輩を横目に、まずは片付けてしまおうと運んだお皿を渡すと、同じ顔が同じ笑顔で素早く受け取ってくれた。
「ありがとうございます、珠紀さま。あとの洗い物は私たちにおまかせくださいな」
「でも」
「ここは僕達で出来ますから。あの……できれば先輩たちを」
 流しに積み重ねられた皿の山の前で、少し苦笑しながら美鶴ちゃんと慎司君が目配せしあう。
「そうだね、じゃあそうしようかな」
 鍋の最中からどちらがより多くの肉を食べるか喧嘩し続けている拓磨と遼、騒々しさを物ともせずマイペースに眠り続ける祐一先輩、鍋を仕切りつかれて力尽きたのかその隣で大の字になった真弘先輩、そんな居間の喧騒を思い浮かべて、確かに二人には荷が重いと納得する。
 美鶴ちゃんと慎司君に台所をまかせて、私は腕まくりしながら踵を返した。


◇◇


 まったく起きる気配のない祐一先輩には応急処置として毛布をかけておいたけれど、真弘先輩なら何とかなるかもしれない。
「先輩、真弘先輩。起きてください」
 同じ部屋の中でまだ肉がどうしたと言い争う声がする状態で、どうしてここまですやすやと寝ていられるのだろうと不思議に思いながら肩を揺する。
「先輩、起きて」
 何度目かの後、ようやくぼんやりと真弘先輩の瞳が開いた。
「良かった。先輩? わかりますか」
「ん……。どうした、珠紀」
「どうしたじゃありませんよ、もう。こんなところで寝たら風邪を……あっ! 寝ないでってば」
 夢の中へ戻ろうとする先輩を追いかけようと、大きな声が出そうになった口を慌てて閉じた。
 祐一先輩まで起きちゃったら、私一人じゃ二人とも連れて行けないもの。
 まずは真弘先輩を客間に敷いた布団まで連れて行かなきゃ。
 周りには聴こえないよう、けれど真弘先輩には届くよう、再び肩を揺すりながら耳元に口を寄せる。
「先輩。ここじゃなんですから、布団いきましょ?」
「……んー」
「ま、ひ、ろ、先輩っ。お願いだから、起きて、私と一緒に来てください」
「わぁった……って」
 もう一息かな?
「先輩……ねぇ、布団、用意しましたから」
「だぁから起き……って、珠紀!?」
 しつこく揺すった甲斐があったのか、突然、がばっと音のしそうな勢いで真弘先輩が身を起してくれた。
 うん、今度はちゃんと目が覚めてくれたみたい。
「よかったぁ。ここより静かな方がいいですもんね。じゃあ行きますよ」
 寝起きらしく、まだ何処か呆然としている先輩の腕を両手で引っ張る。
 見た目と違って、硬い感触と確かな重みに一瞬だけ驚いてから、手を取ったまま廊下へと連れ出した。
 また寝に入られたら困るもの。
「あそこだと、みんな居てうるさいから。こっちの方がきっと落ち着きますよ」
 廊下の灯りをつけようと手を伸ばしかけて、そこかしこの部屋から漏れた光で十分明るいのと、離した途端に真弘先輩がその場で寝ちゃうんじゃ……という不安から、そのまま薄暗い廊下をずんずん進む。
「お風呂は後回しになっちゃうけど、いいですよね? 朝になったら美鶴ちゃんに用意してもらいますから」
 ついて来てくれてるから、寝てはいないと思うんだけど……。
「目を覚ましてくれて良かった。どうやって連れ出すか、結構悩んだんですからね。聴いてます、先輩?」
 あまりにも反応がない先輩に目を向けると、まっすぐに私を見つめる視線とぶつかって、自然と脚が止まった。
「先輩?」
「あ……あぁ、聴いて……」
 にしては、なんだか夢見心地?
 無理やり起しちゃったからなぁ。
「こんな形でごめんなさい。早く寝たいですよね」
「はっ、早く……ね、ね、寝る、って……お、おま」
「どうかしました?」
「どうかって……おまえの方こそどうしたんだよ」
「はい?」
 私はいつも通りで、一体どうかしたのか不思議なのは明らかに真弘先輩なんだけど……。
 今だって、眉を寄せたと思ったらうんうんと頷いて、かと思えばすごい勢いで首を横に振ったりして。
 夢の中と混乱してるのかな。
「真弘先輩? もう、夢じゃありませんよ?」
 夢じゃないことを分かってもらうために、顔を寄せて一言一言ゆっくり告げる。
 その瞬間、薄暗い中でもはっきり分かるほど真弘先輩の顔が赤く染まった。
「おまえがいいなら、俺は……」
「あのぅ?」
「にしても……珠紀……おまえ、案外、大胆だな」
「は……い?」
 返ってきた言葉に、まだ夢の中なのかと首を傾げ、どうすれば分かって貰えるのかと自分のセリフに何が足りないのか反芻し、そして……。
「なっ、なに勘違いしてるんですかっ!?」
 眩暈がするほど一気に頬が熱くなった。
「し、信じられないっ! 真弘先輩のエッチ!」
 つないだ手がじわりと汗をかいた気がして、大急ぎで振り払うと、困惑と羞恥にまかせて客間の襖を叩きつけるように開ける。
「な、お、俺は……。俺が悪いのか!? ありゃ、勘違いしても仕方ねぇだろ!」
「どうしたらそんな考えになるんですか! みんなも同じ屋根の下にいるってのに! うるさい中じゃ眠り辛いかと心配して、わざわざ用意したのに!」
 そう、自分で敷いた布団が客間の真ん中に鎮座してる。
 真弘先輩の勘違いで豊かになってしまった想像力が、やけに生々しく布団を浮かび上がらせて、思わず声に詰まった。
 ふいに、しんと静まった廊下に響いたのは、どちらの喉の音だろう。
 勘違い……したのは真弘先輩だけど、させるような事を言ったのは私、だし。
 こういうとき、気の利いた言葉がなにも浮かばない。
「勘違いして悪かった」
「え……っ」
 入り口で固まってしまった私を尻目に、脇をすり抜けた先輩は静かに言って布団の上にごろりと横になった。
「これでいいんだろ。言葉に甘えて、今日はここで寝させてもらうわ」
 そのために準備して、わざわざ起してまで連れてきたんだもの、もう留まる理由はないのに。
 あっさり勘違いだと認められた分、混乱してる私だけ置いてけぼりにされた気がして、襖を閉める手に力が入らない。
「……ちゃんと布団かけて寝ないと、風邪ひきますよ」
「ん? あぁ、そうだな」
 引き伸ばす言葉もこれで限界、あとは。
「じゃあ、おやすみなさ……」
「珠紀」
 挨拶に被って名を呼ばれ、その真剣な響きに襖にかかった手が震え、かたんと音をたてる。
 大声でやりあっていたのよりも、なぜか、その音をみんなに聴かれたくないと思った。
「無理強いする気はねぇから、安心しな」
 こ、これって、勘違いする余裕もないほど、そういう事の……話だよね。
 ビックリして過剰に反応しちゃったのを、嫌がってるって思われちゃったの、かな。
 別々とはいえ、同じ家の中で寝る私を、安心させようとして?
「……先輩……」
「まぁ、今年もよろしくな」
「は、はい」
 布団を被った真弘先輩にそれだけ返すだけで、新しい年の新しい関係に熱くなる一方の頬を押さえて廊下にへたり込まないよう立っているのがやっとだった。

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あとがき

期待させてゴッメーーーン真弘先輩(無反省)
被った布団の下で悶えていたらゴメーン。
美鶴ちゃんがいる限り、夜這いも無理だしね。
新年早々むくわれない真弘先輩に幸あれ!