狐邑祐一  天然には勝てない


 延々と言い争っている拓磨と遼の脇を抜け、大の字になっている真弘先輩を通り過ぎ、やっと居間の片隅で壁にもたれ居眠りをしている祐一先輩の前まで来て……、その寝顔を見たとたん起そうという気持ちがしぼんでしまった。
 祐一先輩がいつでもどこでも眠るのは毎度のことだけど、今日はいつにも増して気持ち良さそうに寝息をたてているんだもの。
 先輩にとっては他の守護者の喧騒すら、子守唄なんだろうなぁ。
 というより、気にも留めてない?
 ここまで来るともう、特技というよりは体質よね。
 黙っていれば近寄りがたいほどの雰囲気をまとっていて、学年問わず隠れファンも多いのに、素は結構……いや、かなり天然だし。
 そう思われないのは、やっぱりこの美貌のおかげなんだろうな。
 クラスの子の中にも、こんな姿を見たらきっと黄色い悲鳴をあげるよね? って子がいる。
 その前に……。
 大晦日を一緒に過ごして、まっさきに新年を祝う言葉を交わして、今は同じ屋根の下でうたた寝してるなんていう状況が知られたら! 黄色どころか真っ黒な空気が流れるだろう。
 いくら祐一先輩と二人きりじゃないとはいえ。
 そして、実は付き合ってますなんて知られたら……。
 どうなってしまうのか想像するだけで怖い。
 別に隠してるわけじゃないし、守護者や近いみんなは当然の事実として受け止めてくれているけど、先輩本人が以前と変わらない態度なものだから学校の中にはあまり知られていない。
 べ、別にそれが不満ってわけじゃないけど。
 だって二人っきりだと、こっちがドキドキして爆発しそうなくらい甘いセリフをさらっと言われたり、するもの。
 じゃあなんでこんなに鬱屈してしまうのか……それは、来月に控えた乙女の一大イベントのせいだ。
 真弘先輩や拓磨曰く、見ているだけで胸焼けしそうなほど、チョコを持った子が押し寄せ追いかけるっていうじゃない。
 祐一先輩を信じている、私以外のチョコを受け取ったりしないって信じたい、けど……他の子だって一生懸命気持ちを伝えようとしてるのに、付き合っているというだけで私がそれを否定していいのかどうか、分からない。
 今まで恋愛沙汰には縁遠かったせいか、こういう気持ちをどう処理していいのか分からなくて混乱しちゃう。
 特に、今年のバレンタインは最後だからなぁ。
 三月で卒業する祐一先輩は、村外の大学を受験する。
 先輩が受験に失敗するなんて想像もできないから、きっと絶対、春から私達は離れ離れになってしまう。
 こうして寝顔を見つめていられるのも、あと少し。
 音をたてないよう静かに、先輩の脇へそっと座ると穏やかな横顔を覗きこんだ。
 つい正座になってしまうほど、その寝顔は綺麗で穏やか。
 うらやましいくらい睫毛が長い。
 色素薄めで、でもその代わり見つめられるだけで吸い込まれそうな瞳が隠れているのは残念だけど、こうしていてもドキドキするくらい整ってて……。
 ゆっくり視線を滑らせる。
 規則正しく上下する胸と、その下、おなかの上で無造作に重ねられた掌。
 その手も、うっとりするほど指が長くてしなやかで……。
 あれ? 起きたのかな、いま指がちょっと動いた気がしたんだけど。
「きゃっ!?」
 一瞬、視界がぶれて祐一先輩の姿が目の前から消えた……と、思ったら。
 瞬きをした次の瞬間、寝ていたはずの祐一先輩の顔が、すぐ近くにあって……。
 体が、こ、これ以上ないほど、密着して……る?
 って、かっ顔がっ、近すぎて息が首にかかって……な、なにがどうなってるの!?
 惑乱した頭で唯一できること、つまり自分の状況を確認しようと体を動かそうとするのに、畳に縫い付けられたように動けない。
 ……畳?
 脚にあたる感触が畳みの固さとはおかしいことに気付いて、おそるおそる視線を向ける。
「……っ!!」
 目に飛び込んだ光景と、確かな感覚で収まりつつあった混乱が、一気に戸惑いと羞恥に塗り替えられた。
「ゆ、ゆ、祐一、せんぱい」
 焦りでうまく動かない唇を無理やり開いていると、元凶そのものの、祐一先輩の瞼がぴくりと震える。
「……どうした」
「どうした、じゃないですよ! こ、こんな……降ろしてくださいっ」
 ほんの数秒前まで、私は祐一先輩の脇にいたのに……、今は先輩の膝の上で横抱きにされてて。
 いわゆるお姫さま抱っこという恰好に、ぐらぐらと頭が沸騰しそうになってる。
「なぜ」
「なぜって、恥ずかしいですっ。それに、みんなに見られて……」
「それなら問題ない。幻術を施してある」
「そっか……って! そういう問題じゃないですよ」
 恥ずかしいのには変わりないじゃない!
 そんな私の様子とは対照的に、落ち着き払った顔の先輩は不思議そうに首を傾げてから、ほんの少し眉を寄せた。
「いや、か?」
 う……そんな切なそうな顔で見られたら……。
「おまえとこうして、触れ合うのも、もう少ししたら……出来なくなるだろう」
 私が考えていたことを読んだか、そう思いたくなるほど無視できない理由に、続けて迸りそうになっていた言葉が喉で潰れた。
 私だって、先輩とこうして一緒に居て他愛のない話をしたり、平和過ぎて変化の乏しい毎日を愛でていたい。
 けど……新しい世界に挑戦する先輩を、寂しいって感傷で引きとめちゃいけないんだって、ガマンしてたのに。
「俺が、落ち着いて安らげるのは、おまえの傍だけだ」
「……先輩……ほんと?」
「あぁ」
 頬にかかっていた髪を、しなやかな指がそっと払ってくれる。
「できるだけ、こうしていたい……。駄目か」
 間近でうっすらと微笑む先輩は、瞳の奥に言葉にしない感情を抑えているみたいで、そんな目で見つめられたら……。
「もうちょっと、なら」
 勝手に動いた唇に、再び瞼を閉じた先輩が前よりもっと気持ちよさそうな顔になったものだから、強張っている体からほんの少し力を抜いて頭を肩に預けた。

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あとがき

天然というか、もうこれ本能。
こんなんでいいのか、あたしの中の祐一先輩。
幻術を使ったとはいえ、同じ部屋にいる遼は匂いで気がつきそうだ……。