犬戒慎司  手から言の葉


「みなさん、喜んでくれて良かったですね」
「美鶴ちゃんの料理は美味しいから、当然ですよ。あ、今度あの料理の隠し味を教えてくれますか」
「とっておきの隠し味ですけど、ふふ、そこまで褒められたら嫌とは言えませんね」
「じゃあ、まずは……っと。さっさとこれを片付けてしまおうか」
「はいっ」
 山盛りになった汚れたお皿やお鍋を前に、嬉しそうに腕まくりできる人ってなかなかいない。
 それだけで、なんてできた子なんだろうと感心するのに、珠紀様は休んでいてくださいなんて言われたら、涙の一粒も出そうになる。
 なのに……。
「やっぱり私も手伝うよ」
 ほとんど強引にお皿を手に取った私は、なんて心の狭い人間なんだろう。
「そんなっ、珠紀様に後片付けなんてさせられません」
「そうですよ先輩。こういうのは、僕達にまかせてください」
 う……。
 同じ顔、同じ笑顔で言われると……。
 でも!
「二人に全部押し付けて、独りだけ休むなんて出来ないよ。料理だってほとんど作ってもらったのに」
 その間ずっと、慎司君と美鶴ちゃんは台所で二人っきりだったんだもん。
 大騒ぎの居間と往復するたびに、入り込めない雰囲気が出来上がっていた台所。
「珠紀様、私はそれが幸せですからお気になさらないでください」
「僕もです」
「いいの! これくらいやらせてもらわないと、私の気が済まないの」
 というよりは……少しでも慎司君と居たいの。
 これは私の独占欲なの。
 美鶴ちゃんと慎司君の間に疑うような関係はないと分かっているのに、隣に居るのが似合い過ぎていて不安になるから、なんて……新年早々浅ましい考えに囚われてるの。
 意地でも離さないというようにお皿を握る。
 やがて同じタイミングで二人が半歩ずつ脇へ寄ってくれた。
「確かに、三人なら早く終わりますね。申し訳ありませんが、先輩、お願いします」
「私が洗うので、珠紀様は拭くのをお願いできますか」
「じゃあ僕はそれをしまいますね」
 二人の間に滑り込みながら、心の中でゴメンねと謝った。
 やっと兄妹水入らずで過ごせるお正月なのに、邪魔しちゃって……ゴメン。
 私、こんなに我が侭な性格していた?
 季封村に来る前は、ううん、慎司君を好きになる前は、こんなに嫉妬深い性格じゃなかった筈。
 こんな……血を別けた実の妹である美鶴ちゃんにまで、嫉妬するなんて、そんな。
 一秒でも長く一緒に居たくて無理やり割り込んだり、なんて……、少なくとも、そんな事をする性格じゃなかった。
 慎司君を好きになればなるほど、自分の醜い部分をまざまざと見せ付けられる。
 それが人を好きになる対価だというなら、なんて残酷。
 頭では分かっているのに、感情が追いつかなくて自己嫌悪に浸ってしまう。
 だから……か。
 あっと思った時にはもう、拭いていた皿が手から滑り落ちた。
「先輩!」
「た、珠紀様! 大丈夫ですか!?」
「ご、ごめん。ボーっとしちゃって……。私は平気だけど、お皿割れちゃった」
 ばらばらになった欠片の断面が、浅ましさを嘲笑うようにぎらりと光って目にも心にも痛い。
「すぐ片付けるね」
「いけません! 危ないですから触れないでお待ちください」
 言うが早いか、美鶴ちゃんは掃除道具を取りに……だろう、走って台所から出て行った。
 あぁ、なにやってるんだろ、私。
 私が慎司君と一緒に居たいってだけで、強引に手伝ったりしたせいで、余計に手間かけさせてるじゃない。
「大きなやつだけでも、除けておこうか」
 せめてそれくらいしないと、恥ずかしくて顔向けできないよ。
 なのに……伸ばした腕をやんわりと、けれど有無を言わせない力で止められた。
「駄目ですよ、怪我したらどうするんですか。こんなに……きれいな手に傷がついたら……僕はいやです」
「慎司君……」
 そのまま破片が届いてない場所まで誘われて、きゅっと手を握られる。
「珠紀さんを傷つけるものは、僕が許しません。目の前で珠紀さんが傷つくのを止められなかったら、僕は、自分が許せなくなります」
 だからお願いです何もしないでと、泣きたくなるくらい優しい笑みで告げられて、心を覆っていたもやが晴れていく感じがする。
 それに。
 先輩とではなく、二人きりになった時の呼び方で呼ばれた、それだけでこんなに嬉しい。
「ぼーっとする時くらいありますよね。僕も、実はちょっと」
「慎司君が?」
 もの凄くてきぱきと、綺麗になったお皿を片付けていた気がするんだけど、慎司君はえぇと照れくさそうに笑ってほんのりと頬を赤くした。
「珠紀さんが、隣にいるから緊張しちゃって。あ、あのっ、悪い意味じゃないですよ?」
 握られた手が、もっと強く包まれる。
 華奢で愛らしい見た目を裏切る、大きい手。
 芯は強い慎司君を現すかのような手に、すっぽりと包まれた自分の手へ視線が吸い寄せられる。
「一緒にお正月を過ごせて凄く嬉しいんです。お正月って、やっぱり特別な感じがするから。それに」
 ふいに言葉を切って言いよどむ姿に、私まで頬が熱くなってきた。
 そういう甘やかな期待をしてしまうような雰囲気が、慎司君から立ち昇っているんだもの。
「それに……あの」
 ごくりと喉がなる。
「せっかく珠紀さんが手伝ってくれているから、早く片付けが終わるかもって……。そしたら、二人っきりになる時間があれば……いいな、って」
「……私も、そうしたいと思ってた」
「えっ……、珠紀さんも、ですか」
「うん」
「嬉しいです。同じ気持ちで」
 みっともなく嫉妬していた私を、まっさらに昇華させてくれるような慎司君の言葉。
 そして笑顔。
 嫉妬や独占欲という、目を背けたくなる感情すら包み込んでくれるような、慎司君の全て。
 新しい年の初めに、とても大切なものを貰っちゃった。
 私も慎司君にとって、そういう存在でありたい。
 今は……まだ足りないかもしれないけど、私達にはこの先いくらでも時が許されてるから、きっといつの日か。


 箒とちり取りを手にした美鶴ちゃんが、申し訳なさそうな顔で咳払いをするまで、二人とも繋いだ手を離そうとはしなかった。

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あとがき

黒慎司君も好きですが(もちろん黒美鶴も)、お正月だしね、あたしのピュアっ気を捻り出してみました。
仲良し兄妹に嫉妬どろんどろんでも、最後がピュアならピュア話と言い切る猫百匹。